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第二十話 ラグナロク論

「ねえ励二、そこのお肉とってよ」

「これか? 野菜もつけといてやったからちゃんと食えよ」

「はっはっはっは…………若いくせに食い過ぎだ励二!! たった今より、お前の皿から肉を没収する!!」

「ハァ!? 普通逆だろおっさん!? マジむかつくわ!」

「だからってボクの肉を取らないでもらえるかな? そもそもキミが先輩であるボクの分まで買わないのは、少々おかしな話だとは思えないかい?」

「全く、静かに飯を食えんのかいな」

「…………」


 な、何なんですかこの騒ぎは。というか鍋“パーティ”のはずだよね!? どうしてこんなに殺伐とした肉の奪い合いになってんの!?


「そんな事より励二くぅーん」

「あぁん?」

「君はいつの間にそんなプレイボーイになったのかねぇ。昔のお前は詩乃ちゃん一筋だったのに、もう一人女の子を連れ回すようになっちゃってまあ」

「違ぇよおっさん、こいつは詩乃の友達だ」

「本当かねぇー」


 多分身長は二メートルくらいあると思う。顔の彫りが深く、顎には無精ひげを生やし、季節に合わない分厚い革のコートを着ているダンディな中年の男の人は、どうやら俺のことを女だと思っているらしく(いや実際見た目は完全にそうだけど)、さっきからニヤニヤとした様子で俺と緋山さんを見ている。


「いやー、それにしてもまさか君がおっぱい星人だったとはねぇ。詩乃ちゃんも中々だけど、新しく来た子も――」

「言っておくがそいつ元は男だぞ」

「ってはぁ!? 嘘でしょ!? こんな可愛くてボインボインな子が!?」


 うわ、表現が古臭ッ! っていうのはおいておくとして、実際本当の話なんだよね。


「緋山さんの言う通り、実は男です」

「そんな馬鹿な!?」


 俺は緋山さん達の目の前で、服ごと全てを反転させる。するとそこには、男としての普段着を着た、男の俺の姿が皆の目の前に露わになる事に。


「ふーん、おもろい能力やないの。すずめもこれくらい騙し切るようになりーや」

「いやいや、流石にボクでもここまでは無理ですよ。ボクは所詮人形(にんぎょう)を操る程度の力しかありませんから」


 俺の反転に対して興味深そうにしているのは、髪がぼさぼさで目の下にくまをつくっている女の人と、俺を殴った嫌な男みたいに妙に笑顔でニコニコとしている銀髪の青年だった。

 女の人は「べらんめい」という胡散臭いシャツを身に着けており、いかにもインドア派ですとでも言いたげな雰囲気を醸し出している。

 そして女の人からすずめと呼ばれた人はというと、俺と同じ上等学院高校の制服を着たまま、上品に鍋をつついている。


「そういや紹介が遅れたな。こいつは俺と同じ学校の後輩の榊だ」

「おや、でしたらボクの後輩にもなりますね。ボクの名前は之喜原のきはらすずめ。Bランクの能力者です」

「能力名は『人形ドール』。人形を操る力と、人を騙す力を持っている」

「おっと、それはボクへの営業妨害と受け取りますよ」

「どうせこいつも利用する気だろ? てめぇの腹の底なんざ見え見えなんだよ」

「まさか、可愛い後輩を利用するわけ無いじゃないですか」


 その割には物凄く怖いオーラが出ていなくもない気がする。


「わしは日向ひゅうが久須美くずみ。このアパートの大家をやっとる。そしてそこにいる穀潰し――もとい家賃未払いのボケがヨハン=エイブラムスっちゅう男や」

「穀潰しとはどういう事だ!? この殺伐としたアパートに癒しを与えている貴重な存在じゃないか!」


 いやその図体とダンディボイスで癒しを求めるのは少々難しいかと思いますが。

 とにかくこのアパートに住んでいるのはこの五人のようで、なんとも特徴的とでも言いますか、尖った性格をそれぞれお持ちの様子で。


「何が殺伐とした、や。わしの物件に文句言うんやったら出ていきさらせ!」

「違うってば! そういう意味で言ってるんじゃないって!」

「…………」

「お前ぼけーっとしてみているけど、あの二人両方とも元Sランクだからな」

「えっ!?」


 あんなのでもSランクなの!?


「日向さんの方は『破壊者デストロイヤー』っていって、目についたものを破壊することができる能力者。ヨハンのおっさんの方は『冷血漢ストーンコールド』っていう低温能力最強の異名を持っていた」

「持っていたってことは……」

「今は別のやつが『冷血クルエル』って能力で持っているらしい。俺も詳しくは知らんが」


 ひえー、そんなに強い人と今まで同じ食卓でご飯食べていたのか。


「ここは元Sランクだった二人が、戦いに疲れたからとランクを捨ててまで作り上げた居場所だ。俺と詩乃、そして之喜原はあの二人のおかげで、どんなに面倒事に巻き込まれようがここでは平穏に住むことができている」

