最終話 事象に逆らうのが、あたしのやり方だから!
黄金のようにきらびやかではないが、王の名を冠する水――理科の時間に少しだけ余談で聞いたことがある名前。その特徴は――
「これ、何でも溶かしちゃうから気をつけてね」
「ちょっ!? ビルが溶けてる!?」
足下に広がる全てが王水、この閉ざされた空間でそんな強烈な酸をばらまかれてしまった今、まるで胃の中で溶かされるのを待つばかりのような感覚に陥ってしまう。
というより本気で洒落にならないから、どうにかしないと!
「言っておくけど、強酸を反転させて強アルカリにしたとしても、人体にものすごーく悪いことは知ってるわよね?」
「えっ、そうなの?」
「……知っておきなさい」
とまあボケを挟んだところで現状が変わる訳でもない……んだけど、無駄に反転しなくてよかったー。
「さて、と……酸性の反対はアルカリ性だから無意味。液体気体固体……あーもう、後何があるっけ!?」
何とかこの場を切り抜けたい。その為にも『反転』の能力で何か思いつかないと――
「――そういえば、高水圧の水をぶつけられたいって言ってましたわよね?」
「……んー? 覚えてないなぁー」
「きっちり言ってましたわよ!!」
おっとぉ!? 水はぶつけられても問題ないけど王水はヤバいかなぁー!?
「うわっとぉ!」
よそ見をしていたせいか間一髪のところだった。代わりに隣のビルの屋上に設置してあった自動販売機が犠牲になったけど、そんなことよりも一瞬で自動販売機がドロドロに半分溶解していることの方がこっちにとってはショックが大きかった。
「あんなのぶつけようとしてたわけ!?」
「だから言ったでしょ、これだけは使いたくなかったって!」
今度は散弾銃の様に細かい水滴を投げつけてくるから物陰に――ってあれ何でも溶かすから貫通したりする感じか!?
「だったら射出方向を反転!」
「言っておくけど、王水だろうと水の時点で私には効かな――はッ!?」
どうやら反転を行った後に俺がわざとニヤリと笑ったことが、相手の勘繰りに拍車をかけたようだ。
「……今度はあたしから言わせてもらうわ。それ、よけて正解。効かない効かないって、何度も聞かせてもらったら逆に反転したくなるじゃない」
「――ッ!」
相手がこっちの能力を理解しているからこそ、それを誤解へと反転させることができる。俺の能力で直接相手の能力に干渉することは難しい、特に相手がSランクだと。だけど自分側ならばいくらでも反転させることができる。そして今回みたいな能力が関係ないところならいくらでも反転させることができる。
「相手の能力に干渉なんて、そんな――ハッ! そういえば貴方の戦い、一番最初の戦いで『品行補正』の補正を……まさか!」
そういえばそんなことありましたねーって……ん? あれ? もしかして俺自身で勝手に制約かけてた感じ? あれか、初心者特有の何でもありな予想外の動きから脱却してなれた結果勝手に動きに法則つけちゃうようなあれか!?
――“正確には緋山励二の大罪と戦った時からずっと勘違いしてた感じ?”
