第二話 チェンジ・ザ!
「くっそぉ……」
結局この日も能力なんて発現しないし、相変わらずいじめられるわ勝てもしない相手と戦わされるわ、散々な日々。ようやく表通りに出てきたところで、俺はブティック店の壁に寄りかかって乱れに乱れた息を整えにはいる。
「ったく、俺の身体はもうボロボロ……」
日も暮れる時間帯。周りには俺と同じような高校生が下校を始めている。普段ならもっとボロボロの姿を見せてはひそひそと話される事はあるが、今回は服も少し汚れたぐらいで済んだのか、周りから奇異の目を向けられるくらいで――
「――ん?」
それにしてもさっきから肩が痛いっていうか、胸が痛い。いや、恋しているわけじゃないよ?
さっきBランクの穂村から逃げ始めてから、実は少しずつ体に違和感を覚えていた。そこはまあいい。ただ問題は明らかに培われてきた逃げ足を考えると息切れするのが少々早すぎる。
てか制服がきついんだけど。主に胸のあたりが――
「――胸のあたり? んん!?」
俺は急いでショーウインドウと向かい合い、自分の姿を確認した。そしてその見慣れぬ姿に絶望した。
「ッ!? ……な、何じゃこの淫乱ピンク女はぁああああ!?」
男物の制服をぱっつんぱっつんに盛り上げているお、おっぱい!? それに俺は髪を染める主義じゃないのにピンク色の髪になっているし!? そして何よりも――
「俺、超声変わりしてる……」
声も男の声から、きゃるんとした感じの少女の声に変わっている。
「……でも自分で言うのも何だがダウナー系なのは変わりないんだな」
顔も同年代の女の子そのものだが、ただ一つ、活気の抜けた目つきだけは少女の姿になっても変わる事は無かった。
「……と、とにかく服をどうにかしないと……」
「おい」
俺は聞き覚えのない声をかけられ、唐突に固まってしまう。
「俺が聞いていた話によれば男のはずだが……あんたもしかして榊真琴か?」
なっ、なんで俺の名前を知っているんですかねぇ……。
「……あ、あんたこそ、誰?」
「俺か? 俺の名前は緋山励二。『粉化』って言った方が分かりやすいか?」
俺は恐るおそる後ろを振り向きながら、その聞き覚えのない能力名を復唱する。
「イ、『粉化』さんが何の御用で……?」
振り返った先には、俺と同じ学校の制服を着た男の人の姿が。穂村とかいう奴とは違って落ち着き払った態度をとっているが、明らかにこちらに対して友好的とは思えない視線を向けている。
「炎を司る能力の最高峰――Sランクとして、能力が発現したお前の実力を測りに来た」
げぇっ!? Sランク!? てか思い出した! 俺の通っている上等学院高校の一つ上の学年に、一人だけ最強クラスのSランクがいるって!
「ななな、なんでSランクが俺に!?」
「知るかよ。俺は『魔人』にただ一言“試して来い”とだけしか言われてないからな」
そう言って緋山と名乗る男は足元に広がるアスファルトを臙脂色に染め上げ、明らかな敵対姿勢を取り始める。
「どんな能力かは知らないが、少しでも楽しませる努力はしてもらうぞ」
緋山は既に臨戦態勢に入っているみたいで、周りの地面が同じように臙脂色に鈍く光り輝き始め、ボコボコとマグマが吹き出で始めている。ってかマグマって!? 流石にヤバすぎでしょ!?
周りの市民も気づいたみたいで、俺達の周りから避難するかのように近くの建物や物陰へと姿を消していく。
その場に残ったのは、俺と緋山だけ。
「……もうやだぁ!!」
俺は両胸についた脂肪を揺らしながら、急いで緋山の元を走って逃げようとした。ってか胸が擦れて痛い!? というか揺れて全体が引っ張られて痛いんだけど!?
