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第二十話 ダブスタってありですか?

「さーて、あらいざらい吐いてもらいましょかねー」

「い、一体何のことやらー?」


 子乃坂を置いて、俺は先ほどと同じファストフード店に戻ってきて詰問を続けていた。


「一応、裏稼業ということでそこら辺の情報も握ってる感じかしら? あたしも一応Sランクだけどその辺全く聞いた事が無いから、気になっちゃってさぁ」


 我ながら平然としゃべっているようで、その実脅迫じみたオーラを放っているという自覚は持っている。


顧客クライアントに隠し事なんて、あんたんとこの評判落ちるわよ? それこそSランクのお墨付きで」

「しょ、しょれは卑怯じゃありませんか!? せっかく『首取屋ネックハンガー』の株が上がりつつあるというのにそんなケチをつけて貰っちゃ困るんですよ!」


 ケチがつくような態度を取っているのはどっちだとツッコミをいれつつも、俺はますますもってこの秘密にしようとしているギルティサバイバルの賭け事について好奇心がくすぐられる。


「評判落とされたくなかったらさっさと吐きなさいよ。さもないと――ッ!?」


 俺は反射的に身体を隠し、その姿を見た『首取屋』の二人は不思議そうに俺の様子を伺っている。


「突然どうしたんですか? あっ、もしかして急にきちゃった感じですか?」

「確かに来ちゃってるから少し静かにして!」

「そのイライラしている感じ分かりますよー、私もそうなりますから」


 どうやら何かしらの行き違いが起きている気がしなくもないが、とにかく対面に座っている俺だけが見える角度に灰色の髪をした怪人が、子乃坂にトレーを持たせて自身は手ぶらのまま背を向けてドカッと座る光景が広がっている。


「――で、だ。今更になって何でオレんとこに来てんだよ」

「別に……ただ、会いたくなっただけかな。理由としてそれじゃ、ダメ?」

「ケッ、お疲れさんなこった」


 パンに肉と野菜を挟んだだけのジャンクフードをかじりながら、穂村アッシュはぶっきらぼうな返事を返していた。そして対面のソファに腰を深く降ろしているのは、俺達に会った時とは少し明るい雰囲気を見に纏った子乃坂である。穂村の言葉を上手く躱しながら、静かにフライドポテトを頬張っている。


「……あの時からオレは加害者バケモンで、テメェは被害者で決定しちまったんだ。何を今更このオレに――アッシュの方に求める」

「クス、穂村君ってばまだその名前を使っているの? 確かに、性格はまるっきり違うけど、私にとってはどっちも同じ穂村君だと思うけど」

「ケッ……」

「アッシュって……なんで外の子が知っているような素振りで当たり前に喋ってるの?」


 力帝都市の外ではたった一人だけ、目の前の少女だけがこの穂村が穂村ではないことを知っているとでもいうのか。しかしそれでもなおかたくなに否定しているのか、あるいは別の意図があるのか、子乃坂は穂村正太郎の名前で呼び続け、そして怪人アッシュはというとそれを認めている。

 ――他の者とは違う、目の前の少女だけが許される呼び方なのか。


「ハッ、それで? 改めて土下座して死んで詫びろってか」

「私がそう言う筈がないって知ってるのに、そういう酷い言い方をするんだね」


 そう言って子乃坂は挑発するかのように穂村アッシュの目の前にポテトを突き出すが、穂村はそれを逆に一口で奪い取り、肘をついて呆れるような荒い息を漏らす。


「フフッ、餌付けされてるみたい」

「うるっせぇ。テメェが目の前に突き出すからだ」


 普段の傍若無人な大罪アッシュとは違う、少しだけ普通の人間のような、傍目に見ればカップルの会話のような、言葉に棘があってもその本質としては単なるじゃれ合いのような空間が広がっている。


「……リア充死ね……!」


 そうしているうちにようやく『首取屋』の片割れの獅子河原も気が付いたのか、こっそりとソファから頭を除かせては同じく聞き耳を立てている。


「ったく、どうするんだよマジで。聞いてる限りだと泊まるところも決めてねぇとかほざきやがって」

「だって泊めてくれるでしょ? 遊びに来たら」

「ぶっ!」


 お泊りって、そういう関係なの? 俺人のこと言えないけどそれってアリなの!? 何なんだよ炎系は夜も情熱的ってかぁ!?


