第二十三話 One Good Reason
「――と、その前に」
「アァン?」
準備運動は完了した、後は戦うだけ――といったところで突然の制止に眉間にしわを寄せる怪人。目の前の少年はそれを見て更に話にこう付け加える。
「いやいやこのままボク等が正面からぶつかったらこの世界終わっちゃうよ?」
「……ハッ! じゃれ合い程度で終わる世界なんぞに、何の価値がある!?」
あくまで傲慢であり、高慢。それがアッシュ=ジ=エンバーであり、穂村の内に潜む『大罪』である。その己がいる世界すら価値をつける権利が自らにあるかのような口ぶりに、ウツロはため息をついて両手の中にシャボン玉のような薄い膜上の球体を生成する。
「――虚数界」
薄い膜上の球体は一瞬にして広がり、ウツロは元よりアッシュですらその膜の内側の世界へと引きずり込まれる。
――そこはそれまであった光景と全く同じ光景。しかしどこか違和感を覚えさせるようでもあった。
「……ケッ、平行世界ならぶっ壊しても平気ってか?」
「ちょっと違うかな」
ウツロはアッシュの考えを一蹴すると、たった今発動した技の解説を行い始める。
「ボク達が元いた世界を実数だとすると、この世界は本来ならば感知できない、実在しない虚数の世界だということさ」
「――なるほど、考えたな」
「思索生知。この世界に生きる生物は虚数界には存在することがない。故に被害が出ない」
「それに好都合なことに、わざわざ映像を差し替える必要など無い」
『大罪』――それを世間にまだ知られる訳にはいかない。一部の強者のみが、その存在を認知するだけでまだ十分だと、観戦者である『全能』と『全知』は考えていた。
「クカカカッ! この別世界に繋げられるヤツ等ならそもそもくたばることはねぇだろうしなぁ」
そして界世とは違う、別の『世界』。そこにウツロは戦う場所を移したということである。
「クヒャッ、ヒャッヒャッ、ヒャーハハハハハッ!!」
「うん? 何が可笑しいんだい?」
突然として狂ったかのように笑いだすアッシュを前に、ウツロは怪訝そうな表情を浮かべる。
「ヒャハハハハァ……いやー、なんつーか……チョーありがてぇなって思っちゃってよ」
「何がありがたいんだい?」
怪人は決してウツロの疑問に言葉で答えず。しかし周囲のビルに異変が起き始めることで、一種の答えを導き出し始める。
「――ここだったら、好きなだけ灰に還してよさそうだからなぁ!!」
「ッ!?」
怪人の叫びと同時に、それまで道路の両脇に立っていた廃ビルが、文字通り灰の山へと還り始め、そしてまるで意思を持った集合体のように、灰燼は怪人の周囲を回り始める。
「ビルを一瞬で灰にした……!?」
「このオレ様に焼きつくせないものなんざねぇ……オレ様が燃え尽きろって言ったら、燃え尽きるんだよぉおおおおおおおおおおおお!!」
灰は渦を巻き、いくつもの竜巻となってウツロへと襲い掛かる。
「流塵灰狼!!」
「くっ……!」
襲い掛かる竜巻一つ一つを冷却レーザーで撃ち落としていくが、攻撃は更に苛烈さを増していく。
「オラオラオラオラァ!! ヒャーハハハハハハハハァッ!!」
地面に拳を打ち付ければ、不可視の熱波が塵を巻き上げてウツロの方へと突き進んでいく。
「ちょっと、暴れ過ぎじゃないかなぁ!」
そしてウツロも負けじとその場に存在しえない物質――思うがままに模る超合金を超えた防御力を持つ黒い物質を生成して、前をさえぎる巨大な盾をその場に生み出す。
「アァン!? オレ様の許可無しに好き勝手やってんじゃねぇよ!」
「同じ『大罪』同士、なんであんたのいうことを聞かなくちゃいけないのかな!」
灰の嵐を防ぐと同時に盾は形と性質を変え、幾つもの針となってアッシュの元へと飛んでいく。
「ハッ! 物理系がオレ様に効くとでも――」
「おっと、それはボクが想像した物質だということをお忘れなく!」
「ッ! チィッ!」
現にアッシュの体へといくつも突き刺さると同時に、強烈な閃光を携えて爆発し始める。
「いくら灰燼だからって、灰を燃やし尽くすほどの熱を前に自分が焼きつくされるでしょうよ!」
ウツロは攻撃の手を緩める事無く、未だ連続して爆発が起こっているところに更に立体型の魔法陣を描き始める。
「ほう、『術式』を使うか」
