第二十二話 戦闘開始
――全てを知ってしまった。自分の未来も、過去も。世界の未来も、過去も。そしてこの物語の始まりも、そして終わりも、まだ見たことがない小説のネタばらしをされてしまうかのように、知ってしまう。
そんな時に人って、どんな気持ちになるのだろうか。全知となった身に、果たして人間はどんな表情を浮かべるのだろうか。喜びか? 怒りか? 悲しみか? 楽しみか? 喜びか? 憎悪か?
――『全知全能』って何だろう。
「――プロジェクト『W.O.R.L.D』?」
「文字通り、この世界を相手取った真の反乱計画とでも言っておこう。自分たちが物語の登場人物だと思い込んでいる精神異常者による、世界の滅亡と創生の計画を」
言っている意味の一切合切が理解できなかった。物語? 登場人物? 俺は一体何の話を聞かされているんだ?
「ちょっと待って、それがどうオズワルドとつながるのよ?」
「キミはそうして結論を急くタイプだね……結論から言うと、オズワルドは元Dランクのフツーの人間だ」
「フツーのって……もしかしてこの手術室って――」
「その通り。オズワルド=ツィートリヒは『最初期の能力者』で唯一、数藤真夜によって作られた人工変異種だ」
「…………」
俺は絶句した。ことの重要性にではない、目の前の男の意図が理解できたからではない。
それまで自分が戦ってきた能力者の中に、人工の者はいない。あり得ない。この俺ですら、自分の能力が発揮されるまでただの才能を見いだす訓練をしたまでで、手術をしたことなど一度も無い。それはDランクの時の俺ですら知っていた『常識』のはずだ。
それを何十年も前に、オズワルド=ツィートリヒの肉体を使って数藤真夜が完成させているのだということに、尋常ではなく異常が起こっていたことだけは、俺は理解できた。
「そんなの、Sランクも真っ青レベルの情報クリアランスじゃないの……?」
「そうだ。そして人工変異種を作り出す計画は、半分は成功、半分は失敗とでも言っておこう」
そこから先は専門用語ばかりを並べるヤブ医者であったが、俺なりに説明を聞いて要点をまとめてみた。
元々人間の脳はほんの数パーセントしか使われていないらしく、それも感情の高ぶりや危機的状況におかれないと残りの大部分のパーセントが動かないとのことらしい。大抵の人間はそこで俗に言う火事場の馬鹿力が発揮されるらしいが、中には特殊な力――いわゆる能力が発揮されるがいるらしい。
それが通常の人間から離れた存在――変異種だと定義されている。訓練さえ出来れば意識して能力を発揮できるらしく、力帝都市はその巨大な実験場なのだという。外の世界でも稀に超能力者だと呼ばれる人もいるが、発揮されてもインチキ扱いされることが多いとかなんとか。
そしてここからが本題で、いかにして人工的に変異種を作り上げるか。それは脳が人間の感情を司る部分――科学的に言えば脳の分野、魔法的に言えば魂の分野、それぞれを同時にいじり倒すことでできあがるらしい。
そしてこの実験が半分成功半分失敗といわれる理由は、能力選定が出来ないという点だということ。
「だからあのオズワルド=ツィートリヒが中途半端だって言いたいの?」
「中途半端ッ……!? いや、今はそんなことで言い争うことではない」
言い争うって、そんなに言っちゃ駄目なことだったの?
「まあいい、本題はこのコンピュータを見れば分かる。ここにはボクと数藤、そしてオズワルドが犯した『失敗作』のデータが――」
「あら、そのデータなら今もオズワルドが持っているわよ」
突然として地下に響き渡る女の声。それは俺も、そしてエドガーも知っている声だった。
「なっ!?」
「数藤! どこだ!!」
「どこって、この場にはいないわよ。だって地下の閉ざされた空間に行く手段を、普通の人間である私が持っているはずがないもの」
それはどこか能力者を皮肉っているかのような、苦笑が混じった声色だった。その態度は俺の知っている数藤真夜ではないようで、そしてエドガーがよく知っている数藤真夜のようであった。
「貴方まだオズワルドのことを悔いているのかしら?」
「黙れ、詐欺師の手下の魔女め」
「魔女!?」
えっ、数藤って科学者かと思っていたのに魔女だったの!?
