第四話 上へ参りまーす
俺の住んでいるところは居住区域でも端の方である。つまり他の区域と隣接しているため、夜間の帰路においてバトルに巻き込まれることもごくたまにある。
だが今回のように――
「――まさか真正面から絡まれることになるとは思わなかったわ」
何故か六人のフードをかぶった魔法使いっぽい男達に取り囲まれるとは思わなかったわ。まあこの都市って魔法も魔力として認められているから何でもアリなせいなんだろうけど。
「貴様、何故このような場所をうろつきまわっている」
「一般人は夜に外に出ちゃいけないんですかね?」
「フン、Dランクがわざわざ魔術師の集まりに首を突っ込むのもおかしな話だと思うが?」
そんな帰り道の脇にある公園に集まって言われても……。
「とにかく、Dランクだろうがこの場を見られてしまっては記憶を消させてもらう」
「えっ? 記憶って――」
「丸三日分、お前は何をしていたのか思い出せなくなる」
「まじ?」
それって俺が今日能力に目覚めた事も忘れるってこと?
「……それは嫌だなぁ」
俺がぼそりと呟いたつもりだったがそれが魔術師たちの耳に届いていたらしく、男たちは不機嫌になった声で俺を威嚇してきた。
「ならば我々の魔法の実験台になるか! カエルに変えられても知らんぞ!」
「……それも嫌だし……そうだ」
どうせなら実験してみるか。
「……ん? うわっ!? 何で急に腕を掴んだ!?」
あれ? 今握っているやつにかかっている重力を反転させたつもりなんだけどな……。
「そういえば緋山さんが言っていたな。能力が発動した状況を思い出すようにって……」
「何をブツブツと呟いている!」
恐怖心は……こいつ等に記憶を消されるかもってことで怖い思いはしている。だったら何だ? 手をかざして念じてみることもした。後足りないものはなんだ?
「……もしかして……マジかよ」
俺は嫌な予感がした。まさか、マジか!?
「…………」
……性別変えるしかないのかよ……。
「ん? なっ!? 何だこいつ!?急に髪の色が変わった!?」
「それよりこいつ、女になってやがる!? どういうつもりだ!? サービス精神か!?」
違うわ馬鹿ども。これをしてからが本番だっての。
「……ん? また手を握ってって、うわああああぁぁぁぁ―――」
おー、飛んだ飛んだ。
「いっ!? 貴様今何をした!?」
「んー? 何も?」
確か厄介ごとには下手に突っ込まない方がいいんだっけか。
「あのさ、フライトご希望の人じゃないなら道を開けてくれる?」
「ふ、ふざけるな! まずは同胞を返せ!!」
そう言って一斉に襲い掛かってくるんだけど――
「――面倒くさっ!」
「っ!? うわあああぁぁぁぁぁぁぁ――――」
周囲の重力を反転させて、全て空へと落としていく。
「十秒後くらいに元に戻せばいいか」
はるか彼方へと飛んでいくその他もろもろを見送った後に、俺は再び重力を反転させてその場を去っていった。
◆◆◆
――とりあえず家に帰ってから色々と試すうちに分かった事がある。
「なるほどなー……使い勝手が少し悪いだけで汎用性は高いな」
この能力は何でも反転させることができる。しかし反転した先の事柄が想像できなかったら反転できない。
そして能力を使うに際して、俺自身が一回女にならないと使えないという事。
「これが一番デメリットなんだが……緋山さんが言うからにはメリットにもなりえるんだよなぁ」
俺はベッドに腰をおろし、自分のすらっと変身した腕を眺めて一人呟く。
男でいる間は能力を使えない……つまり一般人に紛れることができる。ただし、変身しているところを見られていないことが前提だが――
「――あっ! ヤバくね? あの魔術師の前で思いっきり変身しちゃった――」
「その件については何も心配ねぇ。記憶とかもろもろ消し飛ばせば終わる話だ」
「ん? うわっ!? 誰だよあんた!?」
「誰って……魔人サマに決まってんだろボケ」
気が付くと黒のロングコートを着こなす白髪の男が俺の後ろでくつろいでいる。ってか人のベッドの上でくつろがないでいただきたい。