「『力』が『術』を使うとはおもしれぇじゃねぇか」
魔法陣は眩い輝きを放ち始め、周囲一帯を明るく照らしていく。
「――消し飛べ」
詠唱など必要ない。ただ思ったことが実現される。魔法陣を貫く光の柱が炸裂することでそれを物語っている。
「……本当は、ここまでする気は無かったんだけど」
光の柱が消え去ると同時に、地面に巨大な孔が空き、それまで戦場を飛んでいた灰燼は姿を消している。
「……はぁ、これで終わり「な訳ねぇだろバァーカ!!」」
灰燼は消え去ったわけでは無い。一ヶ所へと集まっていた。
――天高く全てを見下し、傲慢に嘲り笑う。それはかの怪人がまだ生きていることの何よりの証拠であった。
「ギャーハハハハッ!! ……オレ様をここまでコケにしやがったその傲慢さ……ただブチ殺されるだけじゃすまねぇぞゴラァ!!」
怪人アッシュ=ジ=エンバーは生きていた。欠損した部位を周囲からの灰塵で補い、そして改めて穂村正太郎の肉体として再生成していく。
「もう同じ手は効かねぇぞ。このオレ様が“許可”してねぇからな」
「……だろうね」
ウツロもアッシュの『力』を知っているが故に、同じ攻撃は二度と通用しないことを知っていた。
「つぅことで、ここから先は一方的な虐殺ショーってワケだ虫ケラ野郎!!」
怪人は更に周囲の物質を灰燼へと還してゆき、塵芥は一ヶ所へと集約されある形を模ってその場に顕現を始める。そして――
「……それってちょっとズルくない?」
「ヒャハ、キャハハハ、ギャーハハハハハハハハァ!!」
周囲のビルの高さすら超すほどの巨大な灰の魔人が、その場に姿を現した。そして巨大な左の手を握りしめて拳を作り上げ、熱で真っ赤に染め上げ始める。
「ヒャハハハッ!」
「くっ……!」
ウツロはそれまでにない規模で魔法陣を目の前に描いて目の前に迫る拳を解析、即座に対消滅する物質をその場に同程度の質量でもって生成をし始める、
「ナァニちゃっかり防ごうとしてんだよボケがぁ!!」
しかしそれに対抗するかのように、灰拳は更に規模を大きくしていく。
そして遂に両者の『力』と『力』が、真正面からぶつかり合う。
「灰拳――爆砕ッ!!」
次の瞬間、元の世界すら揺るがしかねない程の力の波動が虚数界にあるもの全てをなぎ倒していく――
◆◆◆
「ふははははっ! 流石だ! 流石は『大罪』だ! 見ろ!!」
いつの間にか宇宙空間へと避難していた『全能』と『全知』は、破壊の波動が地球上を駆け巡る様子を見て歓喜の声を挙げていた。
「もう少し奴等が『力』を発揮みろ! この世界は文字通り消し飛んでいたぞ!! 素晴らしいなぁ、ワクワクするなぁ!!」
「危機一髪。そうとらえるべきだと考えられる。彼等が“遊び”でなければ、実世界も滅んでいた」
「フフフ……その時は、その時だ」
市長二人にとって力帝都市は、否、世界は取るに足らなかった。彼女らの望みは、更に高次元の分野にあるからだった。
「――ここまでの『力』を一体何に使うつもりだ」
そして宇宙空間に飛び出していた最後の一人である魔人は、それまでとは違った神妙な顔つきで二人の市長を見やった。
「何に使う? ……そんなもの、知った事であろう」
『全能』の瞳は既に狂気に駆られていた。そして自らが全能であるということに駆られた傲慢さを超えた感情を爆発させるかのように、『全能』は全てを覆しかねないかのような、野望というには規模が大きすぎるかのような、妄言と一言では片づけられない様な思惑を吐き出し始める。
「……貴様は一度負けた事があるだろう? かの存在に……絶対的な存在に」
「…………」
魔人は腕を組んで黙ったままだった。それは肯定でもなければ否定でもない、沈黙であった。
「……我の願いは一つだけだ。我は――『神』を殺したい」
「ッ……テメェ、下手すりゃオレ以上にイカれてるぜ」
狂気を孕んだ瞳に恍惚とした表情で虚ろを見つめて、『全能』は己が考えに溺れ沈んでゆく。
「我は『全能』、しかし認めよう。『全知全能』では無いことを。『全知全能』ではないことを。故に『全知全能』たる神を殺すことで、我は、我々は『全知全能を超える存在』になりたい。全知全能のその先にある“世界”を見たいのだ」
