第四話 選り好み
「――なるほどな。要はテメェ等自分の一族の尻拭いをしてるってワケか」
「その心持ちはいいと思うけど、大丈夫なの?」
魔人たちと共に夕食を囲みつつ、ロレッタとロザリオもまたこの場に似合わない服装で注目を集めながらも現地の料理を口に運んでいる。その中でロザリオは天使の率直な質問に対して所詮は絵空事と理解しておきながらも、自らが使える主の想いを代わりに話し始める。
「『戦争屋』と呼ばれてきた一族の中で、お嬢は初めて戦争を終わらせることを決意されたお方だ。その決意を以てこの場所に来たのだ、言わずとも分かるはず」
「そうかもしれないけど、単刀直入に言うと力不足なのよね」
ガブリエルはそう言ってストローに口をつけ、ヨーグルト風味の飲料にブクブクと泡を立て始める。
「ガキかよ。汚ねぇだろ」
「あらそう。でも向こうのお嬢さまの方もやりたそうにしているけど」
一同の視線が向いた先、そこには確かにストローで飲み物を泡立てるという下らないことでありがらも子どもなら一度はやりたくなる衝動に駆られようとしているロレッタの姿があった。
「あっ、や、やりませんよ!」
「お嬢……」
「いくら大口叩こうが所詮はガキってか? つーかガキ同士共鳴するなよくだらねぇ――って、オイコラ」
今度は魔人が指差す先――シンは既に自分の前に置かれたジュースを使って泡をぶくぶくと作っては物珍しい現象に目を光らせている。
「ぶくぶく……」
「おーい、天の御使いがガキになんてもの教えやがる」
「ご、ごめんなさい……」
ガブリエルは両手を組むことで詫びる姿勢を見せるが、それまでの行動を見て来ていたロザリオにとっては未だに目の前のこの少女が天使だということに半信半疑であった。
「この少女が本当に天使なのか?」
「ああ。天使のように可愛いだろ?」
「可愛いって――」
突然として魔人の口から飛び出した予想外の褒め言葉に両手で頬を押さえて顔を真っ赤にするその様は傍目に見れば天使に見えるかもしれないが、当の魔人はというとからかいの言葉を真に受ける天使に対して爆笑するばかり。
「ギャハハハッ! マジに受け取ってやがんの!」
「なっ!? はぁー!? あんたそれは流石に最低よ!」
「魔人が悪じゃなかったら何だってんだよ」
このちぐはぐなコンビ具合からして対照的な二人――つまり悪魔と天使が組んでいるであろうことは道理が通るかもしれない。しかしその二人の実力を見ていない今、ロザリオはどうしてもこの二人が魔人と天使なのか、半信半疑のままであった。
「……下らない」
いくら考えを巡らせようが、たまたま居合わせただけの存在。本懐である戦争を止めるということに関して、この二人と一人が関係することは無い。考えが一つに達すると、ロザリオは幾分かの余裕を取り戻したのか、騒がしい丸テーブルから一歩身を引いて辺りを見回すことができた。
「……表が騒がしいな」
その中でのロザリオの呟きよりも早く、その場で行動を起こした者がいる。
瞬間――一つの丸テーブルを除くすべてが爆風で吹き飛ばされるという異常事態が目の前に広がる。とっさに何かしらの行動を起こすこともできず、ロザリオはただひたすらに黒いバリアに守られた丸テーブルを囲んで座ったまま、目の前で起きた異常事態に対して驚きで目を見開く事しかできずにいる。
「――食事中に邪魔をするなよ、ゴミが」
そしてその爆風から丸テーブルを囲む四人を守っていたのが、他ならぬ魔人たった一人だった。隣に座っていたガブリエルですら驚く余りテーブルの上のコップを倒してしまうばかりで、爆風の後にようやく羽を伸ばしてはシンを守るような体制へと移っている。
「どっちだ? あの炎の男を雇っていた方か、あるいは消し飛ばされた村の方か?」
「なるほど。確かにこの程度の攻撃など防ぎきれて当然か」
店の入り口側、そこは既にドアどころか壁一枚すら存在せず、瓦礫の山があるのみ。その先道路側に居座るようにして、ロザリオ達に砲口を向ける戦車と、整列して銃を構える制服を着た兵隊の姿がそこにある。
そして戦車の蓋を開けて、中から軍服と軍帽を着た少女が姿を現す。
「面白い……面白いぞ!」
その姿を形容するとすれば……軍用犬とでもいうべきであろうか。野生が軍服を着て歩いているような、そんな雰囲気をロザリオは感じ取っていた。