「いや、だから……チッ」


 俺が一人悶々としている間に、子乃坂に弱みでも握られているかのように穂村は御泊りの件についてそれ以上何も言わずに静かに席を立ってその場を去っていく。


「あっ、ちょっとお金払わないと――」

「アァ? ……金ならコイツ等にでも払わせとけばいいだろ」


 穂村は引き返してテーブルの上から伝票を手に取ると、適当な近くの他の客のテーブルの上にドンと叩きつけて脅しつける。

 まあ、今のあんたならそうするわな。


「ナァ? 払ってくれるよなぁ快く」


 怪人は気さくに笑って話しかけるが、決して見知った人間ではない。ただ己が力を知っていることを確認させるかのように、わざと相手の面を見て言葉を発しているだけ。


「クヒヒッ、クソ不味い飯だったが金を払わずに済むんなら旨い飯だ」

「ちょっと、穂村君! ……ごめんなさい。私が代わりに支払いますので、穏便に済ませて貰えますか?」


 そう言って子乃坂は平謝りしてテーブルに乱暴におかれた伝票に手を伸ばそうとしたが――


「いいよいいよ。その代わり彼女が俺らと付き合ってくれるならさ」


 そう言って伸ばした腕を、テーブルに座っていた男四人のうちの一人が握って離そうとしない。


「ちょっと、やめてください!」

「いいじゃねぇか。ファミレス代も払えねぇ彼氏より俺らと付き合っちゃおうぜ」

「忘れられない一晩にしてやるからさ、な?」

「……ダストですか」


 思った以上に獅子河原の方は直情的なのであろうか、獅子河原は背中の大剣の柄に手を伸ばそうとしている。


「ちょっと待った! 今はアイツがいるんだし大丈夫だって!」

「仕方ないですね。でも少しでもおかしいと思ったらすぐに出ていきますから」


 どうやら子乃坂は知らなかったようである。普通の服装をしていながらも、不良ダストと呼ばれる者がこの都市に存在していることを。そして相手が不良の類だと分かった瞬間、子乃坂は発作を起こしたかのように身体を震わせ始める。


「……っ、離してください!」

「嫌に決まってんだろ?」


 何かしらのトラウマでも抉られたのであろうか、子乃坂は恐怖に震えてパニック状態に陥ろうとしている。


「っ、こうなったら!」

「それにあの彼氏、どうせBランクだしげぼぁ!?」


 獅子河原がいち早く飛び出そうとしたところで、それまで黙って背を向けていたはずの穂村から燃える足が不漁に向けて突き出される。当然ながら子乃坂の腕を握っていた男の顔には靴の裏のような火傷の痕がきっかりとつけられ、ダウンしてしまう。


「ッ!?」

「もう少し様子を見るよ」


 あの穂村なら躊躇しないだろう。友達を、特に特別な存在を不安に御取り入れようとするのであれば容赦しない、と。振りかかる火の粉は、更なる大火力でもって振り払うことを。


「オイオイオイ、確認したはずだよなぁ? このオレ様が、誰かってことをよぉ!?」


 賞金首の話など、ましてやSランク級の賞金首の情報などがDランク(ダスト)に流れるはずがない。そこを抜かしていた穂村と、情報を得られなかった愚かな不良との間に生まれるのはただ一つ。


「クズが……消し飛べッ!!」


 炙装煉成崩壊レッドブリードデストラクション。それは穂村正太郎が編み出した多重爆破の技。恐らくそれを簡易版にして目の前に撃ち出しているのであろうが、威力は語るに及ばず。壁に見事な穴が開き、そして爆風が外にまで衝撃を伝えて真っ直ぐに進んでいる。


