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第二話 Murderers Are Getting Prettier Every Day

 岩場の上に降り立つ魔人たちの目の前に広がっていたのは、小さな村の隣に布製のテントの周りに戦車がいくつも並んでいるという異様な光景そのものだった。


「ケッ、流石は人間ムシケラだ。ゴミクズみてぇな事を平然とやってのけやがる」


 そして小さな村を乗っ取り上げて拠点にする光景は、ガブリエルにとっても不愉快極まりないものでしかなかった。


「あの吊るされてる人、多分この村の人だよね……?」

「だろうな。大方見せしめとして逆らったヤツを殺して吊るしてるんだろ」


 その時点でお国柄が知れそうなものであるかもしれないが、この光景に異常な反応を示していたのは、人外の二人ではなく一緒について来ていた幼女であった。


「あ、ああ……」

「どうしたの?」

「お父さん、お母さんが……」


 幼女が震える指で指す方角に、井戸の上に吊るされた一組の夫婦の姿がそこにある。


「おー、すげーな。この距離から自分の両親が分かるとは――」

「問題はそこじゃないでしょ!! この子の両親が殺されてるのよ!!」


 両親の死は天使の逆鱗に触れたようで、背中に一対の翼を生やした少女がひときわ大きな弓矢をその場に精製し、村を丸ごと撃ち抜こうとした。しかしそれを魔人は片手で制し、ガブリエルに手を出させないように後ろへと引き下がらせる。


「何をするの! 今こそ天罰を下さないと――」

「バーカ落ち着け。今テメェがやったら面倒事になるから止めろ」


 それはこの場だけの問題という訳では無かった。今ここで天使の力を解放したとして、それが周囲に感知されたとすれば面倒なことになる。敬虔な神官がいようものならこの世界の天界に告げ口された挙句、この世界の『ガブリエル』がやって来てもおかしくはない。


「ガブ公が増えるのは面倒になるから止めろ」

「何よ、ケチ」

「下手うって堕天されるよりマシだ」


 そう言って魔人はそれまでのスピーディな浮かび方ではなく、ふわりと風に乗るかのような軽やかな浮かび方で軍事基地上空まで浮かび上がると、足元に広がる醜い光景に目を細め、そして右手を強く握りしめる。


「さーて、即刻死滅させてやるか……」


 強く握りしめた右手から黒い光が漏れ出で、そして辺りの光景はその黒の光によって照らしだされる。すると流石に外の異常な気配を察知したのか、テントや建物から兵士がぞろぞろと湧いて出てくる。


