第二十二話 色欲対高慢
「――色欲対高慢、か。クカカカ……面白いじゃねぇか。この際白黒はっきりさせておいた方がイイかもしれねぇな」
白髪の魔人の視線の先――そこには灰を被ったかのような髪色をして、その瞳には紅蓮を宿したガラの悪い少年と、まるでその少年とは対照的といわんばかりに整った身なりに空ろな瞳を携えた少年が相対していた。
「闘れ戦れ、殺っちまいな。いや殺しちまったら面倒か。まあいい」
そしてこの戦いを間近に見ようという者が、魔人以外にもいる。
「どうだ? 気に入ったか? お互いのお気に入りの駒同士が殺し合いを始めようとしている光景は」
「クククク、この段階でくたばるってんならアイツはその程度だったってことだ」
空間をこじ開けて現れた黒髪の女性。それは力帝都市に住む者なら誰しもが一度は目にする姿であり、そしてこのイベントの主催者の一人である人物。
「当意即妙。貴方の場合その場その場でやっていくしかない」
もう片方もまた、第零区画から高速飛行を行うことで魔人のすぐそばまで飛来した、力帝都市の市長の片割れ。
「クカカカ……テメェ等、茶々入れて邪魔するってんならオレが直々に潰すぞ」
「フフ……どうかな。この我々に――」
「――全知全能たる我々に、魔人の貴方が勝つことができるとでも?」
『全能』、そして『全知』。この両極の究極的存在もまた、この戦いに深い興味を示していた。
「『大罪』……これが貴様にとっての切り札か」
「悪逆無道。人智を超えた存在を超えるための歪な存在」
「好き勝手言うじゃねぇか、『成り損ない共』が」
その瞬間、ジャキンという音と共に何もない空間に双剣が現れ、魔人の両端から刃が喉元へと突きつける。
「……我々は『成り損ない』では無い。貴様に我等の理解など、到底できる訳が無い」
「斬新奇抜。魔人程度では到底理解に及ばない。足元にすら及ばない」
『成り損ない』という単語に、両市長は共に過敏な反応を示す。それはただ単にプライドを傷つけられたからというだけでは無い、まるで言われたこと全てを否定するかのような過剰な反応だった。
「オイオイ、ここでオレを潰したらイレギュラーが発生するけどいいのか?」
「無稽之談。既に先は見えている」
普段感情を露わにしない『全知』であったが、この時は空間に浮かぶ剣を操る腕を震わせている。
「……やめておけ、我が片割れよ。こいつを消すことはいつでもできる」
「…………」
『全能』の言葉によって『全知』は静かに空間から剣を納めたが、それでも感情としては不快感をあらわにしている。
「テメェ等の相手をするのもいいが、そろそろ始まるみたいだぜ?」
――バケモン同士の殺し合いがよ。
◆◆◆
「キャーハハハハッ! オレ様を差し置いて目立ち過ぎた罰だ! ……死ねよマジで」
狂ったように笑いながら穂村は己の髪の色と同じ灰燼を、そして己の瞳の色と同じ火の粉を交えさせて舞わせ、攻撃を仕掛ける体制へと移っていく。
「まったく、相手がキミだと干渉ができないから面倒なんだよねぇ」
「そりゃそうだろうよ!! オレ様がテメェの力を喰らうとでも思ったか!!」
灰燼までもが熱を帯びて紅く染まり始め、その場の熱気はもはや人がまともに立っているには熱すぎる温度へと上昇していく――
「鬼塵煉葬――」
――熱は不可視の刃を模り、怪人の一声で暴走を始める。
「――暴灼舞刃」
「ッ!」
見えない剣がその場周辺に幾つもの焼切ったような斬撃跡を残し始めた瞬間、真琴は即座にその場から引き下がる様にバックステップを繰り返す。
「最初の一手がそれって、遊びのつもりかい!?」
「なぶり殺しにするつもりだ、バァーカ」
一歩一歩とウツロの後を追うアッシュが中指をたてるサインを出すと同時に、熱刃による斬撃は更に苛烈に攻撃の手を強め、そして徐々に徐々にと攻撃範囲を広げていく。
「さぁて、どうするつもりだ? 一番最後にできた、『新米野郎』が――ッ!?」
減らず口を叩きすぎだといわんばかりに、アッシュの首から上に一閃、青白いレーザーが文字通り顔に風穴を開ける。
振り向きざまに放たれた一撃。ウツロは今までのような派手な遊び技ではなく、確実に相手の首を獲る技を使ってアッシュを仕留めようとした。
「熱に頼らない冷却レーザー……これなら灰になってバラバラになることも――」
「ザァンネン。それはオレ様本体じゃないんだなコレが」
しかしアッシュもまた乱暴な口調で荒々しい攻撃を好んでいたが、狡猾さにおいても決して引けを取ることは無い。真正面からダミーに攻撃を仕込んでおいて、最後の最後に止めを刺すために自身は舞い散る灰燼に紛れていたのである。
「灰装脚ッ!」
空間に塵芥が集約し突然として現れ、そして地面に手をついてカポエラのように熱刃の付いた右足で回転蹴りを繰り出す。
ここで背後からの攻撃は予測できなかったウツロであるが、即座に前方の空間をこじ開け、そして界世へと姿を消してはまた空間を破って世界へと姿を現す。
「ケッ、白けるような回避してんじゃねぇよ」
「流石に今のは危なかったよ。ボクはキミと違って体が真っ二つになっても大丈夫じゃないからね」
そしてここまでが準備運動であったといわんばかりに、アッシュは改めて相対しそして挑発とも取れる笑顔を作りだす。
「退屈しのぎにはなりそうじゃねぇか」
「おっと、もっともてなしてほしいならそう言えばいいのに」




