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第十八話 お金の話はシビアに

「――ということで、早速敵さん方の情報開示をお願いしたいのですが!」

「情報って……ああ、そういうこと」


 ソファの体面に座るこの二人の賞金稼ぎ、俺の名前を知っているということはそれに付随して俺がSランクだということも知っている筈。そしてそのSランクにわざわざ情報を求めるということは、この二人はどちらもSランクではない能力者だということが予測できる。

 しかしそれを踏まえた上で、俺は二人のランク確認も兼ねてとぼけた様子で自分達で調べられないのかとつついてみることにした。


「賞金稼ぎっていうくらいだから自分達で調べられるんじゃないの? それなりにランクも高いだろうし――」

「いやいや、実は私達どちらもAランクでして! ……本当なら胸を張るところなんですけど、Sランクを前にそんな事も出来ないというジレンマ……」

「どうでもイイじゃーんランクなんて。それでご飯が食べられる訳でもないしー」

「いやいやいやなるさんなるさん!? 私達賞金稼ぎ(コレ)でお金稼いでいるんですから考えて物言って下さいよ!?」


 稼いでいるって気怠そうにしている椎名の方はともかく、この獅子河原の方は俺と同年代くらいじゃないか? 学校とかどうしているんだ?


「……まあ、いいや」

「へ? 何か言いました?」

「いや何も」


 冷静に考えたら守矢四姉妹とかどうなってるんだって話だし、恐らく賞金稼ぎとかしている時点でこの二人もそういう類の人間なんだろう。そう思うとここで深く突っ込むのも面倒になってくるので俺はそれ以上何も言わずに手元の端末を触り、二人に(主に獅子河原の方に)今回追っている標的についての説明を始める。


「これが今回の相手。名前は――」

「オズワルド=ツィードリヒ!! 遂に私たちにもツキが回ってきましたよ! なるさん起きてください! 今回は大物ですよ!!」

「うぅーん……眠い、怠い、勝手に話進めてて」

「もう! なるさんてばー」


 本当にこの寝ている方は使い物になるのかと俺は疑問を通り越して不安を覚え始めたが、それでもまだ獅子河原の方が何とか営業をかけているおかげで俺の信用を何とか繋ぎとめることが出来ている。

 そんな二人であるが、俺がオズワルドを狙うと知って獅子河原は尚更やる気を出した様子で熱心に同じ携帯端末(VP)で熱心にメモを取っている。


「ほうほう、ゴキブリのような……ゴキブリ!?」

「そういうこと。そしてそれを今回素手で捕まえるように、オズワルドも無傷で捕らえることが目的って訳」

「どういうことです? 殺さないと賞金は貰えないはずだったと思いますけど」

「平たく言えばこっちの都合ってことで」


 本音を言うなら俺のバックにいる数藤と名稗の依頼を遂行するにはそれ以外ないって事なんだけど。


「そうですか……となればなるさんは中々動きづらいかもですね」

「そーぉ? 動かずに済むならそっちの方がいいんだけど」


 完全にソファに寄りかかって仮眠取る体勢の椎名が、仕事をしなくていいというような言質を耳にした途端上機嫌そうに顔を緩めている。いやこのままだと完全にそこら辺を歩いている夏休みにだらけきった学生と変わりない。というより糸目のせいでもはや寝ているのか起きているのかすら分からない。


「……本当に大丈夫なのかな」

「だっ、大丈夫ですよ!! なるさんも私も、一応この生業で生きてきているんですから!」


 そういう風に必死に否定されると尚更に信用ならないが、ここはその言葉をぐっとこらえるしかない。


「ひとまず今日は顔合わせ程度ってことで、この後あんた達だけで行ってもらってもいいけど――」

「ちょっと待ったぁ!!」

「何? 他に何かあるの?」


 特に今のところそれくらいしか思いつかないが、獅子河原はまるで食い逃げを逃がさないかのように鋭い声色でこちらの足を止める。


「一番大事な話がまだ済んでいません!!」

「大事な話って何よ?」

「今回の支払いの件です!! いわゆる報酬についてです!!」

「あ……えっ!? それってアクアが払ったりとかしてないの!?」

「アクアさんは常連さんですが、今回ご紹介しか受けていません!!」


 あのゴスロリ女、俺に面倒事押し付けておいて報酬金とかも全部押しつけかよ!


