第二十三話 ここに来てとんでもない能力だと知らされた俺
「おやおや、まさか噂の美しい方とお会いできるとは、この科方藤坐、この身に降りた幸運に感謝を」
げぇー、気持ち悪っ。言っておくがお前の本性は既に丸わかりだから、いくら猫を被ってもこの榊真琴、もとい榊マコの目はごまかせないぞっ。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても構いませんでしょうか?」
「あ、あの、えーと……」
「悪いが、被験者同士の接触は外でやってくれ。ここでそういうことをされて、結果に支障が出ては困るからな」
「…………」
俺はその時の一瞬の表情を見逃すことは無かった。グレゴリオに対する明らかな敵意剥き出しの、あの歪んだ表情を。
しかしグレゴリオは一切動じることなく、むしろ逆に科方というふざけた存在を睨み返していた。
「……何か文句でもあるのか?」
「……まあ、それもそうです。おっしゃる通りです」
グレゴリオの一切動じない姿勢を面倒だと思ったのだろう、科方は意外にもあっさりと身を引いてくれた。
「では後程お会いできることを願っていますよ。美しいお方」
二度とお会いできないことを願っていますよ、性格悪いお方。
科方の背中を見送った後、グレゴリオは検査のために残った俺に対してこう言った。
「あいつには絶対に関わるな。緋山も言っていたし、俺も今のでそう思った」
と言われて増しても既に分かっていますし。というか一番ある意味分かっていますし。
「……俺、トイレであいつにぶん殴られたんで一番分かっています」
「何!? それは男の時か!?」
「まあ男子トイレだからそうなりますね」
「なんてやつだ! 真琴君の可愛い顔を殴りつけるとは許せん! 今すぐに検査を中止させてこの研究所から叩きだしてやる!!」
「いやいやいやいや! 今それしたら確実に怪しまれるんで辞めてもらえますか!?」
「むぅ、そういえばそうか」
あっぶねぇ。ってかやっぱりこの人そっち側の人かよ……今度から気をつけておかないと。
「とにかく今日は大人しく能力検査だけ受けて帰るんで、そのつもりでお願いします」
「了解した」
そこから俺はいつも通りに試験室という名の何もない部屋に放り込まれ、一時間近くにわたる試験が開始された。
嵐の中、吹雪の中、山火事の中。あらゆる条件を再現した空間に放り投げられ、ひたすらに能力の特性を測る。
「――強風を無風に、吹雪を快晴に。山火事を一部土砂災害に変えて沈静化。反転の解釈の仕方は榊真琴本人の考え方に決められる、と……ううむ、かなり理想的に近い能力かもしれないな」
「そんなに凄いんですか?」
試験室から出てきた俺に女物の無機質な服装を与えながら、グレゴリオはホワイトボードがある教室のような部屋へと俺を連れてきて、この都市における能力というものについての説明を始めてくれた。
「そうか、まずは能力自体の説明からした方がいいか」
「お願いします」
「いいだろう。まずこの都市における能力の定義から始めようか。能力とは、科学技術や魔法を伴わず、かつ一般的に人間と定義されるものから逸脱した力のことを指す」
ふむふむ。
「そしてそれら能力を持つ人間のことを、この都市は変異種と呼んでいる」
「あっ、それなら聞いたことあります」
緋山さんが時折口にする単語、変異種。この事を口にする時は大抵能力に関することだから、そういう事とだけは分かっていた。
「そこまではいいな。では話を続けよう。能力は大きく二つに分けることが出来る。身体強化型と空間影響型だ」
身体強化に、空間影響?
「具体的にはどう違うんですか?」
「うむ。具体的な例を出して教えてやろう。ここではAランクの関門として有名な発火能力者、穂村正太郎の『焔』という能力と、ご存知Sランクの同系統の能力者、緋山励二の『粉化』を比較してみよう」
そういえば緋山さんの能力は噴火する力なのに、どうして能力名は『粉化』なんだろう?
