第三話 新たな事件?
――といったような経緯があって、俺の元には一人のメイドが住むことになった。とはいえ元々狭い家がさらに狭くなるうえ、女性がいる空間で落ち着ける筈がない。女の子に反転できるとはいえ、プライベートな空間は流石に男の気分でしかないからだ。
「真琴さん、お夕飯の準備が整いましたよ」
最初は真琴様なんて言っていたが、流石にこちらの気が引けてしまうためにさん付けにしてもらっている。そして肝心の料理の腕だが……。
「どうでしょうか?」
「……うん」
普通に美味しい。あれだけのことを言っておきながら、いたって普通の美味しさ。舌がとろけるーとか、矢継ぎ早に食べたいとまでは思わない感じ。これが本当に世界中をメイド修行してきた人の味なのだろうか。いやいっそ一周まわって特別に美味くなくても素朴な味が一番だという結果にたどり着いたという事なのか?
「どうかされましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
「そうでしたか……てっきり私の料理の味付けがおかしかったのかと」
「そういう訳じゃないんだ。ただ……」
「ただ?」
「……なんでサンドイッチ?」
「違います、ルーベンサンドです」
そこも個人的にはツッコみどころなのだが、霧咲という名前なのに何故かこうしてアメリカの料理が得意だという矛盾。確かに少し白人の血が入っているように見えなくもないけど、世界中を旅した割にはアメリカに傾倒しすぎじゃありませんかね?
まあアメリカの家庭料理なんて知らなかった俺には新鮮なものだから、美味しくいただいていますけど。
「さてと――」
「では、いつものようにお風呂の準備を」
何も言わなくてもこちらの顔色や動き方で先の行動を読むのは、流石はメイドとでも言ったところであろうか。俺が何となく立ち上がっただけで、先の行動をほぼ完ぺきに読んでいる。
「そこらへんは世界をまわってきただけはあるのか……?」
「今何かおっしゃいました?」
「いや何も」
絶対聞こえているでしょ。だってさっきより張り切って風呂場を磨いているのが丸見えだからね。
◆◆◆
「――って感じ」
「ふーん。何か普通って感じだね」
「普通なんですよね」
今回喫茶店に集まったのは俺と澄田さんだけ。そして会話の議題は例のメイドの件について。念の為に性別を反転して、榊真琴だとばれないようにしている。
「気をつけろって緋山さんは言っていたけど、どうにもねぇー」
今のところ奇特なメイドさんとしか評価を下せないんだけど、一体何が怪しいのやら。
「そう言えば昨日の夜はどうしたの? まさかメイドさんと一緒にお部屋で寝たの?」
「…………」
「……なんで答えないの?」
「いやあたしの方も夜は自分の家か何かに戻ると思っていたよ……」
それがまさかねー……メイドだからって別に一晩中一緒にいなくてもいいんですけどねー……。
「……ウソでしょ?」
「本当です」
「マコちゃん普段はアレだよね?」
「アレが付いていますね」
「過ち犯さなかったよね?」
「まさか、するわけ無いじゃないですか」
おっぱいなんざ自分の揉んでおけばいい訳ですし――って、これ自分で行っていて虚しくなってくるな。
「そっか、じゃあ安心だね!」
「安心ってそっちの問題ですか……」
「もっちろん! マコちゃんにはもっといい人が見つかるはずだし!」
良い人なんて見つかりますかね……それにその言い方だと女の子側の方でいい人が見つかるみたいな言い方にしか聞こえないんで止めてもらえませんかね。
「それはそうと」
「それはそうと?」
澄田さんは別件でまだ話があるみたいで、自分のVPをいじってこちらにとあるネット上の情報記事を見せ始める。
「Aランク、Bランク上位が次々と殺されているって事件、知ってる?」
「殺されるってこれまた物騒な……」
澄田さんが見せた記事には何人もの人間が焼かれたり切られたり撃たれたりしたという、なんとも凄惨な文章が並んでいる。
力帝都市で力比べ、バトルは別にご法度というわけではない。むしろ推奨されている。
だが殺し殺されの殺し合いは別問題、ご法度だ。そこは普通一般の世界と同じであり、この都市に住む多くのDランクが無意味に殺されない理由でもある。
「殺しは禁止でしょ? それがどうして――」
「それがなんか、徐々に能力や魔法とか、力が強い人を狙って行っているみたい。まるで自分の腕前を測っているみたいに」
澄田さんは気分が悪くなったかのような表情でVPをしまい込むと、その気分の悪さを胃に落とし込むようにコーヒーを流し込む。そしていつものお母さんみたいな調子で俺に向かって注意を促してくる。
「マコちゃんも気をつけてね。特に夜道とか――」
「夜道なら、俺が守ってやるから安心しろよ」
あー……澄田さんが横目に見てうざがってるってことは、そこにいるんですねゴミダストが。しかも勘違いしているのか元AランクとSランクを前にそんな物言いしてくるなんて、アホの極みとしか。
「くっくくく、なんなら今日から迎えに――」
俺は静かに立ち上がり、スカートの端の埃を叩いてからダストの男の眉間に向けて右手ででこピンを作り出す。
「な、なんだてめえ――」
「守ってもらう必要ないから、アホ」
打撃の威力を反転。でこピンの威力を迫撃砲クラスにまで反転させる。そして本来なら死ぬはずの所を死なないように反転。
さて、人間がゼロ距離で迫撃砲をくらうとどうなるか――
「――試してみようか」
まさかその場にいる人間で、でこピンで鼓膜が割れるほどの衝撃波が発生することを予測できた人間なんて、いないでしょうね。