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第1話 暇つぶし

「――で、結局無計画なままってワケ?」

「うるせぇ! とりあえず腹減ってんだから飯喰ってるんだよ!」


 ケバブを片手に魔人は咀嚼の済んでいない口でもって隣に座っているガブリエルを罵倒する。現在二人はそれなりに大規模な都市にある普通の料理店にて、食事の置かれた丸テーブルを囲んでいた。


「っ、こっちに飛ばさないでくれる!?」


 飛んでくる唾を腕でガードしながら、ガブリエルは注文していたドンドルマと呼ばれる伸びるアイスクリームにフォークを突き刺し、口へと運び込んでいた。


「相変わらず甘いもの好きだよなお前は」

「あんたこそ、この場にチョコレートがあったら即刻注文してるくせに」

「あれはまた別問題なんだよクソガキ」


 見た目はガキとはいえど天使、何年生きているのか人間の物差しで測ることなどできない。そしてその天使を相手取ってガキと言えるこの魔人の年齢はいくつになるのか、誰も想像ができない。


「それにしてもこの世界、大国以外は文化がグチャグチャね。まさに混沌って感じ」

「この物語せかいにおいてはそういうもんなんだろ」


 彼らがどこの世界を基準に語っているのか、それは彼ら自身しか知らないが、この力帝都市という特殊な都市があるこの世界において、外の情勢はまさに混沌だった。

 経済的、あるいは軍事的に大国と言える国以外は、裏では全てどこかしらの属国に近いものとなっている。そしてこの中東という昔からの紛争地帯にかこつけて、ありとあらゆる軍事実験を重ねているのがこの世界における世界背景だった。


「人種も混沌カオスッてるしな」


 そう言って魔人が奥の方を見やると、背中に自動小銃を背負った多国籍の軍隊が集団で食事をとっていたり、その隣では既に紛争で両親を失っているのか幼い少女が一人で寂しく食事をとっていたりと、まさに歪んだ光景でしかなかった。


「ふぅ、食った食った」

「ちょっと待ちなさいよ。私まだ食べきってないわよ」

「分かってるから黙って喰ってろ」


 魔人はそう言って横暴にもテーブルの上に足を乗せると、そのままのびのびとした体勢で端末を触り始める。


「衛星通信だからどこでもつながるってなかなかのオーパーツだよな」

「あんましそういうの見せない方がいいんじゃないの? その力帝都市製の端末(VP)ってやつ」

「どうせ皆殺しにするんだから変わりねぇよ」


 その言い様にガブリエルはフォークを置いて異を唱えて立ち上がり、魔人に降りてきているであろう依頼を蹴ることを提案し始める。


「ちょっと待って! その言い方だと戦争やってる人以外もみんな殺しちゃうような言い方じゃない!」

「ちょっとちょっとうるせぇなこの野郎。そもそもオレが治してやらなかったらテメェは未だに真っ二つのままだったってのによぉ」

「それに! さっきから洗脳とか真っ二つとか、本当は私に何があったのよ!」


 魔人はこれ以上は面倒になってきたのか、まだ食べている途中のガブリエルを無理矢理小脇に抱えると、店を後にしようとその場に背を向ける。するとそれまで他の客の応対をしていた店員が焦った様子でその背中を引き留め、現地の言葉で魔人に食事代の支払いについて話し始める。


「チョットオ客サン! 代金ガマダダヨ!」

「チョットチョットってテメェもうるせぇんだよ!!」


 魔人は代金替わりといわんばかりに右手に黒球を生成すると、それを店員の腹に押し付けてそのまま店の奥へと吹き飛ばす。続けて店の奥から爆発が起こると同時にその場はパニックとなり、魔人はその隙に現場から跳び去っていく。


