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第0話 世界の外側

本編の後半に進む前に、箸休めとして番外編を挟ませてもらいます。この番外編を通して、本編の大筋や最終的な目的、結末の伏線を張ることになってくると思いますので、少しでもお楽しみいただければ幸いです。

この編の主人公はあの悪逆非道の魔人です。そして三人称視点の文章となっています。

「現在時刻一三〇〇、目標透過地点まであと――」

「うるせぇ、テメェがオレに指図するな。ブチ殺すぞ」

「す、すいません……」


 ヘリコプターの操縦桿を握る手に汗が流れるのも無理も無かった。パイロットである彼にとって、載せている相手がある意味大統領以上に責任感の伴う相手だったからだ。

 白髪なれど、その見た目は二十代前半。そしてその若さながらに態度は往年の世界を見渡してきたかのような、全てを知り尽くしているかのように賢しく高慢。夏場の中東、足元には荒れ地が広がる中涼しげな表情で黒のロングコートを着こなすその男は、何から何までがいびつとしか思えなかった。

 そしてこの者こそが力帝都市から『魔人』と評され、Sランクを超えた番外として市長に特別に位置づけられた男――シャビー=トゥルースであることを聞かされた時から、パイロットとして失敗することはそのまま死につながることをパイロットは意識しなければならなかった。


「あ、あのー、そろそろ指定された降下地点に――」

「分かってるっつってんだろ。このヘリごと無理矢理降下してやろうか? 公には撃墜って形にはなるがよぉ」

「ヒィッ! す、すいません!!」


 ヘルメットごしに頭を押さえつけられ、ビビりながらもしっかりと操縦桿を握りしめる男。荒地ばかり広がるその先に、見える景色が変わってくる。


「そ、そろそろ現地だと思うのですが――」

「うるせぇ黙ってろ! ……確かに、見えるな」


 一言で表すとするならば、戦火。地上ではゲリラ戦が、そして空では戦闘機対戦闘機――かと思いきや、空を飛ぶ人間が目の前で高速飛行する戦闘機を撃墜する姿を見ることが出来た。


「クククク、ここが力帝都市の外側にある『もう一つの第一区画(アウターワールド)』か。あのクソ市長ヤロウ、こっちの事情を知ってか知らずかその名を名付けやがったか、ヒャハハッ!」

「ちょ、ちょっとそろそろ手を離していただけませんか!? 前が見えないと、操縦が――」

「ん? もうする必要はねぇぞ?」


 そう言って魔人が頭を開放し、男がフロントガラスに顔を挙げるとそこには――


「――いっ!? 対空ミサイル――」


 ――次の瞬間、魔人が乗っていたヘリコプターは爆炎と共に炎広がる中東の小規模都市へと墜落していった。



          ◆◆◆



 灼熱の太陽が照らす街中に、新たに黒煙が上がる。周囲からは銃声が聞こえ、空は風切り音をたてて通過するジェット機が見える中、ヘリコプターが墜落した広場、そして周囲の建物からは幸か不幸か何も物音を発生させる要因は存在しなかった。


「――ったく、だらしねぇ奴だな」


 撃墜され炎をあげるヘリコプター内で血まみれとなってこと切れるパイロットを一瞥して、魔人は何の感傷も持たずにその場を立ち去ろうとした。

 人間ムシケラの死にざまに興味など無い。それが魔人として、『上位者』として君臨する者として当然のこと。しかし今回は違っていたのか、魔人は死体に背を向けて数歩足を薦めたかと思えば、また踵を返して元の場所へと戻り、そして死体の前に立って考え事を始める。


「そういえば、今死にたてホヤホヤってことは魂がまだこの辺を浮遊している筈だよな? ……イイこと思いついたぜ」


 魔人はその深紫色の眼の色を変えて、そして本来ならばその場にて感知できないはずの人の魂を――人魂を右の手に捉えて収める。


「喜べ虫ケラ。テメェの魂は天使の修復の生贄になるんだからよお」


 間接的に天国逝きとも取れるかもしれないが、実際は違っている。ただひたすらに天使の血肉として、生命維持装置として、人間でいうならば取るに足らない細胞の一つとして扱われるという意味で魔人は物言わぬ魂に告げる。


