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第二十三話 水の王

「全く、数藤について行けば貴方も何も問題が無かったのに。それにオズワルドの報酬まで――」

「お生憎様。報酬ならさっきのヤブ医者が払ってくれるからお気になさらず!」

「あらそう? でもまあそれも、私に勝ってからほざいてくれるかしら!!」


 典型的な身体強化フィジカルチューン。空気中において触れた水分を水滴として凝縮し、それを銃を象った右手の人差し指に集中させる。


「いいわ、教えてあげる。この世は所詮、強い人に従った方が楽だってことを!」


 何時だってそうだ。スクールカーストも、何もかもがそうだ。権力が強い人間に、力のある人間に逆らうことなど不可能に近い。力帝都市においてはなおさらにそうだ。


 だったらどうする? 


「ならあたしも教えてあげる! あたしの力は、そんな上の立場にいる人間の鼻っ柱をたたき折れる能力だってことを!」


 どんな状況からでも逆転できる、それが俺の『反転リバース』だということを!


「絶望に沈みなさい」


 アクアが両手で地面に触れると、先程とは比べものにならない程の地鳴りが響き渡り、そしてあたりから次々と間欠泉のように水柱が打ち上げられていく。


「まさかこの程度?」


 俺としては拍子抜けに等しかった。この程度の攻撃、ここから俺に向かって高圧水流を打ち付けてくるなど予想の範疇内でしかない。

 あまりにもお粗末な攻撃に俺は挑発するかのようにため息をついたが、相手はそれ以上にこちらの反応に対して呆れた表情を浮かべている。


「貴方……Sランク同士の戦いになれば、この区画がどうなるのか知らないはずもないでしょう?」

「区画封鎖……ハッ!?」


 気がついた時には既に、区画封鎖のための分厚い壁が四方八方から立ち上り、そして壁はそれだけに止まらずにドーム状に変形しては空をも覆い尽くし始める。


「ちょっと!? ドームになるのは聞いてないけど!」

「あら? 貴方が敵に回したのはワタクシだけじゃなく数藤だと言うことをお忘れかしら?」


 つまりこっちを潰すために考えられる手段全てを尽くしてくるって考えを持てってことかよ!


「さてと、私に支配された水の中で何分持つかしら?」

「くっ……!」


 相手の能力に干渉して止める? どうやって? 地下から常に水が供給されているこの状況の反対って、何? いっそ凍らせる? 


「先に言っておくけど、水は液体と固体と気体の三つ状態があるからお得意の反転は無理って言っておくわ。おまけにこの水の温度は常温、冷たくなければ、温かくもない。念押しで海水だから、反転したとしても淡水のままで依然としてワタクシの支配下に置けるわ」


 わざわざこちらの思考を妨害してくれてありがとう。おかげで反転が出来そうにもないわ。せっかく水から火に反転させようとしたのに、海水とか余計な情報ありがとう。


「仕方ない、こうなったら内側から外に――」

「貴方が外に離脱した瞬間、数藤に頼んで一気に壁を解除してもらうわ。その時には一切の警告も無しにやってもらうけど、超大量の水が外にあふれ出て、一般人が耐えられるかしら?」

「っ、ずるいわよ! 外の人を人質に――」

「別に人質にしているつもりはないわ。だって外の人って、私達にとって全く関係のない赤の他人よ?」


 外の人など関係ない――もっと言うならSランク一人の為にDランクがいくら死のうが損失にならないとでも宣うかのようなアクアの態度に、俺は違和感を抱いた。


「赤の他人って……それこそあたし達の戦いには関係ないじゃない!」

「そうよ? だから貴方が外に出て、その結果大量の高水圧の水が流れ出ても誰も貴方を責めないわ」


 明らかにこっちの良心につけ込んだ戦法に、俺は思わず歯ぎしりをした。


「さて、本当に区画いっぱいを水で満たしたら後々面倒だし、その前に決着をつけさせてもらおうかしら!」


 トポン、と足下にたまる水に右手を突っ込んだアクアは、まるで固めのゼリーでも握るかのように巨大な水球を右手に掴み上げる。


「これ、超高水圧で固めた水なんだけど……当たってみる?」

「そんなのお断り!」


 しかしながら遠慮せずに、とアクアがドッチボールを投げるかのように水球を投げるが、俺は特に反転を使わずに回避することができた。

 ――回避した後の惨状を見て、俺は次から交換チェンジを使うことを即座に決めたが。


「あの威力は何よ!?」

「言ったじゃない。超高水圧の水だって」


 高水圧の名に恥じぬような、ビルに開けられた大穴。それは一つや二つだけではなく、水球が進む限り、大穴が開通され、本来なら傷一つつかないはずの外とを遮断する壁すらも少しばかり凹ませる程の威力を持ち得ている。


本気マジで殺す気みたいね……」

「仕方ないじゃない。……折角同じSランクの友達が出来たと思ったのに」


 本音を小声で呟くくらいなら、こんなことをしなければいいのに。数藤みたいなパッと見ただの科学者にしか見えない人ならあらがえるのに。

 だけどそれが考えられないくらいに、あの数藤という人間が彼女を説き伏せられる程の何かを持っているのだろう。Sランクとして孤立しなければならい程の何かがあるのだろう。