「くっ――」

「なんて威力でしょう……!」


 もはや以前から知る穂村の力では無い。明らかに肥大化し、強大になっている。


「軽くやったつもりであの威力なら、もはやSランクね……!」


 とはいえ、このままこの場に留まり続けるのも良くない。何故なら――


均衡警備隊バランサーだ!! 状況把握の為に、全員その場から動くな!」

「やっぱりそうなるよね。交換チェンジ!」


 運よく壊れた壁から見えた遠くの自販機と自分の位置を入れ替えて、俺は一旦その場を離れる。


「ギルティサバイバルの裏話……もしかしたら、あの辺も知っているかも」


 そこで俺の脳裏に浮かんだのは糸を使う大喰おおぐらいの女と、ヤブ医者の二人の姿だった。



          ◆◆◆



「――なるほど、それであたしのところに来たって訳?」

「生け捕りにするのと引き換えにってことで」


 第十四区画に住んでいる者のほとんどは、守矢四姉妹の次女から監視されている。それこそ余計な事をしようものなら、長女を引き連れて制裁にかかる時すらもある。そんな中で名稗は守矢四姉妹からある意味好き勝手することを黙認されている存在であった。しかし監視は他の居住者よりも厳しい監視下に置かれているようであるが。


「和美に教えて貰ったって感じかしらぁ?」

「そんな事今はどうでもいいじゃない。それよりもあたしの問いに答えるか、答えないかの二択よ」


 ボロボロのテーブルを挟んで向かい合い、少しの体重移動でぎしぎしと音をたてる椅子に腰を降ろして俺は名稗の方をまっすぐと見つめる。


「うーん……どうしよっかなー」


 いつものきまぐれか、それとも別の意図があるのか。名稗は決して俺と目を合わせようとせず、どこか上の空というわけでは無いがありとあらゆるところをきょろきょろと見まわし、それから改めて俺の方を向いてこう言った。


「――あんたにこの力帝都市のガチの裏社会に足踏み入れる勇気があるならいいけどぉ」

「裏社会なんて、それこそ最初っから足を入れたことくらいあるわよ」


 ラグナロクとか、外から来た方のエクスキューショナーズとか、界世関連とか、例を挙げればキリがないくらいには。


「……でもあんた、普段の第一区画には足を踏み入れた事無いでしょぉ?」


 第一区画――ギルティサバイバルという催し物を行う際にフィールドとして降り立った場所ではあるが、普段のことは全くもって耳にした事が無い。


「……無いけど」

「だったら一度は行ってみたらいいんじゃなぁい? あそこなら死んでも復活させてもらえるしー」

「へぇ、死んでも大丈夫――って、死ぬの!?」

「だってあそこは本来戦い(バトル)じゃなくて、殺し合いをする場所だしー」


 とんでもないことを聞いてしまったはずみに、俺は思わずその場から立ち上がる。だとすれば、ギルティサバイバルも戦っている人間の命で賭けごとをして遊んでいたってことなのか。


「そうそう。それであんたが今追ってる『苦労人G(クローリング)』のオズワルドも、そこでずっと戦わされてきたって知ってたぁ?」


 となると、下手したら普通のSランクよりも容赦ない戦い方する感じ? そうだとすれば尚更に早く事態を収拾しないと――


「それはそうと、あんたには関係ないかもしれないけど数藤真夜って奴にはいくら言われようが、絶対にオズワルドを渡すんじゃねぇぞぉ」


 そこから先、名稗は一番最初に出会った時と同じかそれ以上の、へばりつくような薄気味悪い殺気を俺へと向けて脅しつける。


「えっ――」

「奴には絶対に関わるな。あんたも一応『大罪』持ちだから、忠告しておくわよぉ」


 まさにただいまその数藤とがっつり関わりを持っているわけなんですけど……。


「と、とにかくギルティサバイバルの賭け事についてはあんまり関わらない方がいい感じ?」

「いい感じ。というよりもあんたたまたま『大罪』持ってたからよかったけどぉ、本当ならこいつにぶっ殺されてたところでもあるんだしぃ」


 そう言って前にも見せてきた灰色の穂村の写真をこちらに見せて、名稗は重ね重ね注意を促す。


「本気で裏に関わるっていうのなら、それこそ本気で死ぬ覚悟をすることねぇー」

「その死ぬ覚悟を持って戦っていたであろう輩を生け捕りにさせようとするあんたの行為は許されるんですかね……?」

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