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最終話 Better Of Two Evils

 ――例えば君が演劇をするとして、しがない悪役を任されたとしよう。序盤は文字通り悪に徹し、主人公達を苦しめ、そして最後には倒されて壇上から消える役割を持たされたとしよう。

 君は役割をしっかりと理解し、リハーサルを含めた度重なる練習でもって本能で動くレベルにまで仕上げている。もはやだれから見ても君の振る舞いは悪そのものと感じ取ることができる。まさに理想の悪役だ。

 ――しかし本番の発表の場の途中となって、ふと悪役をやめたとしたらどうなるだろうか。主人公と共闘して新たな巨悪を勝手に見つけだし、一緒に倒してしまったとしたらどうなるだろうか。あまつさえ最後には主人公になりたいと、本来の主人公を倒そうと演技抜きで本気で飛びかかってしまったらどうなるだろうか。

 ――言わずもがな、台本は滅茶苦茶になり、劇はとんだ三流以下の茶番劇となってしまうだろう。それだけでは済まず、世に駄作を送り出したとして、君を雇った監督が責任を取らされることで二度と脚本を書けなくなったとしたら、指揮を取れなくなったとしたら。それこそどれだけの悲劇になるであろうか。

 そして役を任された君は怒り狂った他の出演者によって、あるいは監督の知り合いの者から舞台から降ろされ、爪弾きにされて二度と劇に参加させてもらえなくなるだろう。そんなふとした思いから愚かな行動を起こした“卑しき者の末路”を、誰が知りたくなったであろうか。






 ――誰も、興味を示さないだろう。



          ◆◆◆



「全部、ブチ壊してやるよぉ!!」


 ――その言葉に、嘘偽りなど無かった。魔人は本気で目の前のもう一人の天使を、自分の背後で怯えている少女を守るために斃すと決めたのである。


「シャビー……」

「俺の背中に引っ付いとけガブ公。ヤツに背後なんざ取らせねぇ、ものの数行で消し飛ばしてやる」


 魔人は今度こそ、周りの全てがどうでもいいといった様子で力の解放を行っていた。宣言通り、目の前の天使を消滅させるために隠していた力をその身に宿らせていく――


「――【殺戮ノ翼ベルセルクウィング】、起動」


 それまで霧散していた黒いオーラが背中に集約されて一対の翼を模っていく。それと共に魔人もまた黒い霧を纏い、悪魔として、『堕ちた者』としてらしい姿へと変貌を遂げていく。


「キヒャハハハハッ!! この世界から消し飛ぶんだ、最期に見せてやるよ!! 人が神に変貌する瞬間ってヤツをよぉおおおおおおおおおおお!!」


 ――一瞬、晴れ晴れしかった空が暗黒に包まれ、そしてこの世界全ての闇が一人の魔人に捧げられ、一柱の魔神がその場に顕現する。


「――神に反逆し、神を“殺した”この力でテメェをブチ消してやるよ」


 魔人は自分の世界の天使を守るために、この世界の天使を殺すことを決意した。その表れが魔人を魔神へと、六対の翼を持つ悪魔へと変貌させていた。そしてガブリエルが何かしらのアクションを起こす前に、魔神は一瞬にして決着ケリをつけにかかる。


「ッッッッオラァ!!」


 例えるとすれば、かの『フレーム』が『イノセンス』と戦った時に繰り出したような、激烈なラッシュとでもいうべきであろうか。しかしながらその破壊の規模は一撃一撃が地平線上まで衝撃波が届くような、激烈にして苛烈な打撃だった。

 傍目にすれば幼い幼女を殴る極悪非道の悪魔であろう。しかしそれでこそ、悪としての本懐を成しているに等しく、この世界に反旗を翻す者に相応しい攻撃だった。


「あばよ――」


 最後に幼女ガブリエルの首を締め上げると共に、左手に光を、右手に闇を集約させる。そして――


「【混沌對衝撃カオス・コンフュージョン】ッ!!」


 ――光と闇の渦を前に天使の身体は引き裂かれ、完膚なきまでに消滅した。


「……終わったぞ、ガブ公」


 あっという間であるものの問題を片付けることが出来た魔神は、安堵の息を静かに漏らす。対する少女ガブリエルの方は、目の前でもう一人の天使が消え去った事に対する罪悪感故か、何者に対しても目を合わせることなどできずにいる。