「クカカッ! さーて、死別の時が来たぜ……」


 魔人はそう言ってまるで手のひらの中のものを落とすかのように、村の真上でその右手を開く。するとまるで一滴の雫のように小さな光が、ゆっくりゆっくりと降下していく。

 光は異様なまでに目映く輝くが、その色が黒色となれば目を覆うようなものではない。しかしその異様な光景は、下の兵士にとって敵襲を知らせるには十二分な情報であった。


「異常事態発生! 異常事態発生! 支給戦闘態勢に移るように! 繰り返す! 異常事態発生! ただちに迎撃態勢に移れ!」

「おーおー、無駄だってのに」


 魔人は不可視ながらも球状の防護膜を張っており、地上からのあらゆる銃撃、砲撃を目前で無効化している。


「あれは……ヤバい、逃げよ」


 それを岩場から見ていたガブリエルであったが、その光の球と魔人の笑みを見た途端に全てを理解し、幼女を連れてより遠くへと飛び去っていく。


「……実はあんたも、けっこう怒ってるんじゃない?」


 そう言うガブリエルの目に映っているのは、無慈悲な死のカウントダウンを前に無駄なあがきを繰り返す人類を嘲笑う魔人の姿。


「さァ! 絶望へのカウントダウンだ!!」


 光球は重力に合わせて徐々に徐々に落下スピードを速めていき、それに伴って下の軍隊の抵抗もより苛烈なものになっていく。

 しかし依然として魔人は無傷。光球は遂に着地まで秒読みとなっていく。


「5、4、3、2、1――」


 ――次の瞬間、核兵器が炸裂するよりも凄惨な、黒い太陽がその場に姿を現した。


「ヒャーハハハハハハハハァ!!」


 魔人の周囲は一瞬にして闇に包まれるが、それでも防護壁の強度が上回っているのか全てを焼きつくす熱すら感じることも無い。


「……やっぱりいつみても、アレだけは喰らいたくないわね。いくら出力を押さえたとしても、全てを原子崩壊させるなんて頭おかしいとしか思えないもの」


 ――死を運ぶ者(デスブリンガー)。それがあの魔人の、必殺技の内の一つであった。



          ◆◆◆



「――火葬は済ませておいたぜ」

「遺骨も何もかも消え去ったけどね」


 全てを破壊する黒い太陽の落下地点には、何も残っていなかった。それは大地の上に建てられていた建物が、という訳ではなく、大地そのものが消え去ってそこには奈落よりも深い闇の広がる大穴が出来上がっていたからである。


「ああ、うわあぁ……」


 もはや言葉すらも失い発狂寸前の幼女であったが、ガブリエルはそれすらもやさしく抱きしめ、ここで初めて天使らしい行動を起こす。


「大丈夫。大丈夫だから。お父さんもお母さんも天国に行けるように、私が神様にお願いしておくから、ね?」

「ぐすっ、ほんとぉ……?」

「ハッ! テメェはこの世界のゴミクズに面識なんざねぇだろ」

「言葉のあやよ! いいから黙ってなさい!」


 魔人の茶化す言葉に声を荒げながらも、ガブリエルは哀れな子羊を優しくあやして気持ちを落ち着かせていく。


「お母さん、天国に行ったの……?」

「ええ。このガブリエルのお墨付きよ!」

「お墨付きって理解できるのか……?」


 天使の名を語っての保証は普通ならば信用ならないであろうが、幼い少女にとって天使の保証は安堵の息を漏らすには十二分だった。


「ちょっと遠くに行っちゃうけど、ちゃんとお空から見守ってくれるわよ」

「お父さん、お母さんが、お空に……うん!」

「よし! 大丈夫ね! えぇと……そういえば、名前を全く聞いていなかったわね」

「クソガキ一号と二号でいいじゃねぇか」

「何よそれ! 私は子供じゃないし、そもそも一号でもないし!」


 ガブリエルガまたも口をとがらせていると、幼女は両手で目頭をぬぐってガブリエルに対して自分の名前を呟く。


「シン……」

「え、何? シン? それが貴方の名前?」

「うん」

原罪シン、ねぇ……あまりイイ名前じゃねぇな」

「こら! そんな事を言わない」


 原罪――人がまだ神の庭にて過ごしていた神話の時代に、一匹の蛇にそそのかされ知識の木の実を食べたが為に全人類に課せられた最初の罪。それと同じ名前だということが、魔人にとって眉をひそめるには十分な原因であった。


「……まあいい。偶然は往々にしてあるもんだ」


 首をゴキリと鳴らして、そして破壊活動を終えたことに少ない満足感を得ながらも、魔人はガブリエルとシンという二人の少女を抱えてまた別の場所へと飛び立っていこうとした。

 しかし――


「ッ! クソが!!」

「えっ、ちょっと何!?」


 魔人が空を飛ぼうとしたその瞬間、破壊した基地の跡の大穴から金属製の巨大な右手が伸びてくる。


「あぶねッ!!」


 もう少しのところで握りつぶされるところであったものの、魔人は更に背中から黒い羽を生やすことで飛行能力を高めることで離脱に成功する。


「ぐ、グギギ、ゴゴガガアアァアアアッ!!」

「んだとゴラァ! 機械の癖に鳴き声挙げてんじゃねぇ!!」


 早速出てきた新手に罵倒を飛ばしながらも、魔人はその眼でもって改めて自身が開けた深い大穴の底を見つめた。するとそこには明らかに地上とは規模が違う、天井を破壊された巨大な地下施設が広がっている。


「なるほどなぁ! 地上の村はあくまで場所がバレない為のカモフラージュで、本丸はこっちってかぁ!」


 ――魔人は文字通り、水面上に浮かんだ氷山の一角を破壊しただけであった。地下深くに広がる施設を前に、魔人はまずは目の前にいる巨大な人型の機械を破壊するべく再び右手を強く握りしめようとした。