「そして――黒ミサ舞踏会(ブラックサバス)ッ!」


 魔人は自身の影を広げ、そしてその墨で染め上げた沼から一つの身体を引き上げる。


「……今回はオレの手違いだから治してやる」


 魔人が取り出したのは、一人の少女だった。その本来ならば暖かくみずみずしい筈の少女の柔肌は冷たく、澄んだ檸檬色をしている筈の瞳がかくすんでいる。それもそのはずのことで、魔人が『ガブリエル』と呼ぶ天使の受肉体は、それは見事なまでに真っ二つにされていた。


「この魂を贄に、テメェの傷を癒す」


 魔人はそれまで握っていた魂を真っ二つに切断された少女の上に掲げると、そのまま力を強めて人魂を文字通り握り潰す。そして潰れた果物の果汁のように霊力を少女の身体に振りかけると、それまで離ればなれになっていた身体が勝手にくっつき始め、そしてそれまで死んでいた少女の目に輝きが取り戻される。


「…………ハッ!?」

「よぉ、起きたかガブ公」


 それまで横たわっていた少女は目を覚ますと同時に上半身を起こし、そして自らが天使という超常的存在であるということを棚に上げて、この状況があり得ないとばかりにパチクリと何度も瞬きをしては魔人の顔をじっと見つめている。


「あ、ああああんた! なんで!? この世界にいる筈が――」

「テメェの方こそ、元の物語せかいからこっちに引きずり込まれてんじゃねぇよ」

「元の世界って……ちょっと待って意味が分からないわ! あんたの方が『神様』に飛ばされて――」

「うるせぇ黙れ。テメェの方こそたかが人間風情に召喚されてんじゃねぇよ。しかもご丁寧に受肉&洗脳済みでよぉ!」


 治ってそうそうに少女ガブリエルの頭上に拳を振り下ろすが、それは怒りや苛立ちというよりも、治った事への安堵の裏返しのようにも思えた。


「いったぁ……ちょっと待って! 洗脳ってどういうこと!?」

「チッ……もういい、終わった事だ」

「っ! あんた、まさか洗脳中に私の身体になにか――」

「するかボケ!! テメェ腐っても天使だろうがそんなこと言うんじゃねぇ!!」


 ガブリエルは冗談半分のつもりで言い放つが、魔人はまるで娘をしかる父親のように物言いに対し言葉を重ねる。


「バカかテメェ! 堕天するぞ!」

「堕天って……そうそうないんだけど」


 そういってガブリエルは改めて自分の体に異変が無いかとぺたぺた触診を始める。


「うーん、特に何もないわね……受肉しちゃったのはバレたら不味いんだけど」

「安心しろ、ここはあの物語せかいとは違う世界だ。そもそもバレたとしてもオレがもう一回“神殺し”をすれば――」

「ダメよ絶対! それはダメ!」


 今度はガブリエルの方が口酸っぱく魔人が言葉にした禁忌を咎め、そしてじりじりと詰め寄り撤回を求め始める。


「もう一回神殺ししてみなさい、今度こそあんたのいう『語り部』も――」

「次にソイツの話を出したら“殺す”ぞ」


 しかし最後まで詰め寄りきる前に、魔人はガブリエルの顔を塞ぐように右手を前にだし、そして手のひらと顔の間に黒球を収束させ警告する。


「アレはもう終わった物語ハナシだ。その話を出すつもりなら、オレはテメェであろうが必ず殺す」

「……分かったわよ。黙っておけばいいんでしょ黙っておけば!」


 ガブリエルは頬を膨らませてむくれることで不満を表現したが、魔人はそれを無視していつの間にか手元に握っている携帯端末(VP)に目を落としていた。


「……なるほどな」

「ちょっと! 私の話聞いてる!?」

「聞いてるから黙ってろ」

「それって聞く気無いって事じゃない……」


 ギルティサバイバルの裏側――この話は、まさに裏で暗躍する者と魔人との戦いの記録になる。魔人は自身の力の半分を分けた半身を澄田詩乃のそばに置き、己自身は表向きは未だに紛争地帯と化している中東へと、とある目的を持って足を踏み入れていた。


