第三十三話 緋山さんなら一人で大丈夫じゃないの……?
俺は第三学区に向かおうとしたが、時すでに遅しといった様子であった。
「俺が時々見る光景の内側に、第三区画があるってことですか……」
見事目的地は巨大な壁に四方を囲まれているようで、例のごとくSランクが暴れているという指標を見事に示している。
「緋山さんどんだけ張り切っているんですかね……」
「あ! マコちゃん!」
「澄田さん? 緋山さんと一緒じゃなかったんですか?」
俺は疑問に思ったが、いつも緋山さんと一緒にいるはずの澄田さんがここにいるという事は逆に内部がどれだけ危険なのかという事の裏付けにもなってしまう事に気が付く。
「私も行くって言ったんだけど、励二は一人で朝早くから第三区画に行っちゃって……中で何が起こっているのか、私も分からないの」
澄田さんはいつもの子どもを心配するような態度ではなく、緋山励二という自分の恋人に対して不安を抱いているような雰囲気で話している。
「実はあたし、緋山さんにあの中に来るように言われているんですけど……」
「それ本当!? てことは励二、本当にピンチって事じゃん!」
「どういうことです?」
「励二が人に助けを求めるなんて、私今まで一度も見たことがないし聞いたことが無いもん!」
それならなおさら助けに行く必要がありそうなんだけど……。
「マコちゃん! すぐにいこっ!」
「えっ!? でも外から入れないんじゃ――」
「私の能力を忘れたの!?」
あっ。
「……でもそれって澄田さんだけですよね」
「私に触れている間は他の人にも適用されるから大丈夫! さあ今すぐにでも助けに行くよ!」
って俺の手を無理やり握って引っ張っていくさまはやっぱりオカンにしかならないんだけど!?
「だけどあたし達二人だけ加勢に行ったところで――」
「おや? 詩乃さんに榊じゃないですか!」
「本当だ! たまたま要と道端であの第三区画の壁のことで話していたけど、やっぱりきみたちも?」
なんという偶然なのか? というよりも運が良くも悪くも女子メンバーがそろったわけだけど。
「要ちゃん! はいいけど、栖原ちゃんは危ないからね……」
「一体どうしたっていうんですか! ボクを仲間外れにしないでくださいよ!」
「実は――」
かくかくしかじか――ということで簡単に経緯を説明すると、要と栖原は呆然とした様子で壁の方を改めて見つめ直す。
「そ、それって相手もSランクレベルって事じゃ……?」
「凄いことになってきたな……」
実は昨日の時点で薄々嫌な予感がしていたのには気づいていました。と、それはおいておくとして、栖原と要は恐らくラグナロクの事や例のカプセルのことは詳しく聞いていないだろうし、澄田さんも……あの様子だと詳しいことは聞いていなさそうに思える。
俺としては要や栖原は置いて行った方がいいと思ったんだが――
「要ちゃん! お願い事があるの!」
「うちですか?」
「お願い! 私達と一緒に第三区画に来てくれない!?」
「え、えぇーっ!?」
いやいやいや、どう考えても無理でしょ。Bランクが行ったところで何かなる訳でもないし……かといって俺が言ったところでどうにかなる訳が――
「フォローはマコちゃんがしてくれるから、要ちゃんもついて来て!」
「えっ!? あたしが!?」
俺まだ何も言っていませんけど!?
「大丈夫! 多分……」
いや多分とか自信が無いこと言わないでくださいよ澄田さん……。
「それにしてもどうしてそんなに必死なんですか?」
「……励二が、あの中で戦っているの」
「緋山がですか? まあSランクですし何かしら吹っかけられてもおかしくはないと思いますけど」
要はなんだ、いつものことじゃないですかと言わんばかりの雰囲気であったが、澄田さんの方はというといつものとは片づけられない嫌な予感を感じ取っているらしく、らしくないような態度を取っている。
「そうだけど! ……そうだけど、今回は……」
「…………仕方ないですね! 行きますよ栖原!」
「えっ!? ボクも!?」
「そうですよ! いないよりマシかもしれませんからね!」
なんか熱い展開になってきているけどそれって無謀だからね!? 俺ですらいまだにすぐ反転先を思いついたりとかできない状況でどうしろっていうの!?
「いざという時は私の能力で逃げればいいんだし!」
「そうですね! 物理攻撃完全無効化の詩乃さんなら大丈夫ですよねって、うちはそういうのないんですけど!?」
「私に触っていれば大丈夫!」
「だ、だったらボクも触っていたらセーフなのかな……?」
いや栖原は武術だから触りながら戦えないでしょ……というかこの雰囲気だと突入する感じなの?
「皆、励二を助けに行くよ!」
「仕方ないですぜ、ここで借りを作っておけば後でたかれそうですし」
「ボクはひとまずみんなの身の回りを守るよ!」
「……えっ? これあたしも何か言う雰囲気?」
全員の視線が俺に集まる中、俺はため息をついて仕方なく一言だけこういった。
「いざという時は、何とかしますよ」
はぁ、取りあえず遺書でも書き留めとこう……。