第六話 上下
「――それで、今後は貴方のVPに直接位置情報を知らせるからよろしくね」
といった様子で簡単にアドレスを交換させられた後に俺は研究所を追い出されるかのように数藤とアクアから外へと見送られる。
「はぁ、夏休みの宿題が無駄に増えるとは……」
既に外では例の処刑人姉弟が車の中で退屈そうに待っている様子であったが、女の子に反転した俺を見るなり弟じゃなく姉が出てきたことに困惑している。
「あれっ!? 弟くんは?」
「あいつならあたしが先に家に帰した。ほら、一緒に帰るわよ」
「えぇーと、あれ?」
流石に理解するのが難しいようであったが、ここで変に口論をしようものならアクアに怪しまれると考えた俺はそのままにごり押しで車に足をかけ、まるで均衡警備隊の上司であるかのように車を出すよう指示を出す。
「早く家に帰って寝ようっと――」
「ちょっと待ちなさいよ」
ドアを閉めようとした俺を呼び止める声が一つ。俺はギクリと背筋を凍らせて後ろへと振り返る。
「あらアクア、貴方も個人的にアドレス交換したいの?」
「違うに決まってるじゃない」
相手がニヤリと不敵に笑うと同時に、その場の空気がわずかに乾燥し始める。そしてその奪われた水分の居場所を示すかのように、アクアの両手にそれぞれ小型の水玉が精製され始めた。
当初とは別の意味で嫌な予感を覚えるとと同時に車を降りると、アクアは俺に向かってこう問いかける。
「ねぇ……Sランク同士なら、どっちが上かはっきりさせておきたくない?」
「……いや、別に」
そんな俺の斬り捨てるかのような返事を却下するかのように、アクアは両手の水玉を分散させてショットガンのような水かけ遊びを始めた。
「っ!? 交換!」
回避すると同時に、ベゴンッ! という金属がへこむ様な鈍い音が響き渡る。俺自身とっさに近くにあった自販機と自分の位置を入れ替えることで回避に成功したが、振り返れば代わりに散弾は自販機をその超高水圧で撃ち抜いていた。それでありながら水弾はなおも後ろの軍用車両のサイド部分をへこませるほどの威力を持て余している。
「げっ!? あんた殺す気!?」
「この程度の小手調べで死ぬはずないでしょ?」
とはいえ当たれば死ぬのは今ので確定している。俺は面倒な予感をビンビンに感じ取りながら、均衡警備隊には先に帰ってもらうことに。
「えぇー、お姉さんどうするの?」
「そりゃ……やるしかないでしょ」
「私達とまだ決着ついてないんだし、死なないでねー」
そんな決着以前に死ぬつもりは毛頭ないんだけどね。
車がその場から走り去り、そして数藤が「早く寝ないとお肌に悪いわよー」と茶化し終えてそのまま研究所の中へと消えていけば、研究所前に残っているのは俺と目の前のアクアの二人だけ。
「……研究所の前で暴れて大丈夫なワケ?」
「あら? だったら場所でも移しましょうか?」
どうせなら、移してもらった方が都合がいい。
「出来れば水場じゃない場所がいいかな」
「クスクス、私に有利すぎるものねぇ」
別に水場でも勝てない訳じゃないじゃないけど、まあ少しは楽がしたいってのが本音かな。
◆◆◆
「――で、だからといってここでやる必要があるの?」
「どうせなら、広い場所でやった方がいいじゃない?」
どうやら俺にとって交差点というものはSランクとの不幸を呼び寄せるパワースポットらしい。前々回は『屍±4』尸劫肆郎。前回は『喰々《イートショック》』名稗閖威科。そして今回はアクア。検体名は先ほどコッソリ調べた結果――
――『液』と、一文字だけで表されていた。
それにしても深夜の第十二区画は科学が発展しているという謳い文句ながら中々に薄暗い空間が多い。道を照らす街灯も普通の間隔でしか設置されておらず、そして照らす地面もごく普通。唯一ウザったいのはVPに半強制的に入れられたナビゲーションぐらいであろうか。
しかし目の前の相手はそれでこそといわんばかりに空気を乾燥させ、水泡を膨らませていく。
「早く終わらせましょうか? 貴方のお肌の為にも」
「既に乾燥肌にさせようとしているあんたに心配されてもね」
とか言ってるうちに相手側も準備を済ませたのか、両手を水に変えることで水泡と一体化している。
「……身体強化ね」
まだ万能型の筋は捨てがたいが、現状しかけてくる攻撃は全て手で触れたものからしかない。
「だったら一気に勝負を決めるしかないか!」
「そう簡単に勝負は決められなくってよ?」
次の瞬間水泡は一気に蒸発して水蒸気となり、そして辺り一面が深い霧に包まれる。
「あつっ! ……まずいよね」
完全に視界を遮られ、俺はアクアの姿を見失う。
「さあ、楽しいダンスを始めましょう?」