人間が想像しうる最大限の畏敬の対象――『神』を超えることで、人知の及ばぬ真理へと到達する。それこそが『全能』と『全知』の野望であった。
「貴様とて、神は憎かろう? 魔人」
「…………」
「“語り部”を取り上げられ、自らの“物語”を失った貴様なら、分かるであ――」
言葉より先に、魔人は太陽と同等程度の大きさの暗黒球を『全能』へと叩きつけていた。そして罵声と同時に黒球を炸裂させ、銀河系を揺らがしかねないほどの破壊の衝動をゼロ距離で『全能』に浴びせていた。
「クズが、死にやがれ!!」
周辺の星々が爆発に巻き込まれ、連鎖して破壊の衝動は広がってゆく。
――しかしそれほどの威力でもってしても、魔人の一撃は『全知』『全能』に傷をつけるまで至らずにいた。
「……貴様の今の一撃、通常ならばあの地球を八回崩壊させるほどの破壊力があったはずだった。だが今の一撃ですら我には届かず、そして神を前にして力すら震わせてくれずに散っていく……くくくく、我々の敵がいかに強大か、改めて考えると身震いせざるを得ないな」
「ようやく分かったぜ……この世界のあるべき“結末”ってヤツがよ……!」
魔人はここで初めてニヤリと笑い、そして姿を消すために己を闇の切りで包み込み始める。
「やはりテメェ等はくたばるべきだ……オレじゃなく、この世界の人間の手でもって」
「クククク……それは不可能だな」
「後顧之憂。そんなものなど無い」
傲慢をも凌駕する高慢さを前に、魔人は不機嫌どころか皮肉を吐くときのようにニヤリと笑いながらその場に言葉を残していく。
「クククク……昔のオレと同じだ。だが……人間を舐めるなよクソ共が」
――奴等は、『全能』であろうと凌駕するぞ。
◆◆◆
――同時刻。本来の世界での力帝都市では突然の異常事態に警報が発令されていた。
「落ち着いてください! 第一区画に隣接している区画住民は直ちに避難を!」
それまで実況していたアナウンスですら、緊急速報代わりに避難指示を出している。
「謎の衝撃により絶対障壁が破壊されてしまいました! 市民は均衡警備隊の指示に従って避難を!!」
突然の破壊。その原因は実世界にいる者ではない。
――絶対障壁は実世界及び虚数界にまでまたがっていた。それは今回のような事態に備えて、というよりも今回のような事態を予測して二つの世界に共有させていた。
「励二……」
「…………」
テレビに映る凄惨な光景に、澄田詩乃はひたすらに愛する者の無事を祈り、藁墨神住は対照的に冷静に事態を見据えていた。
「大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。恐らく」
藁墨もまた、虚数界の存在を知識として知っていた。今回の破壊活動、そして突然として打ち切られた榊マコと穂村正太郎の映像。もしかしてがあり得るのならば、虚数界からの衝撃が何らかの形でこの世界に影響した可能性があると推理していた。
そして映像は突然として打ち切られ、画面に映るのは市長の一人の姿となる。
「――諸君。焦ることは無い。力帝都市はこれより本来の在るべき姿に戻るだけだ」
「本来の、あるべき姿……」
「…………」
市長による宣言。それ即ちこの力帝都市における絶対的な宣言。
「これまで力帝都市は、あるルールの中で力の優劣を決めてきた。だがそれでは温い、生温いのだ、市民よ」
今回の障壁が破壊されたことによって、力ある犯罪者が野に放たれる。市長はそれについても言及しながら、これから適用される真の力帝都市のルールを決定づけていく。
「強者はいついかなる時も強くなければならない。繰り返す、強者はいついかなる時でも強くなければならない!! ならばどうだ! ルール無用、犯罪など知った事ではない! どんな世界であろうとも強くある者が真の強者だ!!」
それは事実上の秩序の放棄、崩壊を意味づける言葉となる。
「さあ強者よ、争え!! そして我をも超える力をもって『全知全能』に、我に挑んでくるがいい!!」
――この日を境に、力帝都市は問答無用の最強を決める場所へと変わっていくこととなった。
ギルティサバイバル、それ自体が街に強者を放つための計画であり、壮大な計画の一部でありました。そんな変わりゆく世界で、榊真琴がどう過ごしていくのか、以降の編で掛けていけたらいいなと思っています。