「……相場はいくら?」

「そうですね! 相手が賞金首の場合丁度半分を貰っています!」

「ちょうど半分……げっ」


 それまで気にしていなかった賞金額だったが、いざ自分が払うとなるとしり込みしてしまう。


「十億の半分って……五億!?」

「毎度ありです! これでしばらくは遊んで暮らせますよなるさん!! 私たち勝ち組です!!」

「だらけて過ごせるならどうでもいいわよ」


 それにしても十億って、冷静に考えたら本当に一生遊んで暮らせるんじゃないの? そうなったら多くの人が狙うんじゃ――


「こうなったら今すぐにでも捕まえに行きますよ! いきますよなるさん!」

「えぇー……明日からでもいいじゃん……」

「いやいやいや! 五億ですよ五億!! これまでとは桁が違って――」

「すいません。ちょっとお尋ねしたいのですが」

「ん?」


 傍目に見れば、確かに賞金稼ぎとのビジネス話とは思えないだろう。ただ単に女子三人チェーン店で雑談しているように思えるのかもしれない。そういう訳か、このテーブルの前に、一人の少女が立ってこちらに尋ねてくる。


「第九区画に行きたいのですが、ここからどうやって行けばいいでしょうか?」


 顔を上げてその少女の姿を見て、俺は一瞬たじろいだ。

 どこまでも黒い、底の無い闇を映し出しているかのような生気のない瞳。声色では笑顔で問いかけているつもりなのであろうが、その表情は明らかに創られたものであり、心の奥底からの笑みでは一切ないことがうかがえる。


「……第九区画の、どこに行きたいの?」

「どこに、と言いますと?」


 少女は不思議そうに首をかしげるが、傾げ方が今にも首がもげそうで怖い。ていうか無表情怖い。何で昼間からこんな恐怖体験しなくちゃいけないんだよ。


「もしかして、力帝都市の外から来た人ですか?」

「はい。私の知り合いの穂村正太郎君って人がここにいるって聞いて、会いたいなって思って」

「穂村正太郎に!?」


 俺は驚きを隠せなかった。よく見れば少女の手には大きな旅行カバンが握られており、明らかに御泊り目的としか思えないような荷物である。

 それにしても何かとあの穂村ヤンキーに縁があるなぁと思いながら、俺は仕方なく再び携帯端末を触る。


「ちょっと待ってて。穂村の家なら今から調べてあげるから」

「お知り合いなんですか?」

「因縁があるって言った方が正しいかも」


 ――“ち、ちょっと待ってよ”


 頭の中で声が響く。恐らくは『アイツ』なのだろうが、なぜ今声をかけてくる。


 ――“いま彼は穂村じゃなくて『大罪』に乗っ取られているんじゃない?”


「あ……」

「? どうかしました?」


 どうかしたも何も、こんな少女をあんな肉食系オレ様爆裂野郎の所に連れて行くわけにもいかない。かといって既に家を知ってる――って、そうか。確か今穂村は守矢四姉妹の所にいるから、何とかうまくごまかせるか。


「とりあえず、案内するわ。それじゃあたしはもう行くから後は依頼通りよろしく――」

「ちょっと待ったぁ!!」


 ここで二度目の獅子河原ストップ。いい加減に面倒になってきた俺はため息をついて振り返る。


「今度は何?」

「穂村正太郎って、賞金首の片割れじゃないですか!! 是非連れて行ってください!!」

「賞金首……正太郎君が?」


 ……やっべー展開になってきたぞ。

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