そう思いながら走って逃げようとしていたら――
「――えっ!?」
「ああ、一つ言い忘れた」
そんな俺の行く手を阻むかのように、遠くではビルをも軽く超える高さの巨大な壁が建ち始めている。
慌ててまわりを見回すが時すでに遅し。この区域を取り囲むかのように、巨大な壁が四方に立ちはばかりあたし達を取り囲む。
「Aランク同士の戦い以上のものとなると、この都市はこうして被害を広げないように付近を封鎖される。Aランク以上になるのなら覚えておけ」
覚えておくも何も、俺は――
「――Dランクなんですけどぉ!?」
……数拍の間が開いた後、緋山の表情が変わる。
「なっ……ハァ!? おいおい、冗談だろ……?」
「本当だってば! これを見てよ!」
そう言って俺は懐から黄色いDランクのカードを取り出すと、急いで緋山の目の前へとかざす。
「ほら! 見てよ! 確かに今俺は女かもしれないけど、あんたの言っている榊真琴ってのはどう考えてもDランクじゃん!」
「……偽装している可能性は――」
「しないから! 絶対に!」
涙目の必死な訴えにひとまず沸き立つマグマは収めてくれたものの、緋山はそれでもいぶかしげにこちらを見て、カードを見て、そして手元の携帯端末を見比べている。
「……チッ、あの『魔人』め。嘘の情報寄越しやがって……」
ふぅ、何とか信用して貰えたみたい。
「でもなーんか怪しいんだよな……Dランクと戦うにしても壁がせり上がってくるのはおかしい……正式に登録してあるならなおさら――」
「ほ、ほら! 誤作動とかあるかもしれないじゃん!? あんたがSランクなのは確定なんだから、それで作動しちゃったかもよ!?」
「……チッ、分かったよ」
緋山はようやく諦めてくれたようで、地面に黒々しい焦げ跡をその場に残して立ち去ろうとする。
「はぁ、ようやく帰れる――」
「あっ! 励二ー!」
「えっ?」
「ん? なんだ詩乃か――って、こんなところにいたら危ないだろうが」
「別に大丈夫だって! いざとなったらまた透ければいんだから」
おかしい。この場にいたのは俺と緋山の二人だけのはず。なのに振り返った先には天真爛漫な笑顔を浮かべる少女の姿が。うわー、当たり前だが今の俺より女子力の高いレースのスカート穿いているようで、胸の大きさも俺と負けてねぇし……いやいやいや! そういう事で張り合っている場合じゃないが!
「ちょっと出かけるだけだってのに過保護かお前は。てか俺の方がランクも実力も上だっつぅの」
「でもやっぱり気になるもん! 励二ってばすぐにとんでもないことに首つっこんじゃうんだからさ」
「お前は俺のおふくろかよ……」
「むぅー、どっちかっていうと将来を誓い合った仲でしょ?」
「バカッ! 人前で適当な恥ずかしいこと言ってんじゃねぇ!」
あーうぜー。目の前でリア充よろしくいちゃつかないで貰えますかねぇ。
「……で、そこの人は誰? まさか浮気相手?」
え? どういうこと?
「違ぇよバカ。『魔人』に言われて俺は小手調べしに来ただけだ」
「そっか……で、結局どうだったの?」
「どうもこうも、小手調べの相手がただのDランクだったってだけだ。あいつが適当言ってまた遊んでいるだけかもしれねぇ」
「へぇー……」
緋山から詩乃と呼ばれた少女は、何やらたくらみをもった表情で俺の方へと近づいてくる。
「私、澄田詩乃っていうんだー……ねぇ、どうして男物の服を着ているの?」
「それは…………俺が元々男だったからです」
「へ? それってどういうこと? 意味わかんないんだけど」
「それはこっちもなんだ。Bランクの関門の穂村から逃げている時は確かに男だったはずだけど……」
緋山は俺の口から出たとある男の名前に眉をひそめる。
「穂村だと……ああ、最近必死こいてランクを上げているあいつか……」
「今はそんなことはどうでもいいでしょ励二。で、それから?」
それからー……えぇーと。
「ここまで走って逃げてきたところで、俺の身体に違和感があったんだ。それでショーウインドウに映る自分を見てびっくり、ってところ」
「ふーん……何かの能力が発動していないとそうならないよね」
「もしくは、外から魔法をくらったか……まあ性転換の魔法なんざ誰が得するんだって話だが」
本当に誰得なんだよこのおっぱい。我ながらふにふに柔らかいし初めて女の子の体を触れるとか感動ものだけどさぁ、それが自分の身体でしかも小型のリュックサックを前で背負っているような重さが常に付きまとうとか……。
「はぁ……」
「……ねぇ、取りあえず女の子の服に着替えようよ。そのままだと色々とマズいと思うんだけど」
確かに澄田とかいう人の言う通り、胸が重いしきつい。どうにかしたい。
「ひとまず服を買いに行こう! と言いたいところだけど――」
あれー? 澄田さんどうして挑発的な笑みを浮かべているんですかー?
「元Aランクの『晴れ女』として、本当にDランクかどうか見ておくべきかもね」
「おいおいやめてくれよ」
「大丈夫だって励二。いざという時は透ければ物理系統は全部避けれるんだから」
「物理系統じゃなかったらどうするんだよ……」
え? どういうこと? どうすればいいの? てか澄田さんもAランクなの!? 元ってところが気になるけどさ!?
「とりあえず私が勝ったらきみを着せ替え人形にするから!」
「ちょっと待って!? どういう意味それ!?」