「……ごめんなさい」

「アァ? 謝ることはねぇだろ」

「あんたにじゃないわよ。この世界の神様によ」

「それこそ尚更じゃねぇか。ったのはオレだから――」

「違うのよ!」


 ガブリエルはその瞳を涙で潤ませながら、魔神に向かってすがりつくように正面から抱きついて懺悔をする。


「私は、私は……消えたくないって思っちゃった! 本当ならこの世界のガブリエルは私じゃないのに、私は、自分が――」

「それ以上何も言うな。天罰下ってねぇなら大丈夫だろうが」

「だって――」


 魔神はそれまでの乱暴な振る舞いではなく、まるで神の御使いのようにガブリエルの頭を優しくなでる。


「心配するな。そんなこと堕天してから考えろ」

「……あんたって、気楽でいいわよね」

「そりゃ、堕天した方が都合もいいしな」

「もう! 結局あんたは自分のことばっかり!」


 しかしそれでも、ガブリエルは救われていた。自分はこの物語セカイにいても、許されるのだと。守られているのだと。

 そしてこの戦いの決着を見て満足半分、不満足半分といった様子で眺めている者もいる。


「…………」

「……ハッ! どうした? いつものごとくバカ笑いしろよ、『誇大妄想女(メガロマニア)』」


 魔神とガブリエルは、目の前に再び降り立った力帝都市の市長と相対した。互いに下手すれば一触即発ともいえるような、緊張した空気が流れる。


「……この世界のガブリエルが死んだ。つまり『フレーム』の『残虐非道かつ(オーバー)暴力的な憤怒による(ドライヴ・)虐殺行為アウトレイジ』を止めることが出来る者がいなくなったということ。物語セカイのキーパーソンを殺しておいて、我に敵う道標を潰しておいて、何故この物語セカイは崩壊しない」

「クククク……そりゃテメェのもくろみなんざ、この物語セカイの語り部がとうに見透かしているからだろ」

「ッ!」


 この世界の悪役の安っぽい考えを見透かして、魔神は苦笑を浮かべていた。


「テメェ、自分は上手くやるとか思ってたんだろ? アァ? 自分が悪役として倒されない、終わらない(ネバーエンディング)世界ストーリーでも計画していたんだろ?」

「くっ……」


 図星だった。この世界ものがたりにおいて、最後に倒されるべきラスボス。それが『全知ソシオリズム』と『全能メガロマニア』の役割。しかし二人はその能力故に気が付いてしまった。自らは倒されるためだけにこの物語セカイにそんざいしているのだと。そしてその結末に、反旗を翻したのである。


「そのためには語り部(カミ)すら殺す……流石のオレもそこまでは考えつかなかったぜ。流石は設定上強大な力を持つ悪役!! このオレもびっくりだぜ! ただ――」


 しかしそこからは魔神の表情は一変し、そして――


「――図に乗るなよアバズレが。設定なんざ無視すりゃオレが一番強ぇんだよ」

「がはっ……!」


 魔神は『全能』の意識すら及ばぬ速度で――否、喉を掴み上げ地面に叩きつけて大穴クレーターを作り上げるという結果だけをもたらすことでもって、自身の力がいかなるものかを愚者に知らしめる。


「言っておくが、オレはまだ本気じゃねぇぞ。その気になればこの物語セカイなんざ白紙に変えてやることもできるんだぜ?」

「ゲホッ! がっ――」


 魔神は静かに『全能』の喉から手を離すと、今度こそ他人を見下すような、いつものような歪んだ笑みを浮かべてこういった。


「テメェが画策した時点で、テメェを倒すという一点だけはオレと語り部は一致してんだよ。だからオレが榊真琴とかいう本来ならばDランクで終わっていたはずの人間をSランクに目覚めさせても、何一つお咎めなしだった。あの時直接ロザリンデ=ヴラドに手を下しても何も言われなかった。それは簡単な話だ。……オレだけじゃねぇ、この物語セカイの語り部もテメェ等のような思い上がった虫ケラをブチ殺してぇッてことなんだよ!!」

「ッ! …………認めん、認めんぞ!! 我はそのような結末エンディングを認めない!!」

「ハッ! 言っておくが、榊真琴を殺そうとしても無駄だぞ。それどころか、これからもテメェを殺せるだけの主人公にんげんが大勢現れる。せいぜい足掻くことだな、ヒャーハハハハハハッ!!」


 魔神はそう言ってその場の空間を捻じ曲げ、姿を消していく。


「――来い、ガブ公」

「うん……」


 魔神と天使が姿を消していく最中、その場に残された『誇大妄想女(メガロマニア)』は一人惧れを抱き、改めて魔人の名を呟く。


「――卑しい者(シャビー)(=ザ=)末路トゥルース


 正しき物語以外に、価値は無い。それはどの物語セカイでも、どの世界ものがたりにおいても、等しく評価されるものである。

 ということで、物語における壮大な伏線をばら撒き&回収作業終了です。次からはまたもとの編に戻っていきたいと思います(´・ω・`)。

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