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第十三話 這い回るアレ

 巨大な商業用ビルの上部から火の手が上がり、そしてそのすぐそばには火をつけた原因と推測される黒い布でぐるぐる巻きになった人物が壁に這いつくばって地面を見下ろしている。


「ハァアアアアアァアアアァアア……」


 物凄い勢いで口から白い息をはいておりますがあれは大丈夫なのか? 目の部分も血走っているように見えなくもない気が――ってあれ?


「あの状態、確か見た事があるような……?」

「何をゴチャゴチャ言ってるの! 数藤が死んだら貴方、報酬も何もかもないのよ!?」

「って、そうだった!」


 とはいえ、この地上一階からあのビルの屋上まで一気に距離を詰めるとなると、やはり何かしらの飛行手段が必須。俺とアクアは小晴さんが投影したヘリコプターに乗り込むと、小晴さんはヘリコプターを一気に最上階へと浮上させて問題の人間のすぐそばにまで接近

する。


「で、ここからどうするのよ!? どうやってあいつ捕まえるワケ!?」

「知らないわよ! とりあえず水で怯ませてみるしかないでしょ!」


 そういうとアクアは右手で銃を模り、空気中から水分を集めて水鉄砲を撃つ。が、相手は壁をまるで地を這う虫のように走り回っては弾丸を全て回避する。


「キモッ!」

「あの動き……明らかに女性の敵としか思えない動きね……」


 俺とアクアがドン引きしていると、一体何故腰を引かせているのかと小晴が疑問に首を傾げながら運転席から後部にいる俺達の方へと移動してくる。


「ちょ、小晴さん運転は――」

「自動運転にしたから大丈夫よ。それより何を躊躇っているのです? 相手はゴキブリのように這い回るだけで――」

「だからそのゴキブリが苦手なのよこっちは! 文句あるの!?」


 アクアが自分の上品なキャラを崩してまで否定するゴキブリに対して、小晴はただ黙って機銃を投影し、ヘリコプターの横から弾丸をばら撒き始める。


「害虫は早めに駆除しないと、一匹見たら三十匹入るって思わないと――」

「いやこれ害虫じゃなくて人間ですし! しかも生け捕りにしなくちゃいけないのに殺しにかかってどうするんですか!?」


 しかしそれにしても『苦労人Gクローリング』の方は弾丸を見てから避けることが出来ているようで、この時点で推測できるのは人間離れした身体能力を持っているようだ。となると身体強化フィジカルチューン型か? それとも――


「うっ!? うぁああああ……!?」


 俺が考察をしていると突然、それまで回避していた『苦労人Gクローリング』が突然こちらの方をじっと見つめ始める。正確にはたった今苦悩の表情を浮かべ始めたアクアの方を、瞬きひとつせずにまるで獲物として狙いを定めるように見つめている。


「ッ!? まずい!」


 とっさのことであるものの、俺の本能がアクアを襲っている頭痛の原因があの包帯男にあるのだと理解させる。


神通力サイコキネシスッ! 多分だけどそう!」


 だとすれば、意識をアクアに集中させてはいけない。俺はとっさに小晴さんが投影していた機銃に横から手を出すと、自身の発砲経験を素人からプロ級にまで反転させる。


「榊さん? どうしたのです――」

「いいから貸して! それでもってこれでもくらえ!!」


 弾丸の速度、収束率バラつき、全てが手に馴染むように把握できている。そしてそれらを証明するかのように、俺が放つ弾丸は明らかに小晴さんのものよりも集弾して『苦労人Gクローリング』の方へと向かって行っている。


「ッ!」


 そしてそれに気が付いたのか、『苦労人Gクローリング』はアクアを見つめるのをやめるとその場から再び這いまわって逃げ出し始める。


「小晴さん! 今すぐビルの裏側にまわって!」

「分かったわ」


 俺の予測が正しければ、ビルの裏に必死で逃げ惑う『苦労人Gクローリング』の姿があるはずなのだが――


「――消えた!?」


 俺は自分の目を疑った。確かに裏にまわればそこには『苦労人Gクローリング』がいる筈。しかしビルの裏側はおろか、一周してもどこにも包帯を巻いた男の姿が無い。


「一体どこに……」


 するとビルの影から靄のような、黒い粒が多数飛び立っていくのが見える。


「……もしかしてあれって……」


 虫の大群……しかも――


「――いや、これ以上想像するのは止めておこう」


 俺は『苦労人Gクローリング』との戦いで逃げ出したのは人間だけでは無いことを目の当たりにするとともに、それまでやる気満々だった気合が一気に抜けていくのを感じ取っていった。

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