「うるっさいなぁ……まっ、いいけど。それくらいのハンデが無いと張り合いが無いから」
――“うーわー、正当化しちゃったよ”
「何をごちゃごちゃと言ってるのかしら! 王水は使えなくても、私にはまだ水が――」
「さっき自分で能力に干渉できるって言ってたのに、まだ水が操れるとか思ってる感じ?」
こうなればもうこっちのもの。散々こっちの考えをかき乱してきたんだから、逆に相手の考えをめちゃくちゃにしてやる。
「さて、どうする? あたしはその気になれば王水の操作ができない状態からできる様に反転するという荒技もできちゃうんだけど」
「っ、そんなの馬鹿げてるわ!」
「そうそう、馬鹿げてるから最初はハンデでするつもりは無かったんだけどね」
こちらの演技に完全に呑まれてしまったのか、アクアは手も足も出せずに立ち往生する羽目となってしまう。
「それで、どうする? これ以上まだ戦うつもり?」
「ぐぬぬ……ん? 何よ?」
勝利を確信し自信満々でいるつもりだった俺の気を削ぐかのように、突然電話が鳴り響く。どうやら音が鳴っているのはアクアの携帯だったようで、まだ俺と戦っている最中の筈であるにもかかわらず遠慮無しに電話応対を始める。
「あんた随分と悠長じゃない」
「数藤? 何の用よ、邪魔しないでもらえるかしら? ……でもそれって! ……分かったわよ」
一体何が分かったのかは知らないが、俺の前で堂々と端末触る余裕をかまされちゃうと、ちょっとばかりイラッとなっちゃうのは俺だけでしょうか。
「ていうか、端末いじる余裕持てる訳ないでしょ!」
絶対に触ることができない筈の王水を、触れるように反転。そしてお返しとして巨大な水の大玉をアクアのすぐ横をかすめるように投げつける。
「ひぃっ!」
彼女にとっては初めてだろう、水がこれだけ怖いという体験をするのは。しかも王水という、自分にとっては奥の手と思わしきものを逆に利用されたとあっては、恐怖の声をあげるのもおかしくない。
「ちょ、ちょっと! 貴方手加減したらどうなの!?」
「さっき殺す気でやったわけだし、こっちも殺す気でやるつもりだけど?」
「っ……」
一応死なないようにわざと避けるように飛ばしているものの、それでも十分な脅しにはなっている。
「さて、どうする気? あたしは別にこのままやってもいいんだけど?」
意趣返しというわけでは無いが、今度は俺が自信満々に相手に話しかける。
「……いいわよ、この場は一旦退いてあげるわ」
退かせて貰いますの間違いじゃなくて?
ツッコミを入れようにも既に排水を開始してはその場を離脱する準備を始めるアクアを止める理由など無い。それに伴って壁も下がり始めれば、壮絶な戦いの跡だけがその場に晒されることになる。
「さて、あたしも離脱しますか」
残ったところで面倒事になりそうな気がするし。特にこんな大規模戦闘の後だと。
そうして互いに戦いを終えてその場を立ち去ろうとする間際、背中合わせにアクアが言葉を投げかける。
「一つだけいいかしら」
「何よ」
「……貴方がオズワルドを捕まえることは絶対に無理になったわ」
「どうして?」
それは先ほどの電話で分かったことなのだろうか。それとも既に、決まっていたことなのだろうか。
「確かに、貴方は強いわ。でもそれって貴方一人の問題でしょ?」
「何が言いたいわけ?」
「……残念だけど私は数藤が選定したチームと組むことになったわ」
……なるほどね。確かに今の人数ままだと自由に動き回っているオズワルドを捕まえるのは難しい。だからもっと人を増やす、と。
「言っておくけど、『首取屋』もこちら側につくわ」
「それで? 結局何が言いたいわけ?」
「……これはもう、貴方が関わるような問題じゃなくなったってこと」
俺がエドガーの話を聞いてから、どうやら数藤サイドでありとあらゆる根回しが行われていたようだ。だがこれは俺の予想していたよりも大きな問題に、もっと言えば力帝都市だけの問題では無くなっている様な雰囲気となっている。
「『市長』が本格的に動き出したって言えば……おわかりかしら?」
「ッ! ……なるほどね」
つまりよほどエドガーのような力帝都市側の立場じゃない人間の手に渡るのが困る代物ってことね。
「それを聞いちゃうと、なおさら退けないかなー」
「……貴方、馬鹿げてるわ」
確かにDランクの時の俺がこの場にいたとしたら、自分の行動を同じように評するだろう。でも今は違う。
「あたしはあんたとは違う。だってあたしは――」
――全てに『反転』する榊マコだから。
ということでチェンジ・オブ・ワールドようやく完結(?)です。以前に活動報告で伝えさせていただきましたが、榊真琴が主人公の物語はここで打ち切るような形で完結しますが、力帝都市全体の物語はまだまだ続いていきます。この実質的な続きはパワー・オブ・ワールドの『蘇る焔編』の次の編へと話が続いていく形になります。
この後ももしよろしければ、榊真琴とパワー・オブ・ワールドの主人公である穂村正太郎の物語を見守っていただければ幸いです。
長期間にわたりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。




