第四話 運命の出会い?
「とりあえずコーヒーでもどうかしら」
「は、はぁ……」
「私達ココアで」
周りを見回しても実験に使用されるであろう巨大な機械類が置かれていて、その中の一つに液体で満たされた円柱形状の水槽がある。中には俺と同年代としか思えない金髪の少年がいるが、下手に突っ込んで面倒事に巻き込まれるのもアレなので放置しておくとしよう。
そうして俺は誘導されるがままに研究室内の椅子に処刑人姉弟と共に座らされ、飲み物が来るまで待たされることに。
できる限りあまり周りに興味が無く、仕方なくここに連れてこられたような雰囲気を醸し出そうとしたが、どうもあの水槽内の半分ロボット化したやつが気になってしょうがない。ごまかしという訳ではないが気を紛らわすために普段は触らない携帯端末を取り出したその時だった。
「はい、コーヒーをどうぞ」
男の娘、という単語がよぎるほどに中性的な男の子(?)が、俺トレイの上に乗ったカップをにこやかに渡してくる。短く切った黒髪に透き通った肌は人間離れしているかのように美しいが、残念ながら俺にそっちの趣味は無い。
「あ、ありがとうございます……」
突然現れた男の娘を前に俺は挙動不審になりながらもコーヒーを受け取る。重ねが寝自分に言い聞かせるように言うが、俺はそっちの趣味は無い。
無い……はず。
「いつもありがとう、ヴィジル」
ヴィジルという到底その見た目に似合わない名前で呼ばれた少年は、笑顔のままに数藤の方を振り向いた。しかしそのほんの一瞬、悲しげな横顔が見えた気がするのは俺の気のせいだろうか。
「いえいえ、数藤博士のお手伝いができるなら」
「それにしても、何時見ても人造人間には見えないよねー」
「ブッ!?」
俺は思わずその場にコーヒーをぶちまけてしまったが、ヴィジルが手早く布巾を取りに行っては足元をふき取ってくれる。
「残念だけどその子は私の作品じゃないけどね」
「数藤博士でも作ろうと思えば作れるの?」
「どうかしら? フフフ」
同じ研究者とはいえグレゴリオとはまた違った研究室の中で、緊張しながら新たにコーヒーを受け取る俺と無神経にココアに口をつける姉弟の前で数藤と名乗る研究者が話を始める。
「私の名前は数藤真夜。ロボット工学を専攻しているわ」
後ろの水槽に浮かんでいるのはどう考えても元人間だと思うんですがそれは。それとさっきのヴィジルって子も含めて。
「それで今回お願いしたいのは、とあるチップの回収なんだけど……どうしようかしら。貴方達がまさか『反転』の少女じゃなくて少年を連れてくるなんて」
「違うよ博士、この人は――」
「一応知っているわよ。プロファイルで見た事があるわ」
どうやら向こうも俺のことを姉の弟だという認識を持っている様で困った様子を見せているが、処刑人二人に対して別室にて改めて説明をすると告げて研究室から半ば追い出すような形で隔離した。そして改めて俺の方を向きなおすなり、とんでもないことを口から飛び出させる。
「さて、ようやく外部の人がいなくなったわよ。『反転』さん」
「げっ……知ってるのかあんた?」
「知ってるわよ。情報クリアランスはSより上のごく一部しか知らないけど、それでも私は知っている」
となると今目の前にいるのは少なくともSランクを超える何かしらの地位を得ていると考えて間違いないだろう。場の空気が張り詰めていく中、観念した俺はその場で反転をして女の子としての姿を数藤の前に見せた。
「あら、瞬間芸みたいね。これじゃ途中経過の計測は無理そう」
「そりゃそうしないと反転したところを見られたという事実を見られていないと反転した意味がないですから」
というか研究室内で観測しようとしていたのか。油断も隙も無さそうに思える。
「それで、あたしだけにしたってことは、わざわざ何の用よ? 少なくともさっきのチップの話は嘘っぽいし」
「ご名答ね。流石はSランクかしら?」
小ばかにするように笑うのはイラッとくるが、相手のホームグラウンドで下手に暴れようものならそれこそ面倒なことになるのは間違いない。俺は指をトントンと鳴らして苛立ちをごまかしながら、相手の出方を伺う。
「御託はいいから本題を言いなさいよ」
「そうね、本題よね……貴方、今度から能力調整をうちで行わないかしら?」
「は?」
「単純な話よ。彼の研究所でSランクの能力を診るには、色々と機材などが不足していると思うの」
確かに今のところ俺の能力はグレゴリオのところで見て貰っている。その伝手でここで能力を診て貰うのも筋が通っているのかもしれない。
「…………」
「どうかしら? 私はこれでも生体医学の方にも精通――」
「結構です」
「あら? どうして?」
どうしても何もない。いきなり見ず知らずの会ったばかりの人間に自分の能力の管理を任せる訳が無い。いくら設備通しが良くても少なくともこれまで世話になった人間の方が信頼できる。……多少性格に難があったとしてもだ。
「そういう訳で、あたしは見ず知らずの人にいきなり能力の調整をお願いするつもりはありません」
「残念。うちで面倒見ている変異種のお友達も増えると思ったのに」
その割には残念そうに見えない気がするのは俺の気のせいか?
「でも、いいわ。返事をうやむやにしてごまかすつもりならグレゴリオさんの方に圧力でもかけようと思ったんだけど、こうも真正面から断られたらどうしようもないわ」
それとなく恐ろしい手立てを聞いてしまったが、ここで動揺しようものなら実行されかねない。
「やったとしてもあたしが動いてここを潰しに来ますけどね」
「あら、怖いわね。でも言ったでしょ? 私にも一人、面倒を見ている変異種の子がいるって」
そう言った瞬間、まるでタイミングを計ったかのように誰も触っていないはずの洗面台の水道の蛇口が勢いよく開き、水が止めどなく流れで始める。
「えっ、水道が壊れてるじゃない――」
「違うわ。あの子が来ただけ」
「ちょっと数藤! 殉職に新しく来た世話係の事だけど――って……貴方は」
液状に散らばるはずの水がまるでゼリーのように固まって人の形を成し、そして着色を加えた結果そこには自称美少女である俺ですら息をのむほどの美しさを持つお嬢様がそこに立っている。
「紹介が遅れたわね。この子が私のところで見ているSランクの変異種――」
――アクア=ローゼズよ。




