第二十話 入れ替え
戦いはもはや単体の能力同士の戦いではなくなっていた。
「まさか魔法まで使えるって……それおかしくないの?」
「何もおかしいことは無い」
否、おかしい。
通常であれば魔法使いか能力者、どちらか片方の道しか開かれていないはず。少なくとも俺はそう確かに聞いている。
だが目の前にいる敵にはその理が通用しない。
「左手に重力……来るッ!」
「沈むがいい!!」
ヴァーナードが地面に左手を叩きつけると、その場の重力が何重倍にもなって周囲全てに襲い掛かる。
「ぐ……り、反転!!」
重力を斥力へと反転、地上から吹き飛ばされながらも俺はその場から離脱を計ったが――
「離脱行為は無駄だと教えた筈だが」
「くっ!」
即座に背後をとられ、背後から強烈な蹴りを加えられる。
「がっはぁ……ッ!」
女の子の背中に容赦なく蹴りを入れるとか鬼畜かよこいつ――なんて冗談が頭をよぎる前に、俺は地面へと叩きつけられる。
「げほぉっ! うぇええ……」
久方ぶりに感じる激痛。これが身体能力を反転強化していなかった場合どうなっていたのか。
「げほっ、ごほっ……」
あー、やばい。帰りたい。ちょっとここ最近調子に乗り過ぎた気がしなくもない気がする。
そんなDランクの考えが脳内をよぎった途端、俺の中を負の感情が支配していく。
「ハハ……結局あたしなんて、力を貰っても何にもならない役立たずなんだ……」
「……今更泣いて命乞いをする、か。どいつもこいつも、絶対的な死を前にして脆いものよ」
確かに俺は、脆いのかもしれない。脆弱なのかもしれない。
「だからこそ、幻聴に耳を貸しちゃったりするんだろうなー」
――だよな? 色欲。
――“ヘルプならいつでも交代するよ。何せボクにとってもキミは――”
「――死んでもらっちゃ困る存在だからね」
「……ん? 男に反転とは、やはりデータ通り。そして元の姿に戻って潔く死を選ぶか」
少女は少年へと反転し、ボロボロになった身体を無理矢理起こしては死刑執行人に背を向けたままその場に立ちつくす。
ヴァーナードは勝利を確信してほくそえんだが、その笑みもすぐに消えることになる。
何せこれからの相手は、たかが能力者程度では到底及ばないほどの化物と相対することになるのであるから。
◆◆◆
「出たか。ヴァーナードと榊真琴の戦いの映像を今すぐジャックしろ」
「すでに済ませてあります」
「穂村の方も注視しておけ。『暴君の心』とぶつかった今、何が出てきてもおかしくはない」
第零区画。二人の市長が君臨する、聖域に等しい区画。『全能』はモニター越しに移る榊の変貌を即座に見抜き、そしてそれらが表だって公表されないように即座に映像に規制をかけるように『秤』へと指示を下していた。
「いやはや、これが一体何の役に立つのでしょうか。大罪を同時に二つも顕現させようなんて――」
「クククク……そんなこと、知れた事よ」
大きな計画を何のリスクも無く成功できるはずもない。そんなこと誰でもわかりえること。それが世界を一変させるものとなるならば尚更に。
しかし彼女は確信している。この計画は決して失敗しないことを。
「さて、其の力を見せてもらおうか。稀代のトリックスター、否――」
――最後の大罪、ウツロよ。
◆◆◆
「止めを――ッ!?」
右手に光弾を握りしめたヴァーナードの足が止まる。それは止めを刺すことに躊躇してのことではない。
目の前の敵がまだ完全に沈黙しきっていないことに、そしてあまつさえこの期に及んで戦おうとする姿勢を見せていることに。
「……反転しなければ、能力は使えないはずだと市長から聞いていたはずだが」
「そんな事はどうでもいいけど……さて、遊ぼうか」
――全てを終わらせるこの力で。