「ふ、不法侵入!」
「黙れ下等生物。オレ様がどこにいようがオレ様の勝手だ」
そう言って魔人と名乗る男は本当に勝手な行動をとりだした。男は勝手に冷蔵庫の中に隠していた一番高いカップアイスを手に取り、ふたを開け始める。
「ちょっと! それは俺が取っておいた大事な――」
「喚くな。消し飛ばすぞ」
室内に光源がもう一つ。それは男の手のひらに握られている。
「この超々高密度の暗黒エネルギー体をここで炸裂させたら、一体どうなると思う?」
「……さ、さあ?」
「残念。答えは……力帝都市の崩壊だ」
「は!? ひえぇっ!?」
男の言葉と共に、手のひらの光がさらに増していく。そしてそれに呼応するかのように天井が、俺が目にしている世界が揺れ始める。
俺は思わず壁まで後ずさりをしてへたり込んだ。それは男の言っていることが与太話ではなく、その歪んだ笑顔と深紫の瞳の奥底に潜む悪意が真実だと告げているからだ。
「……だが安心しろ。それを今ここでやるつもりはねぇ」
男が手のひらに顕現させていた光を握りつぶすと同時に、俺の視界の揺れも停止する。
「はぁ、はぁ……何だってんだ……」
「オレか? オレ様の名はシャビー=トゥルース。物語を騙る者だ」
「……意味が分からん」
「クク……まあ緋山励二をSランクまで鍛え上げた魔人とでも思っておけばいい」
「そ、そうですか……」
あー、緋山さんの言っていた『魔人』ってもしかして、この人のこと言っていたのかもしれないのか。
「で、その魔人さんが何の用ですか」
「緋山励二の報告によれば、榊真琴は女体化するおもしれぇヤツだったってことだからよぉ、実際に見に来てやってんだよ」
それにしても自由人すぎないかこの人。また冷蔵庫漁り始めたし。
「言っておくがオレは人間のような下等生物じゃねぇぞ。神話に出てくるような、夢物語に出てくるような極悪な魔人だ。簡単に信用しない方がいい」
げ、心理透視できるの?
「できる。が、オレ様は常識もわきまえているからな。普段からバカみたいに思考を読むようなマネはしねぇよ」
「そ、そうですか……」
さっきから言っていることが支離滅裂すぎて、信用できないことだけは確かだと思う。
「と、取りあえず帰ってもらっていいですか……?」
「あーもう少ししたら帰るから急かすんじゃねぇ、一つだけ話をしておこうと思ってな」
魔人はそういうとまたも勝手にベッドにドカッと座って、まるで取り留めのない話のようにある提案を促してきた。
「テメェ、緋山励二とつるむ気はないか?」
「……ど、どういう意味です……?」
「難しい話じゃねぇ。あのバカ、時々一人で突っ走っては面倒事に巻き込まれることがある。だからそれまでオレがやっていた尻拭いを、今度からはテメェが代わりにやるって話だ」
「えぇー……その緋山さんから面倒事に巻き込まれるからって――」
「緋山励二の言うことを信頼してここで死ぬのと、オレの言う事を聞いて楽しく生きながらえるのとどっちがいい?」
それ選択肢無いじゃないですかー。
「……分かりましたよ。緋山さんが困った時に助ければいいんですよね?」
「アァ。ヤツ自身はオレが鍛えたから死ぬことなんざ滅多にねぇとは思うが……『全知』か『全能』が一枚噛んでいた場合が面倒だからな……保険程度に考えていればいい」
「さいですか……」
「アァ」
魔人は用が済んだのかすっと立ち上がると、何もない空間を握り始め、そしてドアノブをひねるかのように空間を捻じり始める。
「眠いからもう帰る。テメェもしばらくはDランクのフリをしておけ…………ランクを登録するときも、テメェ自身じゃなくて別人の女として登録しておけ」
「わ、分かりました……」
「登録関係も根回ししておいてやる。もちろん、グレゴリオ=バルゴードにもな」
「えっ、それってどういう――」
俺が問いかけようと思った時には既に、魔人は空間のねじれに消えていった後だった。
「……えぇ……」
よく分かんないことにいきなり巻き込まれたんですけど……大丈夫なのか?
この時の俺の疑問は、翌日すぐに解決することになる。
――もちろん、悪い意味でだが。