「あの二人って結婚しているんですか?」

「してはいないらしいが、長年の付き合いはあるって話だ」

「へぇー……」


 俺は鍋の出汁の美味さに驚きながらも、ご飯と一緒に鍋の具を口へと運び続ける。


「しっかし、詩乃ちゃんは相変わらず料理が上手だねぇ。俺のとこに嫁に来ないか?」

「あ、あはは……」

「おっさん年齢差を考えろよ……」


 それにしてもにぎやかな食卓だと思いながら、俺は菜箸に手を伸ばした瞬間――


「――ふむ、ここは随分と平和な世界ですねぇ。私にとっても理想的です」

「ッ! 詩乃!」


 緋山さんは急いで澄田さんを自分の元へと抱き寄せ、俺の前には日向さんが立ちふさがり、残った之喜原さんとヨハンさんがそれぞれ戦闘態勢に入る。

 そして俺が隙間から見たのは、丸サングラスをかけて黒の帽子をかぶった老人が俺が取ろうとした菜箸を握っている姿だった。


「家の中はいる時は帽子取れと教えられんかったんか?」

「これはこれは、失礼」


 老人が帽子を取ると、そこには坊主となった頭が顔を出す。しかしその場の誰一人もが笑わず、その丸サングラスの奥に潜むわずかながらの邪な何かを感じ取っていた。


「私の名はオルテガと言います。以後よろしくお願い申し上げます」

「はっ、老人が何の用だ? 言い分次第ではこの場で氷像になってもらうが」


 そういうヨハンさんの腕には既に氷がパキパキと顕現し始めており、今にもこの場所を冷凍庫内部と同等の気温に変えようとしている。

 そして之喜原さんはというと、手下としている人形にナイフを持たせてオルテガと名乗る老人を囲むように配置を済ませている。


「一人で戦闘禁止区画に乗り込んできた勇気だけは褒めましょう。しかしこの場所を侵すつもりならば容赦はしません」

「まさか! 私は争いごとをしにここに来たわけではありません」


 オルテガはこれだけの能力者を前にしても一切動じることなく、鍋が置かれているちゃぶ台の近くへと腰を下ろす。


「今回私は、いえ我々は協定を結びに来たのです。この一切の争いごとを禁じるひなた荘と、我々ラグナロクとの共同戦線を」

「ラグナロクだと……?」


 聞いたこともない名前――っていうかラグナロクっていえば、神話でいうところの最後の神と巨人との最終戦争を表すあれだよね?


「はい。我々は、貴方達の境遇が痛くわかります。力があるが故に皆から狙われ、ひと時の安寧すら許されないというこの都市の規定に狂わされてきた貴方達の気持ちが」


 オルテガの言葉に引っかかるところがあるのか、澄田さんは神妙な顔つきで問いかける。


「……何が言いたいの」

「おやおや、貴方なら特に身に染みておられると思いますよ。元Sランク関門の澄田詩乃さん」

「ッ! てめぇが詩乃の何を知っている!!」


 オルテガが澄田さんのことを知っているような素振りを見せた途端、緋山さんがまるで爆発するかのような熱気を右腕に纏わせ始める。


「さて、どこまででしょうか。それと、そのようなものはここで使うと皆に被害が行きますのでやめませんか?」

「てめぇ一人だけこの場でブチ殺せれば十分だろ! うちにいる他の奴らは回避手段位持ってるしなぁ!」


 あれ? 俺どうやって回避するの?


「待ちぃや励二! こいつシバくのは後でもできるやろ!」

「だって日向さんこいつは――」

「落ち着けや。詩乃ちゃんにはあんたがついとるやろ。それにいざという時はあのふざけた魔人もおる」

「……チッ、分かったよ」


 緋山さんが何とか矛を収めたところで、オルテガは自分の所属する組織がどれだけ素晴らしいかのアピールを始める。


「我々は力を持たぬ者、そして力を持つ者をこの世のしがらみから解放するのが最大の目的の組織であります」

「具体的には、どういう意味で?」

「たとえばヨハンさん、貴方もワケあってSランクというこの都市では最高の名誉であるはずのものを捨てた。例えばその時、捨てる必要が無かったとしたら、貴方はSランクというものを捨てていませんでしたか?」

「何が言いたいんだ。俺としちゃ、あんまり人の過去を掘り返すようなマネはお勧めできんがなぁ」

「いえいえ、たとえばの話ですよ。そう、この都市では力の強い者は弱いものの嫉妬や妬みの的となり、弱い者は強い者の憂さ晴らしの相手でしかない。ならば、この両者を同じ立ち位置にすれば、どうなるでしょうか?」

「意味分からん。日本語で喋れや」


 日向さんの言う通り、意味が分からない。ただの狂言回しとしか思えないほどに荒唐無稽な話だ。


「フフフ、いずれ分かりますよ」


 オルテガは不敵な笑みを浮かべると、足元に魔法陣を光らせ始める。


「今回は軽い自己紹介という事で、またいずれお会いしましょう。では」


 そう言ってオルテガは不穏な空気だけをその場に残し、魔法陣と共に消えて行く。

 俺は何となくこの件が何かに繋がりそうな、全てが嫌な方向へと動き出しそうな気がした。

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