第二十一話 裏話
結局のところこの日一日において収穫を得る事無く、無意味なままに一日を終えてしまった俺は、翌日今度はかの『ヤブ医者』の方を訪ねてみることに。
無機質な医務室に招き入れられた側にとってはいまいち落ち着かず、そしてエドガー=ジーンにとっては落ち着ける場所であった。エドガーはまるで一仕事終えたかのように堂々とコーヒーカップを手に取って一口で飲み干すと、それだけで全てを見透かしたように最初の一言でこう述べた。
「なるほど。彼女はそうやって誤魔化したわけだね。そして数藤……またあの女が裏で糸を引いているってことか」
「またって……」
なんとなくあしらってる感があったのは否めなかったけど、それにしても話が見えなさすぎて正直手を貸すのもやめようかと思っていたところでもあった。
「いいだろう。ならばボクが持っている彼に関する資料を特別に渡そう」
「…………」
「……どうした? 教えると言ったところで再び怪しんでいるようだが。それともボクよりも数藤を信じるとでも言いたいのか? それならそれで止めはしないが、ただキミがいくら後悔してもし足りないことになっても知らないとだけ言わせてもらおうか」
あいも変わらずこちらの心を読んでくるのは止めて欲しい。だが事実として名稗には極端に関わることを遮られた数藤のことを、ここでもまた関係を断つように促されているかのように感じさせるエドガーの態度を前にして、そもそもオズワルドを追うことの意味を考えさせられる。
「…………」
「ふむ、やはり迷うようであるならば見せてやろう。ついてこい」
そうしてエドガーはその場から立ち上がると、俺に後をついてくるようにと静かに歩きだす。
「ちょ、どこにいくつもり!?」
どうやら資料があるのは病院内ではないらしく、エドガーは病院の外の駐車場へと向かい、そして一台の車の前で止まると運転席のドアを開き始める。
「あんたまさか真昼間からJK拉致するつもり?」
「悪いが今のボクに冗談は通じない。真面目な話だ」
あのヤブ医者がここまで真面目な表情をするとは思っていなかった俺は少しばかりたじろいでしまったが、ここで退いても何も得るものは無いと思った俺は、エドガーが運転する車の後部座席へと腰を降ろす。
そうして車を走らせてからしばらく窓の外を眺めていると、街の光景は次第に俺にとって見覚えのある光景へと変わっていく。
「あれ? もしかしなくても第十二区画?」
「その通り。元々はボクとオズワルド、そして数藤は同じ研究チームだったからね」
「同じ研究チーム……?」
俺はその言葉を聞いて、一つの答えが浮かび上がった。それはエドワードが『全ての能力の原点』と呼ばれ、そして『最初期の能力者』の一人だという前提条件のもと導かれた、偶然に偶然を重ねたような答え。
「……それって、『最初期の能力者』の研究チームってこと?」
「ご明察。最初の方はそれこそボクの身体を使った実験もさせていたりしたけど、ボクとオズワルド、そして数藤はそれぞれで研究方針の違いがあってね」
そんな音楽性の違いで、みたいな感じで解散されてもこっちとしては突っ込みようがないんだけど……。
しかしそうだとしたらオズワルドは論外にしても、エドガーと数藤だとまだ数藤の方がまともに思えるのは俺だけか?
「それは彼女の裏の顔を見ていないからだよ。これでもボクは患者の同意を得た上で色々と試させてもらっているけど、彼女の場合自分の探究心さえ満たせれば相手が実験事故で死のうがどうでもいいといった冷酷ぶりだからね」
流石は初対面で自分を手術していたのはそういう理由が――って納得してしまった自分が哀しい。
「自分のことは自分が一番知っている。他人から見た外面ほど信用ならないものはないね」
自身蟻とでもいわんばかりにバックミラーにどや顔しているが、本人が一番言われている『世界一腕の立つヤブ医者』の異名がそれを全力で否定しているぞ。
「さて、そろそろ到着だ」
そうしてエドガーが車を駐車場に止めたところで、車から降りて今度は徒歩の移動となった俺は、エドガーの後を素直に追って歩いていく。相変わらず周囲の視線は女体化した俺にばかり向かうかと思いきや、今回は目の前を歩くエドガーと視線が半分半分に分かれている。
「あんたもしかしてここじゃ有名人?」
「それなりにね。能力研究の成果も学会で何度か発表もしているよ」
意外とまともに――いやいやいや、それこそ学会だけ外面をよくしているだけで、あたし達に見せつけてるサイコぶりが本性かもしれないじゃん。
「さて、ここだ」
「……あのさぁ、もういい加減流石に飽きてきたんだけど」
何かと思えば以前に俺とレッドキャップ、そして名稗が暴れまわって壊したラグナロク残党のアジト、俺命名銀ビル二号の跡地じゃないですかー。
「あたし帰っていい?」
「待て。ここまで来て何故帰る必要がある」
もはや答えるのも嫌になるくらいだが、エドガーは俺が何故この場所が嫌かを知らないため不思議そうにこちらを見ている。
「はぁ、まあいいけど。それで? 跡地になったこの場所に何の用があるワケ?」
「用件はこの上では無い……下だ」
そうしてエドガーはニヤリとした表情で舌を指さす。そしてそれと同時に、俺を別の場所へと転移させてしまう。
「ッ! どこよここ!?」
真っ暗な空間に、僅かに光る非常灯。足元をわずかに照らす白い照明が映し出しているのは白い床を這ういくつものコード類。
「いっ……」
一瞬蛇の様にも見えたのもあるが、一番俺が震えたのは、その無機質なコードの束がある一ヶ所へと向かっているように見えたからだ。
そんな中エドガーは声だけを俺に届けるばかりで、どんどん一人でどこかへと勝手にコツコツと靴の音を立てて進んでいく。
「前々から我々の研究を嗅ぎつけていたラグナロク共も、地下には手が及ばなかったか……当然だ。ここはテレポーテーションでしか入ることが出来ない地下の完全密室。出入り口など存在しない」
今さらりととんでもない事を口にした気がするけど、一応俺の能力なら反転で地下から地上へと出られるよね? ね?
「電気系統もどうやら生きているようだ。これならばデータ復旧も難しくは無い筈」
エドガーがそう言って電源を入れて天井の照明をつけたその時――足元を這うコードが集まるその先の光景が俺の目に飛び込んできた。
「……手術室?」
正しくは少し違うのかもしれない。しかし俺の目の前に飛び込んできたのは、外科手術で使うような仰々しい照明に照らされたベッドと、それに備えつけられた巨大なヘッドギアであった。コードはどうやらギアに全て繋がれているようで、コードの反対側はというと壁一面の巨大なコンピュータへと繋がっている。
そしてキーボードを軽快な音で弾きながら、エドガーは早速俺にその証拠というものを見せ始めた。
「まずは、我々がとんでもない悪魔と契約した話から始めよう――」
――そう、『全知』と『全能』を語るペテン師とこの力帝都市の成り立ちの話を。
最終回に向けて着々と回収を進めていきます(´・ω・`)
それと共に、次なる主人公候補が決まる……かも……?