「……何か言いたいことがありそうだが、質問は後にしてくれ」
「あ、はい」
グレゴリオはホワイトボードに今まで説明してきたことをまとめ、そして二人の能力から身体強化と空間影響の違いを説明してくれた。
「まずは穂村正太郎の能力、『焔』についてだが、これは自身の肉体をベースにして発火し、相手を焼却する能力となっている。これは種火とでもいうべきか、一番最初の発火地点は必ず自分の身体の一部、もしくは全体からとなっている。逆に言えば身体から離れているところ――たとえば床や天井、遠くのビルをいきなり発火させるといった芸当はできない」
へぇー。つまり自分の肉体を変化させることによって能力を発揮させることが、身体強化型ということか。
「続いて緋山励二の能力、『粉化』について説明しよう。『粉化』の場合、自分の身体から発することを得意とはしないが、遠くの物質や空間を着火点として者を発火させたり、マグマを生成したりすることができる」
なるほど、だから最初の時には手からとかじゃなく足元のアスファルトを変化させてマグマを発生させていたのか。
「大体わかりました」
「で、だ。基本的に身体強化型よりも空間影響型の方がランクが高い傾向にある。その理由は言わずともわかるよな?」
「まあ、なんとなくは」
そりゃ自分の身体だけじゃなくて周りにも影響与えられる方が凄いイメージはあるし。
「そこでだ。お前のその能力は、最初男から女に代わる時は身体強化、そしてそこからは空間影響型に変化する珍しい能力といえる」
「ふーん……え?」
「ちゃんと聞いていたのか? お前の能力は稀にみる能力で、しかもお前の解釈次第で全能に近づく能力、この力帝都市の二人の市長が欲しがっていた人材になりかねないと言っているのだ」
「……えぇーっ!?」
そんなに凄い能力だったのか。そんなの単なる性転換の能力のおまけとしか見ていなかったのに。
「正直に言うとこのまま市長に報告すれば、確実に第零区画に呼ばれるだろう。そして第一区画で延々とSランクAランク同士との戦いをさせられるだろう」
「第一区画はかなりヤバい奴らが無法な戦いを昼夜問わずやっているヤバい場所ってのは分かるんですけど、第零区画ってなんですか?」
「市長の家だ。そして第一区画と直通だ」
ちょっ、それは嫌なんですけど!
「グレゴリオさんなんとか報告だけは止めて欲しいんですけど」
「ううむ……しかし市長から報告はするように言われているんだが……」
「そこを何とか!」
俺はあくまで平穏に過ごしたいだけなんです!
「しかし……おっと、すまない」
ここでグレゴリオがポケットにしまっていたVPが鳴り始め、グレゴリオは俺との会話を一旦断ってVPを耳に近づけた。
「……魔人か? 何の用だ! ……何? 榊真琴の能力を上に報告するのは止めろ、だと……それは無理な話――いやいやいや、そういうつもりではない! 頼むからすぐに人を殺そうとするのは止めてくれ! お前とは違って我々人間は生き返ったりしないのだからな! ……分かった、能力の拡大解釈は難しいが、それなりの優秀な能力という事で、Sランクだと上に報告させてもらう。それならいいな? ……分かった。切るぞ」
グレゴリオはVPの通話を切ると、ひときわ大きなため息を漏らしてこう言った。
「はぁぁぁああああ……よかったな真琴君。君のことを市長に報告するにあたって、それほどの力はないがSランクだという塩梅で報告させてもらう事になった」
「ってことは、今まで通りの生活は――」
「出来る。もっとも、緋山励二のように少々普通とは違う生活になるだろうが」
そこで俺は心の中で小さくガッツポーズをした。これでまた、あの三人との和やかな女子会に参加できると思ったからだ。
これで当分心配はいらないかも。後は動画の件を何とかするだけ。俺は少しだけ肩の荷が降りたような、そんな気がした。