「今のは皮肉だ馬鹿者……それよりキミの方こそ、今更オズワルドに何かあるのかい?」
「あら? そのことならお隣のSランクにでも聞いてみたらどうかしら?」
「そのことなら既に知っている。そのデータはキミにとっても欲しいものって認識でいいんだね」
「そういうこと」
どうやらまたしても俺の知らないところで話が進んでいるんですけど……。
完全に置いてけぼり状態の俺をよそにして、エドガーは殺気だっているかのように語気を強めて更に数藤を問い詰めようとしている。
「それより今更になってあのデータが欲しいだと? プロジェクト『W.O.R.L.D』はボクが『最初期の能力者』を解放したことで凍結させたはずだ」
「そういうことは、力帝都市の『外』に『最初期の能力者』を逃がしてから言って頂戴? 現に全員この力帝都市から、一歩も離れることが出来ていないじゃない」
その理由は、俺でも薄々と感じ取ることが出来た。変異種はこの力帝都市の外では奇異の目で見られる。能力を隠して普通に暮らすことなど難しい。自分の感情の高ぶりで、ふとした時に発現すれば、それでお終いだ。
「変異種が外に逃げられない風潮を作り出すよう根回しした癖に、よく言ったものだ」
「フフフ、そもそも『あの二人』と袂を分かった貴方が悪いのよ?」
そうして数藤は、突然思い出したかのように今度は俺に向かって話しかけてくる。
「ねぇ、榊くん。そんな未来のない人間よりも、私達側についた方がいいと思うけど?」
「……それってどういう意味よ」
「深い意味なんて無いわ。ただ、今までまるで主人公のように勝ち続けた人間でも、つく側を間違えればバッドエンド一直線になるわよって話。まあ、これも市長さんの受け売りなのだけどね」
まるでこっちの今での行動を顧みた結果の発言。確かにここまで来たのは、俺の『反転』の力無しではあり得ない。ダストとして追いかけ回され、使いパシられていた俺が、ここまで来れるなんて思っていない。
「……けど、だからこそあんた達側にはつきたくないのよねぇ」
「…………」
主人公? 上等じゃん。主人公なら自分の正しいと思うまま、『思い通り』に活躍して、そして必ずハッピーエンドを勝ち取るんだから。
「あんた達側についてからのハッピーエンドになるような物語なんて、まっぴらごめんよ」
「随分と面白いことを言うじゃない。だったら今から起こる災難も、上手く切り抜けるのでしょうね」
その直後のことだった。
「っ、地鳴り!?」
「無駄だ。ボク達を生き埋めにするなど」
「でも早く地上に出た方がいいでしょ?」
そりゃごもっとも。だけど地上に出て何があるって話――
「――って、あれ?」
てっきり地上に何か仕込んでいることを予測した上で、俺とエドガーは反転とテレポーテーションで地上に出るなり身構えたが、そこにはさっきと同じ光景が広がるのみで、特段何かが起こっている様子はない。
「……もしかして、騙された?」
「いや、あの女は嘘だけはつかない。もっと何か理由が――」
その次の瞬間、まるで間欠泉でも湧いたかのような超高水圧の水柱が地面を割って飛び出してくる。
「ッ!? アクア!?」
「ハァーイ、ご機嫌よう……とでも言っておけばいいのかしら? 裏切り者」
「最初っからまともに手を組んだつもりはなかったけど?」
「アクア=ローゼズ、Sランクか」
この時点で数藤と俺との間の関係は決定的となり、それと同時に俺もまた戦闘態勢を崩さないまま、まっすぐな視線で目の前のゴスロリ少女を見据える。
「手を貸そう」
「いらない。ていうか、手を貸す暇があるならあんたもオズワルドを捕まえなさいよ」
「相手はSランクだぞ。一人で――」
Sランク? 何をとぼけているか。
「あたしだってSランクだっての。いいから、あたしが止めてる間にオズワルドを――」
「ごちゃごちゃと話し合いしているみたいだけど、終わった?」
半ば俺がエドガーを追いやるような形だが、終わらせてやったぞこのゴスロリ。
「さあ、あのときの続きをしましょう」
「ええ。どっちが上かはっきりさせようじゃない」
まずはアクアを倒す。そしてオズワルドも俺が捕まえる。
「あんた達の思うとおりに、行かせるわけ無いでしょ!!」