 前にもあったがそもそもSランク同士が手を組んだり、一緒に居ること自体があり得ないことだと言われてきた。同じ区画にいて、目が合おうものなら今のような状況になっても何らおかしくない。


「……本当なら、私達が手を組めば数藤をどうにかすることができたのかも」


 それどころか、もっと強い相手でもなんとかできるのかも知れない。なのにそれを阻んでいるのは、他でもない力帝都市のランク制度。


「……まあ、いいや。今は目の前のことに集中しないと」

「高水圧水球はお楽しみいただけたかしら? そぉれ、それ!」


 今度は子供の水かけ遊びの要領でありながら、その威力は普通の散弾銃ショットガンと遜色ない威力を秘めた水遊びをアクアは始める。


「くっ!」


 回避しようにも今度は水というよりは粘り気のある液体に変化した足下に、俺は気をとられてしまう。そして咄嗟に反転リバースで綺麗に水の弾丸を相手に返すが、今までと同じくみずみずしい素肌に全て吸収されて無効化されてしまう。


「とはいえ、さっきから同じような水かけ遊びばっかりでふざけてるの? あたしにそれは効かないって」

「あら? 至って真面目にやってるつもりだったけど……じゃ、本気で窒息死させる方向でやるわよ。水中で呼吸するにしても、エラ呼吸の反対語なんて存在しないわよ!」


 どうやら相手は徹底的に俺を研究しているのだろうか、いちいち反転の雑念になりかねない言葉を吐いてはこちらの思考を狭めてくる。そしてそれに伴って先ほど以上の浸水スピードでドーム内を水が占めていく。


「待って……水が溜まっていく……ってことは!」


 その瞬間、俺の中で一つの問題が解決した。それと同時に自然とアクアに対して不敵な笑いを漏らしてしまう自分がいる。


「……? 何がおかしいの? どうあがいても負けると言うことに気がついて、気でも狂ったの?」

「いやー、貯水するなら好きなだけどうぞって感じ?」

「何を言って――ハッ!?」


 ようやく気がついたようだけど、相手の想定外のところで能力が発動さえすれば、鑑賞はもうできない。


「貯水じゃなくて、排水するなんてご苦労さまー♪」

「くっ! 水が……!」


 水が溜まろうとなればなるほど、水は排出される。アクアの意図に反してドーム内の水位はどんどん下がっていく。


「っ、だったらこのまま戦うだけよ!」


 とはいえもはや水を使った物理攻撃なんて、それこそ先ほど行った超高水圧の攻撃ぐらいしか予想が――


「その通り、このまま全水量を使った巨大な水玉に圧殺されるといいわ!!」


 ――俺の眼前には水の惑星という単語を彷彿とさせるような超巨大水球が姿を現し、アクアの頭上で水流を渦巻かせている。


「ちょっとあんた! そんなものを投げでもしたら壁も壊れて外に水が――」

「そんなことどうでもいいのよ!! 私はこれで貴方を倒す!!」


 もうなりふり構ってもいられないらしい。それは今までになかった、敗北が迫り来ている者の焦燥が混じった声色以外の何物でもなかった。対する俺はいつもの調子を取り戻し、少なくとも相手を挑発できる位には凝り固まった思考もほぐれてきた。

 そしてこんなピンチの状況でも既に切り抜けるための反転策を考えている。


「……あっそう! だったらそれをぶつけてきなさいよ! 本気で、超々高水圧の水の塊を、ぶつけてきなさいよ!」


 その下準備の為にも、俺はあえて高水圧を強調してアクアに挑発を送る。


「……上等じゃない。本気で潰される覚悟をもって、この技を受けてみなさいッ!!」


 そうして両手で投げつけられた超高水圧の水球が――まるで蛇口を緩くひねって出てきた水のように、全身を浴びるシャワーのように俺の身体に降りかかった。


「あー、気持ちいい!」

「なっ――」

「ふぅ……ちょうどいい水圧だったわよ。まるで緩くひねった水道みたいに」

「あぁっ!」


 そこでアクアも気がついたようであった。壁に凹みどころか傷一つつけられず、ビルの窓ガラスも水圧で一枚も割れることがなく、全てまた元の水浸し状態に戻ってしまう。


「高水圧……だっけ?」

「くっ!」


 もう後はない。高水圧じゃなく低水圧なのであれば、ただの規模が大きくなっただけの水かけ遊びでしかない。


「さあ、これでもうあたしに攻撃は通用しない――」

「あーあ! ほんとのほんっとに! これだけは使いたくなかったのに!!」


 そうしてアクアは懐から金色にも橙色にも見える水が入ったガラスの試験管を取り出すと、地上を支配している水へと投入を開始する。


「ッ! 多分あれはヤバい!」


 このときの俺の判断程、正しいものはなかったのかもしれない。地面を占める水が同じ色に染まるとともに、答え合わせをするかのようにアクアが笑みを浮かべてつらつらと述べる説明を聞いた後なら、殊更に。


「ねえ、貴方――」


 ――王水って、知ってるかしら?

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