第四話 誘惑に負けるな!
「起きてください真琴さん。遅刻しますよ?」
ここ最近はメイドに耳元で優しく囁かれ、気持ちよく起こされる日々。いやーこれも悪くな――いやいや! 油断はダメだ榊真琴! 緋山さんの忠告を忘れたか!?
「朝食はブレックファストです。どうぞお召し上がりください」
テーブルの上にはバタートーストに目玉焼きにベーコン、そしてサラダにコーヒーと朝食にしては少々豪華に思えるのは俺の普段の食生活が貧相だからか?
「……美味い」
「ふふ、毎度のように言ってもらえるなんて、メイドの冥利に尽きますわ」
元々一人暮らしだったからパン食は多かったが、霧咲のおかげでそれにも多彩なバリエーションや味付けで飽きが来ないことに今気づいた。これが世界をまわったメイドの力か……いやいやいや! 騙されるな榊真琴! 緋山さんが言っていたことを忘れたか!?
「制服もこちらに用意してありますので」
制服も毎日新品と交換されているのかと思われているくらいに毎朝パリッとしている。これが世界一のメイドの力って、騙されるな――
「いってらっしゃいませ♪」
「行ってきます」
そうやってしばらく通学路を歩き、ふとした瞬間にふと気づく、何かへの敗北感。
「……緋山さん」
――メイドっていいっすね。
◆◆◆
「――アホかお前」
「だってメイドですよメイド! しかも一流の!」
「そのメイドに気を許すなって言ったはずだよな?」
でも今のところ警戒したところで肩すかしをくらうばかり。風呂に入っている時に外でごそごそしている影が見えたので何をしているのか覗いたら着替えを畳んでいる姿。そして朝起きた時にいないからどういう事かと思いきや買い出しに行っていただけ。極めつけに家に帰って来た時にサッと何かを隠す仕草をした事から何だと問い詰めたところ――
「――真っ赤な顔でベッドの下の秘蔵本を取り出す姿を見せつけられました」
「ベッドの下って……お前典型的なところに隠すんだな」
「だったら緋山さんはどこに隠すんすか」
「……俺が持つ必要あると思うか?」
「…………」
彼女持ちは死ね。
「先に言っておくが、俺は詩乃とそういう事はしていないぞ」
「はぁ?」
緋山さんは大きなため息を一つ付くと、俺を見下すような視線と共に次のように述べた。
「……そういう事は詩乃と結婚してからだと決めている。それに魔人の方からも今手を出したら殺すと釘ならぬパイルバンカーを打ちこまれているからな」
「ピュアな青春か!」
「高校生だから当たり前だろうがバカ」
やっぱりそういう本を読んでいると汚れた心を持つんだなぁ、と自分を振り返りつつ緋山さんと澄田さんの清い付き合いには「ほぉー」としか言えない。
だが一つ気になる事がある。
「じゃあ緋山さんはムラムラしたりしたらどうするんですか?」
「……なんでお前に話す必要がある」
「男同士の他愛のない会話じゃないですか」
「別に、俺は年中発情しているような猿じゃねぇし」
必死で誤魔化す緋山さんを前にして、俺はちょっとした意地悪を考えつく。
「だったら――」
俺は目の前で反転して女の子になるとわざと制服の第一ボタンを外して谷間を見せつけ、緋山さんを挑発してみる。
「……こういうのでも、平気です?」
「そもそもお前は男だろうが!」
「でもこうやって引っ付こうとすると逃げるのはどうしてですかねー?」
ほれほれー、おっぱいから逃げるとは何事かねー。
「…………」
あっ。
今ブチッ、って音が緋山さんの方から聞こえた。
「……そうかそうか、そんなに死にたかったのか」
「いやいやいや! そういう意味じゃないですから!」
ちょっとしたからかいごとじゃないですか! そんな屋上の床をマグマにし始めないでください下の階層の人達死んじゃうから!
「――ったく、俺のことはとにかく、だ。今のところ敵もボロを出さない様子か」
「その言い方、まるで敵を知っているような言い方ですね」
「……お前、AランクとBランク上位がかられている事件については知っているよな?」
「まあ、はい」
澄田さんから聞かされた話で、犯人の素性は未だに割られていないって事じゃなかったっけ。
「それはAランク以下での話だ。Sランクの界隈ではすでに特定が済んでいる」
そう言って緋山さんは俺自身に榊マコとしてVPを操作するように指示をする。
「後はカードについているシリアル番号を打ちこめば――これが本当の情報だ」
確かにそこには、Sランクにしか開示されていない本物の情報がずらりと並んでいる。そしてその中には緋山さんの言う通り、あの連続殺人の件についてのデータも提示されている。
「本当だ、報道じゃまだ特定できていないっていうのにこっちだとできてる」
そうして出てきた顔写真二つと、その通り名が俺の目に焼き付けられる。
「――エクスキューショナーズ?」
金で人を殺す殺し屋二人組の顔写真が、そこには載せられていた。