EX3話 Crawing In The Dark
「最悪だ……最悪だ……」
ここ最近の科方藤坐の日常は、それこそ最悪と呼ぶにふさわしかった。人垣をとにかく避けて旧居住区画の廃屋に隠れる日々。今もこうして建設中の建物が隣の裏路地をひっそりと歩いている。
「なんで……少しでも態度を悪くした途端に、不幸がわんさか大挙してくるなんて……」
今までの補正とは正反対。全くの逆。これまではいい子でいれば世界が守ってくれたが、これからはいい子にしていなければ世界から殺される。榊マコに世界を反転されたせいで補正が逆になり、むしろ弱点となる力へと変容を遂げてしまったのだ。
「なんで……なんでだよ畜生!!」
彼がたった一言悪態をついた瞬間――
「おいそこの坊主!! 危ないぞ!!」
上空の影が徐々に深みを増していくと共に、科方の心は一瞬にして死の恐怖に支配される。
「いッ!?」
クレーンに吊り上げられることで頭上を通過していた鉄骨四本が、一斉に科方に襲い掛かる。
「あぶねぇっ!?」
鉄骨は音を立てて地面に突き刺さるが、科方はそれを間一髪で回避。幸いにも態度が悪い方の補正はそのままだったため、身体能力自体を強化して今回は何とか難を逃れることが出来た。それでも常にこういった危険は付きまとい、科方の能力の表裏一体として表れる。
科方は命からがら裏路地の最奥にまで逃げのびると、八つ当たりでもするかのごとく壁を何度も何度も殴りつける。
「くそっ! くそっ! くそぉっ!! あの女が何かしてからいつもこうだ!! 絶対に見つけ出して○してやる!!」
そして怒りのあまりに言い放った言葉が、科方に対して最大の苦難となって跳ね返ってくる。
「――よう、探したぜ」
「っ!? ……って、誰だよ」
「誰って……知らねぇとかモグリかよ、ヒャハハハハッ!!」
あの魔人と似た風貌――灰を被ったかのような髪色をして、唯一魔人の深紫とは違う、紅い瞳を携える少年が科方の前に立ちふさがる。
「……誰だ、てめえ」
「誰だ、テメェだと……? ククククッ、Aランクの関門を知らねぇとはギャグもイイ所だなオイ」
自らをAランクの関門だと名乗る少年は、辺りにほのかに炎塵を舞わせて不気味に笑う。
「オレ様の名は……この身体の持ち主の名は穂村正太郎。『焔』って聞いたことねぇか?」
「『焔』……まさか――」
有無を言わせることもなく、穂村は辺りに灰を舞わせて一直線に科方へと突っ込んでいく。
「おせぇよ――紅狼牙ッ!!」
鮮やかな紅の右手が科方の顔面を掴み、そのままブーストをかけて叩きつける。
「っごほぁっ!?」
科方は壁に引っ掻き傷のような焦げ跡と共に叩きつけられ、科方はわずかに残る意識すら持っていかれる。
「噂じゃテメェ、測定不能の力を持っているらしいな。だったらテメェをこの場で派手にブチ殺せばSランク確定じゃねぇか?」
「ぐ、なっ、それ、は――」
科方の言い訳を聞くまでもなく、左手に全ての灰が――熱が集約される。
「灰拳――爆砕ッ!!」
赤黒い炎と共に、左ストレートが振り抜かれる。
辺り一面を文字通り灰燼へと変え、科方は自らの身体で壁を何枚もぶち抜いた後に気絶し、倒れ伏した。
「クククク……さぁて、今のでオレ様の戦闘評価が上がってSランクに――」
そうやって穂村は自らが持つVPを手に持ち、ランクの確認を行ったが――
「ハァ!? どういうこった!?」
穂村は自らの目を疑った。そこにはいつもと変わらない、自分がBランクだということを示す文字が並べられている。
「それに、科方って奴はCランクでハズレかよ……て事はもう片方が……? だが足取りが掴めねぇ……面倒だな」
穂村はそこで髪色が黒に変わっていき、瞳の色から紅が消えていく。
「――ってぇ、また『アイツ』に持っていかれたか、チクショウ…………それにしても」
穂村は相変わらず自分のランクが上にあがらないことに焦りを感じていた。
「……早くSランクにならねぇと、俺は……」
自分の目的のためにはいち早くSランクにあがらなければならないのに、いまだに自分のランクはB。穂村は焦燥に駆られながらも、次の獲物を探すためにVPを触り始めた。
◆◆◆
「うわぁ、とんでもないことになっていますね」
動画が終了すると同時に感想を漏らす榊とは対照的に、緋山は動画が流れ切った後でも、しばらくの間真っ黒な画面を見つめたままだった。
「…………」
「……おや? 緋山君にとっては懐かしい話じゃないですか?」
「うるせぇ」
VPにて流される穂村と科方の戦闘――否、一方的な蹂躙を見た緋山は、自分と何かを重ね合わせていた。
「もう終わった話だ」
「……フフ、そうですね」
之喜原はニコリと笑ってVPを懐にしまうと、屋上から出て行くようにその場から背を向ける。
「では、僕はそろそろバイトがあるのでお暇しますね」
「絶対にひなた荘に迷惑かけんなよ」
「肝に銘じておきましょう」
之喜原が出ていくと同時に、緋山も降ろしていた腰をあげる。
「榊」
「はい?」
「お前は力を持ったばかりだろうからな……お前は……お前は力に、“衝動”に呑まれるなよ」
最後に一つだけ言葉を残して、緋山はその場を去っていく。
そしてその言葉の意味を、榊はすぐに理解することになるだろう。
これでラグナロク編は終わりです。次からまた新しい編を投稿したいと思います。