第三話 研究所にいい思い出が無い件について
そうやってわざわざ夜になって均衡警備隊の特殊車両《SUV》に乗せられて連れてこられたのは第十二区画。記憶によればここは科学が他の区画よりも発展した区画だということは知っているが――
「一般人を巻き込んでここで一体何をするつもりだよ」
「ちょっとした捜査のお手伝いかな」
その割には周りがエスとエム、そして銃火器を装備した警官というよりも特殊部隊がずらりと車内で待機しているとなるとただ事じゃない気がするのだが。
「エス隊長、本当にこのDランクを引き連れてもよろしかったのでしょうか?」
「別に大丈夫だってば。この人は私とエムで守るからさ」
「そ、そうですか……」
「何? 文句でもあるワケ?」
「い、いえ!」
相手が銃火器を持った特殊部隊でもしり込みしない辺り、流石は一個軍隊レベルの強さが基準とされるAランクといったところか。まあ俺なら反転さえすれば重装備の軍隊を丸裸に反転させれば終わるんだけれど。
「……まだつかないのか?」
「ほんとにちょっとした調べ事で終わるから! 信じてよー」
別に俺はいいんだが、家で痺れを切らした元軍人のメイドが文字通り後を追ってこないかが心配なんだよな。一応アクセラの方の面倒を見るように言ってはいるけど。
「……えっ、ここって――」
「そうそう、第十二区画でも有名な研究施設。確かおねーさんの係りつけの研究者であるグレゴリオ=バルゴードもここの研究所出身だよ」
ちょっとした捜査の手伝いって言われても、足を踏み入れる先が研究所となると俺も身構えざるをえませんことよ? また訳の分からない力の研究とかしている所だとするなら俺は退散を選択せざるを得ない。
そんな俺の心境を無視してエスとエムは車が止まるなり素早く車から降り、ガラス張りの玄関から漏れ出る光に照らされながら玄関の周りを見回す。
「あれ? 確かここにいるって話なんだけどなー、確か」
「確か数藤博士が玄関先まで出迎えてくれるって話なんだけどなー」
俺も周りの均衡警備隊に急かされて降ろされ、そしてエスとエムが辺りを見回している間にも警備隊の一人が携帯端末《VP》で連絡を取っている。
「はい、はい……了解しました。エス隊長、数藤博士が中で待っているようです。どうやら他の仕事で忙しく表まで出迎えられないとのことでして……」
「ふーん、そうなんだ」
どうやら数藤博士とかいう人と会うのが今回の目的のようだ。数藤博士といえば、確かこの力帝都市ロボット技術の第一人者だったような気がする。
「今すぐこの場で調べてもいいかもしれないけど……」
Sランクだとばれるのも面倒な上、どうせ今から会うのだから特に調べる必要はないか。
そう思いながら俺は周りの均衡警備隊につつかれるような形でどんどん研究所の奥の方へと追いやられていく。
しばらくすると壁に掛けてある数藤真夜という名が刻まれた名表のあるスライド式のドアが俺の目の前に現れる。
するとエスとエムはこここそが目的地だといわんばかりにノックも無しにドアを開けては大声で博士の名を呼ぶ。
「数藤博士ぇー! いますかー!」
「はいはい、目の前にいるでしょ」
すると姿を現したのは、髪を後ろに短く結んで眼の下に深刻なクマを抱えた、オーバーワークの仕事中毒者の女性の姿がそこにある。
「うわっ! 寝不足?」
「寝不足でも仕方ないわ。この子の調整をしなくちゃいけないんだし」
近くにある円柱型の水槽には、まさに改造人間という単語がぴったりの金髪の少年の姿がそこにある。
「……これ見るからにやべーやつじゃねーの?」
「あら? エスのお友達かしら? それにしては随分と普通のようだけど」
普通も普通もDランクなんですけどね。




