第一話 メイド イン 俺の部屋
「真琴さん、おかえりなさい♪」
「あ、はい……ただいま……?」
昨日から俺は、玄関を開けるたびに一旦硬直しなければならなかった。
「そんなに疑問に思わなくても、ここは貴方様の部屋で合っています。それに心配しなくとも、私は貴方のメイドでございますよ」
――前略、福引で一頭を当てたらメイドさんが家にやってきました。しかも明らかに自分よりお姉さんです。
「…………」
「どうかされましたか? まさか私めが、何か気に障ることを――」
いやそういう訳じゃないんでそんな絶望したみたいな顔しないでください。そんな耳障りのいい声が気に障る訳無いじゃないですか。
「そうですか。はぁ、よかった……」
そう言って彼女は胸に手を置いて安堵する。
さて……こういう経緯になった事を、頭から整理していこうとしよう。
こうなったのは確か、ラグナロク事件が収束してから丁度二日たった後のことだったかな――
◆◆◆
「――へ? 福引っすか?」
「そうだ。澄田詩乃が一人一枚までだからといってオレに引いてきて貰えないかと押し付けてきたんだが……テメェにくれてやる。感謝しろよな?」
感謝しろって言われてもどう考えてもいらないものを今度は俺に押しつけている感がするんですけど。
それに澄田さんよくこの魔人に押し付けられたなぁ、明らかに今目の前で不機嫌そうなのはどう考えても澄田さんのせいなのに何もされないとは。
「……言っておくが、澄田詩乃とオレとの間柄は色々と別問題だ。テメェが下手に首を突っ込もうものならその首刎ね飛ばしてやるからな」
「き、肝に銘じておきます……」
とりあえずこの前戦いの場になった第三区画で引けるらしいとのことで、俺は魔人に福引のお使いを頼まれることになった。
◆◆◆
「――それにしても」
一応福引を貰った時は男だったからそのままの状態で来ちゃった……あっ、むしろその状態の方が色々と都合がいいのか。
「それにしても凄いなぁ。あれだけ建物やら何やら宙に浮かばせて壊しまくったのに、もう復活しているし」
恐るべし力帝都市。謎の技術で一晩すればもう元通りって感じなのか? そう思って感心していたが、俺はふとあの銀ビルのことを思い出す。
「そういえばどうなっているんだ?」
俺はそれとなく銀ビルの方に足を進めていくと、銀ビルがあったはずの場所は綺麗さっぱり空き地となっており、売り出し中の看板が開いた土地にドンと突き刺さっている。
「やっぱりそうなるか……」
あれだけの騒動を起こしておいて、のうのうと建物が建っているわけないか。
俺は改めて自分がまきこまれた事件の大きさを振り返りながら、しみじみと呟く。
思えば自分に能力が目覚めなかったら、そもそもどうなっていたんだろうか。今となってはあまり想像することができない
「普通に今でもぶたまんじゅうと駄弁っているんだろうな……多分」
緋山さんとも知り合わず、魔人にこき使われず、澄田さん達と女子会雑談もしていない――
「――結構つらいな」
やっぱり能力があってよかったー。能力の便利さより知り合いが増えた方が俺個人としては嬉しい点だな。
「っと、それよりも」
福引福引っと。
俺は本来の目的を果たすべく、第三区画の一角にある商店街へと向かう。すると目的である福引を引いていそうな人だかりを見つけることが出来た。
「……なんでこんな福引風情で人だかりができるの?」
そう思いながら俺は人垣のはるか後ろから福引の商品を確認にかかる。
「えーと、五等が高級土鍋セット、四等が冷蔵庫、三等が国内旅行一泊二日――って、けっこう豪華だなぁ」
恐らく澄田さんは鍋パーティの件から五等でも当たれば御の字だと思っているんだろうけど――
「二等が世界旅行三泊四日!? 一等が――当たってからのお楽しみ?」
おいおいおい、二等の時点で世界旅行なら、一等は宇宙旅行ってか?
「まあいいや、適当に引こう」
参加賞でもティッシュ箱五個貰えるみたいだし、それを渡せばいいか。
俺は福引券を持たない野次馬の波をかき分けて、何とかガラガラとまわるアレの前にまでたどり着く。
「すいません、一回だけ引きたいんですけど」
「こちらですね。チケットの方を確認させてもらいます」
そう言ってニッコリと笑っているのは、眼鏡をかけたメイド服姿の女性。その清楚を体現したかのような姿は、このような商店街のごった返しにはとても不釣合いとしか思えない。
……隣に二人ほどごついサングラスの男が立っていることは目に入らなかったことにしよう。
「これでいいですか?」
「はい、確認しました。では一回だけ、どうぞ」
どうせ当たるはずもない。そう思って俺はガラガラまわるアレに手をかけ、一回転二回転と回す。するとまわるアレがポロリとだしたのは白い球。
「あっ……」
「あら……ッ!」
白い球とは、てっきり俺は外れか何かだと思っていた。普通なら金色とか色がついている球が当たりで、普通は白い球なんて参加賞程度のものだ。
「あー、参加賞ですか――」
「すいません、こちらに来て下さい! ……残った方々のお相手をお願いします」
「御意」
「えっ、ちょ――」
俺メイドさんに引っ張られて裏方に――ってこの人腕を握る力強すぎない!? 滅茶苦茶痛いんですけど!?
「いっててて!」
「ご、ごめんなさいっ!」
福引をしているその裏まで引きずられた俺は思わず握られていた腕を確認した。するとそこにはきっちりと手形がつけられていて、この人がどれだけ力強いのかをオレに知ら閉められることに。
「な、なんですか……」
「……おめでとうございます」
え? 何が?
「一等賞を引き当てたのですよ、貴方は」
「……えっ?」
えっ?
「ええええぇ――――!?」
「一等はこの私、霧咲百花をメイドとして半永久的に雇える権利です」
この瞬間から俺専属のメイドとなった女性は、状況を掴めずに混乱する俺に向かってにっこりとほほ笑んだ。