「お嬢、俺の後ろに隠れてください」
ロザリオはとっさにロレッタを後ろに隠したが、少女の目はヴラド家の者をしっかりととらえている。
「誰かと思えば『戦争屋』も一緒とは……捕縛して兵器工場を作るのもいいかもしれんな」
見開いた目の下にある傷跡を親指でなぞりながら、狂気の女将校はしっかりと魔人を含むその場の生存者を見据えている。
「…………」
対する魔人はというと最初は興味が無さそうにしていたが、目の下に傷を持つ女将校を見つめ返すようにじっと観察し終えると、相手を小馬鹿にするような挑発的な笑みを浮かべ始める。
「……ハッ! 強情ぶった巨乳女の割には処女とは笑えてくるなァオイ!」
「なっ、い、今この場で関係が無いだろう!?」
明らかにセクハラとしか取れない言葉に耳まで真っ赤にする女将校であったが、その配下もまた予想外の秘密がばれた事に顔を伏せている。
「丁度いいじゃねぇか! 今日にでも部下に貰ってもらっておけよ雑魚が!」
「な、き、貴様ぁああああ!!」
怒りと共に左腕を前にかざせば、将校の周りの何もなかった空間から硝煙が上がり、空気の弾丸がいくつも放たれる。
「ッ! 能力者か!」
「この『空砲』を、アーニャ=ルシャルナーを舐めるな!!」
高らかに名乗りを上げてアーニャは空気の弾丸を放つが、所詮は空砲。全ては魔人のバリアの前に無効化され、防がれてしまう。
「っ、戦車砲構えぃ!!」
ならばと今度は物理的な攻撃、いわゆる戦車砲へ手法を変えようとしたが――
「――同じ攻撃を繰り返すとは、テメェ等猿以下じゃねぇか!!」
突如として跳躍してバリアから飛び出し、そして自らの両足に黒いオーラを纏わせて急降下する魔人。それにより戦車は一撃で走行不能の鉄板の集合体になってしまい、更に魔人の右手からショットガンのように放たれる黒球が、周囲にいた兵士の身体を破砕していく。
「なっ――」
「ハッ! 結局雑魚かよ! 処女くせぇアマが雁首揃えた兵隊なんざこんなもんだっつぅの!!」
「いや、あんたが強すぎるだけだと思うけど」
散々好き放題暴れておいて満足したとでもいうのか、あるいは玩具に飽きたとでもいうのか、魔人は周囲の兵士を殺しきるなりバリアを解除し、そしてその場から踵をかえしてロザリオの隣を通り過ぎようとしている。
「……ロザリオ=アルハンブラ!」
「なんだ!」
「テメェが戦え。オレはもう手を出す気も起きない」
そう言ってガブリエルの前に立つ魔人は、一切手を出さないという意志表示なのか両腕を前で組んで高みの見物を決め込む。
「ちょっとあんた! 最後まで戦いなさいよ!」
「嫌だ。巨乳処女を殺す趣味は無い……犯す趣味はあるかもしれねぇがな」
冗談とばかりにべーっと舌を出して見せるが、ここまで実力差が歴然としているならば有言実行も不可能ではない。それを感じ取ったのか、アーニャはその場から無意識に後ずさりをしては、自らが喧嘩を売った相手を間違ったこと心の奥で後悔していた。
「サイッテー!」
「ハッ! 知った事か。ガブ公もその面で天使じゃなかったら今頃オレ好みに調教していたんだけどよ」
「キッッッッモ! しばらく近寄らないでよね!」
しばらくの間だけでいいのかというツッコミをよそにして、指名されたロザリオは右手首を左手で掴んでは右手の血圧を上げ、戦闘するために全身に血流を送るような感覚を導き出している。
「悪魔と天使の痴話喧嘩など知らんが、俺はお嬢に手を挙げた者を許しはしない!」
「フン! ようやくまともな奴が出て来たか!」
不可視の銃撃VS『血戦』の洗礼を受けた狼男。今ここに戦いの火蓋が落とされる――
「エアロガトリング!」
見えない弾丸。されど殺傷力は本物の弾丸と遜色ない威力を秘めた、圧縮された空気弾。アーニャはそれを次々と空間に装填しては、ロザリオに撃ち付けようと空気を割る音を鳴らし続ける。
しかしロザリオは弾丸の雨の中真っ直ぐに突き進み、アーニャとの距離を高速で縮めていく。
「なっ!? バカか貴様は!?」
「俺を倒したいのならば、銀の弾丸を持ってくることだな!!」
狼男として強化された身体能力は、拳銃はおろか散弾銃ですら目視で回避が可能なほどにまで練り上げられており、そしてそれは榊との共闘から更に成長を続けている。
「さあかかってくるがいい! この俺が、全てを打ち砕いてくれる!!」