「まっ、半身を残しておいて正解だったな」

「一体何の話よ?」

「テメェには関係ねぇよ」


 端末に送られてきた依頼はたった一つ。この戦場にいる変異種スポア及び魔法使い全員の抹殺だった。


「ケッ、市長も回りくどい真似しやがる」


 表向きには追い詰められた某国による核兵器が炸裂するという悲劇のシナリオが組まれているが、その裏には更に恐ろしいシナリオが隠されている。

 変異種スポア――力帝都市において一般的には能力者と呼ばれる彼らの多くは先天性であり、感情が引き金(トリガー)となってあらゆる超常的な力を発することができる存在である。これらは力帝都市の()()において一般的に認知されておらず、その多くは都市伝説という噂話として秘密裏に処理されているか、あるいは能力があったとしても公にせずに一般人として過ごしていることが多い。

 魔法使いも同様にして一般の目には触れられない場所か、あるいは魔法自体を隠して一般市民として紛れ込んでいることが多く、一見して普通の人間とは見訳をつけることができない。

 しかしそれを仮に、国の防衛を担う者が知ってしまったとすればどうなるであろうか。人知を超えた超常的な力は、意図すれば核兵器すらも玩具に過ぎなくなってしまうまでの脅威となるであろう。それは自国にとっても、他国にとっても同意義である。

 ならばどうするか。考えられる道は一つだけ。


「表だって軍事転用される前に始末をつけろって……面倒くせぇな」


 今この世界において、軍事的な意味でも権力的な意味でも、最も強いのは力帝都市ヴァルハラただ一つだけ。ならばそれを他の大国がいつまでも放置しておくであろうか。そのような事は無いであろう。それが愚かな人間であるならば。


「だがまあ、オレはこの戦場のリセットしか依頼されていないからな。引き抜きが禁止とは言われていない以上、オレは好き勝手ヤらせてもらうぜ」

「よく分からないけど、今はあんたについていけば正解なのかしら」

「そういうことだ」


 魔人はニヤリと口元を歪ませると、早速といわんばかりに全身に力を籠めて暗黒のオーラを身に纏い始める。


「手始めに物陰に隠れているクソ共を皆殺しにしてやるか……」


 そう言って魔人は更に地面を割るような威圧プレッシャーを身に纏って大気を揺らし始めたが、隣の天使はそれを反対している。


「えぇっ!? ちょ、仮にも天使がいる前で殺しなんて――」

「何いってんだ? ここにいるヤツ等全員戦争屋だぞ?」

「あ、そうなの? じゃあ私も手伝うわ」


 この少女の身の代わり様は傍目に見れば異様と思えるであろうが、天使の本質が善い人間を導き、罪を犯した人間に裁きを下すことだと考えればごく自然ともいえるだろう。そうしてガブリエルもまた両手で弓矢を生成し、周囲を警戒する様に構える。

 ――しかしその必要など、魔人がいる現状では皆無に等しい。


「ガァッッッ!!」


 魔人の一喝による暗黒の衝撃波は、半径十キロを文字通り消し飛ばす破壊の衝撃波だった。ほんの一瞬にして地面は割れ、亀裂は建物にまで達してそのまま連鎖するかのように炸裂して破片をばら撒き、衝撃波に乗って遠くへと飛んでいく。

 ――土煙が晴れた後には、何一つ残らない元の荒野だけが広がっていた。


「……ちょっとやり過ぎじゃない?」

「気にするな。この程度で死ぬ輩なんざ能力者だろうが魔法使いだろうが要らねぇ。それにまだまだ紛争地帯はいくらでもある」


 周囲に散らばる残骸を見ても鼻で笑うのみで、魔人は次の狩り場へとその場から跳び去っていく。


「待ちなさいよ!」


 その後を追うように、ガブリエルは背中に力を込めて一対の羽根を生やして同じく跳び去っていった。

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