第十一話 戦闘屋
今回は日向&ヨハンの話を三人称視点の文章で進めさせてもらいます。
「ふぅ、準備運動くらいにはなったかねぇ」
『破壊神』と元『血も涙も無い男』に戦いを挑んだ結果、凄惨な光景がお茶の間のテレビに映し出される。
氷漬けの生身入り氷像が不規則に立ち並び、解放骨折や複雑骨折、更には大量出血で真っ赤な血液をばら撒いてその場に倒れる者が二人の周りに文字通り沢山転がっている。
「わしらに手ぇあげるっちゅうことは再起不能になること覚悟の上やいうことやろ?」
「おーおー、相変わらずおっそろしい能力だねぇ」
片や元低温能力最強、片や人体含む全てにおいて破壊のスペシャリスト。そうなればこのような現状など二人にとっては起こって当然の出来事である。が、実況を含めお茶の間のほとんどが画面に規制が入るかもしくは規制抜きの惨劇に絶句しているかのいずれかが起きている事を二人は知る由もない。
「さぁて、区画変動が起きていないなら確かこの編に廃業になったという設定のスーパーがある筈――」
髭面の男――ヨハン=エイブラムスがそうやって辺りを見回していると、前方から突如として土煙が上がると共に、地面を揺らすような轟音が鳴り響く。
「……どうやら既に取り合い始まってる感じかねぇ」
「いや、どう考えてもちゃうやろ」
土煙が晴れた先――真っ赤に染まったニット帽を目深に被る一人の少年の姿がその場に現れる。
「ハァ、ハァ……お前達!! いくら相手が犯罪者だからといってこれだけのことをしていいと思っているのか!?」
「なんやあれ。ヒーローごっこかいな」
「ヒーローごっこじゃなくて、ヒーローそのものじゃないの?」
以前緋山から聞いていた、この力帝都市の不特定のどこかで活動しているという『英雄』が今、目の前に立っている。ヨハンはその特徴的ともいえる赤い帽子を被った少年を見て、すぐに理解した。
「こんなものに励二が憧れていたとはねぇ」
「まだまだガキやいうことやろ。詩乃ちゃんと付き合い始めたんやからそんな子どもみたいな趣味辞めればええのに」
「男の子ってのは何時までもヒーローとやらに憧れるものじゃない?」
余裕綽々の二人に対し、赤い帽子の英雄――レッドキャップは即座に戦う姿勢を見せている。
「今ここで、お前達を止めてみせる!!」
「ほーん、ほならやってみいや」
正義のヒーローとしてレッドキャップは至極当然の台詞を吐く。しかし受け手の日向はというと、レッドキャップの勇む姿を過去の誰かと重ね合わせながらも、その過去を否定するかのように冷静に右手を静かに構える。
「お前達がどんな力を持っていようと、僕は負けない!」
「ホンマに? ほんなら――」
――1発でぶっ壊したるわ。
日向はそれまでののろのろとした動作から一転し、視界から一瞬で消え去るレベルのスピードでもってレッドキャップのすぐそばを通り過ぎる。
「なっ、速い――ッ!?」
次の瞬間にレッドキャップの全身を強い衝撃が襲い、そのまままるで遅れてきたかのように、右の拳を正拳突きの構えていた日向の後を追うように吹き飛ばされる。
「が、は――」
「……完全骨折十四か所、不完全骨折三十八か所、打撲及び裂傷は無数――」
日向が振り返れば入れ替わるようにレッドキャップは近くの壁に叩きつけられ、登場と同じように土煙を上げてその場に倒れ落ちる。
「この状態で立てるんやったら、あんたはバケモンと名乗ってええで」
日向は決め台詞のように言ったが、彼女の能力を推してみればまさにその通りといえるだろう。
破壊自体はあくまで結果としてが目に見えるものであり、要因は様々なものが絡み合ってその事象が発生しているのが通常である。しかし『破壊者』にとって、そんな原因などというものは必要など無かった。
結果ありきの破壊過程を、イメージするのみ。この場合、日向久須美は通り過ぎる一瞬にして数多の打撃をレッドキャップに加え、致命的なダメージを与えることだけをイメージした。しかし事実として日向は通りすがりざまにレッドキャップの身体に右手で軽く触れてそのまま通り過ぎただけであり、破壊の原因である打撃など一切加えていない。
原因不明の破壊活動。それが『破壊者』の真骨頂であり、元Sランクとして今でも恐れられている一因でもあった。
「ほな、いこか」
「おーおー、相変わらず子供にも容赦ないねぇ」
「当たり前やろ」
日向はその場に唾を吐き捨て、この反吐が出るような現実を淡々と冷静に述べ始める。
「あんたこそいつからそんなに甘くなったんや? 元々わしらは生きるか死ぬかの極限の中戦ってきたんやろ? それをランクを返上しただけでそんなに温いもんになるんか?」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど――」
「ま、待て……」
「ん? ……やるやんけ、あのガキんちょ」
日向がこうして素直に相手を評価するのは珍しいものだと、長い時間傍にいたヨハンはボロボロになりながらも立ち上がろうとする少年に少しばかり関心を持ち始めた。
「悪い奴は、絶対に許さない……!」
「はぁ……そもそもこの場所においてわしらのやったことは正当防衛に過ぎんわ。それに過去の罪は既に清算し終えとるし」
「それでも……ッ、僕がいる限り、この世界に……悪は栄えないッ!!」
「……ほんまに一言一句あの時のあいつと同じ喋りしおって、ムカつく奴やな」
日向の苛立つ声を聞いたヨハンは少年の無事を祈りながら、これから起こるであろう二人の凄まじい戦いを見届けることとなった。