「ちょっと! 無銭飲食じゃない! ああ神様、私をお許しください。どれもこれも全部この魔人が悪いんです。せめてこの子は救ったのでお許しください……」


 そう言っていつの間に匿っていたのか、スプーン片手にキョトンとした目で驚きを隠せない褐色の幼女をガブリエルは抱きかかえていた。


「チッ! やけに重てぇと思っていたら……まあいい、口を閉じてろ舌噛むぞ!」


 魔人はそのまま近くの建物の屋上へと降り立つと、混乱収まらぬ下の様子を一瞥してニヤリと笑う。


「さぁて、そろそろ出てくるか……?」


 魔人が期待しているのは先ほどの店内から今の攻撃に耐えられるような、『実力者』が姿を現すこと唯一つだけだった。


「さぁ出てこい……遊んでやるよ……!」


 そうして土埃が舞う中、煙を振り払って中から一つの人影が姿を現す。


「えっ、能力者いたの!?」

「テメェが呑気に飯食ってる間にもオレは獲物を探してたんだよ」


 中東に来て最初の戦闘を前に、魔人は高揚する気持ちを静めることが出来なかった。再び全身にドス黒いオーラを纏うと、人影の次の行動に注視してじっと待ち構えた。

 土煙が晴れると、そこには先ほどの軍服集団に混ざっていたうちの一人が、半分が焼け爛れた顔を魔人の方へと向けて睨みつけている。男の右腕には炎が纏わりついているが、火傷の様子は無い。その時点で普通の人間では無い、『能力者』だということが誰の目を通しても理解ができる。


「ヒャハハッ! 炎熱系が大火傷とは、恥さらしもいい所だなァオイ!! 緋山がいたら腹抱えて笑ってるところだ!!」

「てめぇかこの野郎!! 喧嘩売ってんのか!!」

「これで売ってないとでも思ってんのかこのクソ虫がよォ!!」


 男が次の言葉を出す前に、魔人は瞬間移動で男の懐へと潜り込む。そして――


「――ハッ、この程度にも反応できねぇのか、雑魚が」


 魔人はそのまま男の腹を膝で蹴りあげると自身も飛び上がり、宙を舞う男を高速で何度も何度も四方八方から殴りつけてははるか上空へと上昇していく。最後に仕上げとしてひときわ高く打ち上がった男の真上から肘鉄をくらわせ、そのままはるか下の地面へと叩きつけた。


「んだよ、たまたま耐火性能が高かっただけの雑魚かよ。下らねぇ」

「相変わらずだけど、ここまでボコボコだと相手に同情するわ……」


 魔人が再び屋上に降り立つころには下に叩きつけられた無惨な男の死体に野次馬が集まり始め、そしてその死体を作り上げた魔人のいる方へと視線が集まり始める。


「ハッ! これでいい。これで少なくともあの男を使っていた国がオレを始末しにかかるだろう」

「それっていいの?」

「それでいいんだよ。いちいちこっちから出向かうことなく、向こうから仕掛けてくる」


 視界に広がるのはこの中東でも大きな街に分類される場所。この場所から紛争地域へと出向く者と、補給処として戻ってくる者とが行き交う場所。表向きは戦火にさらされていない奇跡の街であるが、裏向きでは停戦協定が結ばれた貴重な都市部である。そして魔人はその不戦協定が結ばれた場所を、まさに戦場へと変えようとしていた。


「それに昔から言うじゃねぇか。火災を爆風で吹き飛ばして消火することもあるってよお」

「あんたの場合、爆風が文字通り核兵器クラスだから洒落にならないのよね……」


 ガブリエルがため息をつきながら膝に乗せている幼い少女を撫でていると、魔人はそこでようやくこの小さな少女の存在に気が付いた様子で、怪訝そうな表情で幼女を睨みつける。


「なんだそのガキは? ガキが餓鬼をあやしてどうするってんだ」


 魔人の苛立ち。言葉の意味が理解できなくとも、目の前の白髪の男が明らかに自分に対して敵意を持っていることを、幼女は感じ取っていた。それ故に幼女は怯えた様子でそれまで優しくしていたガブリエルへとくっついたが、魔人はそれを見て更に機嫌を悪くした。


「早速お荷物増やしてんじゃねぇよ! ブチ殺してやるから退け!!」

「ちょっと! ダメよそんなことしたら!」

「テメェは天使として救ってるつもりかもしれねぇが、責任も無しに何もかも救おうとしてんじゃねぇよ!! カズマを見て学習しねぇのかテメェはよォ!!」

「むしろカズマを知っているからこそよ。私が知っている中で、あれだけの聖人はそういないわ」


 そう言って幼女を殺すなら自分もろともとでもいわんばかりに庇うガブリエルを見て、魔人は仕方ないと大きく肩を落とし、ガブリエルとは反対側に幼女を小脇に抱えると、次なる目的地へと飛び立とうとする。


「ちょ、ちょっと! どこに行くつもりよ!?」

「全部の国にちょっかい出さねぇとつまんねぇだろ? 次は軍事基地一つ潰しに行く」

「この子も連れて!?」

「テメェが連れていくっつったんだろうが!! 責任もって守りやがれ!」


 魔人はそう言って怯える幼女をしっかりと抱きかかえ直すと、文句を垂れ流しにするガブリエルを脇に抱えたまま、次なる目的地へと飛んで行った。


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