「ならばもう一発デスブリンガーをブチ込んでやろう――ッ!?」


 既に相手は魔人の動きを見切っているのか、再び破壊の太陽を生成される前に妨害の右ストレートを繰り出し、更には喉の奥に仕込まれていたキャノン砲による一撃を直撃させる。黒煙が空中で広がり、キャノン砲の直撃を受けた魔人はその場で爆風に巻き込まれ死亡したかのように思われた。


「そこそこって所だクソ野郎が……!」


 荷物ふたりを抱えての反撃も難しく、魔人は先ほどと同様の防護幕を張ることで自身の防御のみに徹している。


「チッ、逃げるぞ!」

「どうして!?」

「テメェ等抱えて戦うのなんざ面倒過ぎてまっぴらゴメンだってんだよ!!」


 圧倒的勝利を望む魔人にとって、現状のようなハンデを背負った戦いは好ましい状況ではなかった。故に魔人はその場に背を向けて、改めて高速でその場を飛び立っていく。

 幸いにも相手は地上戦のみを目的としていた様で、空中の黒い軌道を追って飛んでくる気配など無かった――



          ◆◆◆



「――それで、今度はどうする気?」

「さぁて、どうしたものかなぁ……」


 夕日と共に辺りに点々と明かりがつき始める。魔人とガブリエル、そしてエルはまた別の街で今度は夜食を無銭飲食しようとしていた。


「ハッ! その言い方だとガブ公も進んで無銭飲食しているみてぇだな!」

「一体誰に喋ってんのよ?」


 虚空に向かって話しかける魔人を前に、ガブリエルはその光景をいつも不思議に見ていた。誰に話す訳でもなく突然虚空に向かって口を開く魔人が、それまで彼女が知っている中で一番滑稽な姿である。

 そしてそれが終わるごとに、魔人は決まって寂しそうな顔でこう呟く。


「……気にするな。オレにとって発作みてぇなもんだ」

「……そう」


 いつもの狂喜に満ちた表情ではなく、真面目を通り越したシリアスな表情を目にする度に、不思議とガブリエルも肩を落として食事のペースも落ちていく。


「……いいから、サッサと喰えよ」

「だって、あんたの方こそ――」

「アレを見ろよ」


 いまだに落ち込み続けるガブリエルをよそに、シンはというと昼間の惨劇をもう忘れたのかといわんばかりに目の前のピラフにスプーンを突き立て、大きな口を開けて頬張っている。


「むぐむぐ……」

「……えぇーと、昼間のショックはもう大丈夫そうね」

「なんつーか、一番気楽でいいよなこのガキは……」


 魔人はそう言って自身もまた空腹を満たすために、フライされたポテトを一つとって口に放り投げる。


「今のところ、二つの国にケンカ売った訳だが……何もこねぇな」

「そりゃあれだけ好き放題暴れられるような奴相手に真正面から喧嘩なんて売る訳無いじゃない」

「そりゃそうだ、っと……オイ」


 魔人が次のフライに手を伸ばそうとしたその時、店員が三人に対し相席をお願いしてきた。どうやら六人掛けの丸テーブルに座っていたところにさらに二人が来るのだという様子である。


「相席だと……フザケんじゃねぇブチ殺すぞ!」

「あーハイハイ、相席いいですよ別に。このアホのことは無視しててください」

「テメ――」

「ごめんなさい、気を悪くしたのでしたら謝ります」

「お嬢! 貴方が謝ることはありません!」

「……なんだぁ? テメェ等まさか、榊真琴の知り合いかぁ?」

「なっ、榊を知っているのか!?」


 さっきとはまた別の意味で呆れかえる魔人の前に立っていたのは、ヴラド家の一族の少女と、そのお付の過保護な男。


「ロレッタ=ヴラドにロザリオ=アルハンブラ……『戦争屋』が何しにきやがったァ……?」


 魔人は知っていた。この二人が、以前に榊マコこと榊真琴と関わりを持っていたことを。穂村の元にいる幼い少女と同じくらいの年齢の少女が、血液を兵器にすることができることを。そしてその隣の男が『吸血鬼』と呼ばれる一族に忠実で獰猛な、『狼男』であることを。


「……ッ!? お前達、ただの人間じゃないな!?」


 そしてロザリオもまた、目の前の白髪の男が唯の男では無い事を悟った。しかしその規格が想像できる限りの枠を軽く飛び越えるような化物であることを、現時点で走る由も無かった。

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