番外編 ブレイク・オブ・ワールド 前哨戦 ~オーヴァチュア~
今回は三人称視点です。そして次の編でどのようなバトルが繰り広げられるのか、ほんの一片垣間見れるようにしてみました。
「――なんだこのシケた戦場は?」
「無論、貴様の知っての通り、第一区画だ」
環境としては第十四区画が一番近いと考えられるだろう。ただし、荒れ果てた環境はただ人が去って寂れていったからというわけでは無く、この場合想像を絶するような戦いが行なわれた跡地といった方が正しいであろう。
――第一区画。真の意味での戦闘区画。一歩足を踏み入れれば最後、最低でもAランク以上の戦いに巻き込まれることは間違いないとされる最凶最悪の区画である。
しかし今回その場にいるのは『全能』という異名で怖れられる力帝都市市長の片割れと、白髪の魔人の二人だけ。それ以外はその場に一切の人の気配はせず、嵐の前の静けさという表現がぴったりといえるだろう。
「他の者は一時的に退避させた。この場に居座って戦いを見届けたいと刃向かう者もいたが、無理矢理捻じ伏せてご退席してもらった」
「ケッ、どうせなら死ぬ前に神の力を拝んでから逝っちまえばイイ思い出になるんじゃねぇの」
「クククク、まあそういうのもアリかもしれないが、彼等はまだ捨て駒として使い捨てるにはもったいないのでね」
しかしながらそれ以上の会話は長ったらしいといった様子で、魔人は指をパキパキと音を立てて鳴らし、首をゴキリと捻って準備運動といわんばかりにその場で軽い跳躍を始める。
「しっかしまさかテメェの方から滅されるのを志願するたぁ殊勝じゃねぇか。何か可笑しいモンでも喰ったか?」
「何を言っている。このままだとこちらの予定通りに黙っていてくれそうにないからここいらでどちらが優位に立っているのか、一度知らしめておこうと思ってな」
そういうと『全能』は軽く手で撫でるかのように目の前の空間を一薙ぎし、立体魔法陣を生成し始める。
「アァ? 召喚術とは舐めたマネしてくれてんじゃねぇか」
「クス、それは懐かしき『敵』を目の当たりにしても同じことを言えるか?」
そうして目の前に現れたのは、一人の少女――否、一体の天使だった。
「……『ガブリエル』か」
濁りきった魔人の深紫眼とは対照的な、澄んだ檸檬色のぱっちりとした瞳。年齢としては榊達と同等程度の外見であるが、天使というものは数百年以上もの時を超えて神に仕えていることから雰囲気は外見ににつかわず落ち着きはらっている。
「おっとすまない、これは熾天使ではなかったか」
「……オレをコケにするのもその辺にしておけよ……虫ケラが――ッ!」
不敵な笑みをこぼす『全能』に苛立ちのピークが来ようとしていたその瞬間――それまで大人しかった『ガブリエル』が、魔人の殺意を感じ取った途端に光の矢を放ち強襲を仕掛けてきた。
「チッ――」
魔の力とは正反対の、聖なる力の集合体。例えるならマイナスに対するプラスであり、マイナスの集合体ともいえる魔人にとっては一発攻撃を受けるだけでもその肉体と打ち消し合い消滅してしまう。
「チッ……だが俺の知ってるガブ公とは違うみてぇだな。あの天使のくせして小悪魔としか思えねぇような面構えだけは一緒だけどよッ!」
お返しとばかりに小型の炸裂する黒球を繰り出すも、『ガブリエル』の正確な光の矢の前に全て撃ち落とされると共に、放たれる光の矢の本数は更に増してくる。
それを見ていた『全能』はまずは上手くいったといわんばかりに笑みを更に大きくし、自慢げにこう述べた。
「安心しろ。ガブリエルの神霊力のほんの一部を受肉させただけの紛い物だ。本物に比べれば――」
「それを聞いて安心したぜ」
紛い物と聞いた瞬間――魔人はそれまでの対応がまるで子ども相手にわざと苦戦しているフリをする大人だったといわんばかりに今までにないスピードでガブリエルの眼前数ミリへと接近する。
「紛いもんなら遠慮なくブチ殺しても構わねぇよなァ!?」
そこから先は、魔人による一方的な蹂躙といった方が正しかった。右手でガブリエルの顔面を掴み上げると即座に下腹部に回し蹴りを打ち込み、更に追い打ちをかけるかのように吹っ飛ばされるガブリエルに対して更に残虐的で暴力的な連打を浴びせる。
「…………」
「ヒャハハハハッ! まるでダッチワイフでも殴ってるような気分だぜェ!! そぉらよォ!!」
トドメとばかりにガブリエルの顔面を踏み抜きそのまま地面へと押し付けると、更に地面を滑走するかのように土ぼこりをあげながら削り上げていく。
そして仕上げといわんばかりにそのままサマーソルトで顔面を蹴りあげると、その場から巨大な三日月の刃を延長線上にはるか彼方へと蹴り飛ばしていく。
「ヒャーハハハハァ!! 真っ二つになっちまいなァ!!」
一瞬にして刃は第一区画の外側――普段Sランク同士での戦いで設置される障壁の百倍以上の強度を持つ障壁へと突き進み、そしてそこで求まることなく壁を天地丸ごと真っ二つに切り裂いていく。
「おっとぉ!? 外にいるヤツ等もブッ殺しちまったかなァギャーハハハハハッ!!」
足元に転がる真っ二つに分かれた死体を前に、魔人は狂喜に身をよじらせる。
「さぁーて、これでどっちが格上か、その欠陥脳みそでも理解できたんじゃねぇかぁ!?」
「……ククククク」
しかしそれこそが本当の狙いだったといわんばかりに、『全能』は今度こそ笑い声を上げずにはいられなかった。
「ハハハハッ! やはり貴様は我の手のひらの上で踊る道化師でしかないな!」
「んだとゴラ――」
「感情規制解除」
その言葉を『全能』が発した瞬間、魔人の足元からか細い声が発せられる。
「ど……して……」
「ッ!?」
「ご苦労だったな魔人! 確かにそいつはかの『ガブリエル』の一部だが、正確には貴様の元いた世界における『ガブリエル』そのものだ!!」
「ッ、ハァッ!?」
「酷……よ……どう……して……」
真っ二つにされながらも、残り少ない力を振り絞りながらも、ガブリエルは親しかった魔人に問い続ける。
「どう、して……」
「チッ!! 黒ミサ舞踏会!!」
魔人はとっさにガブリエルの周囲に黒い沼を生成し、ガブリエルをその真っ二つになった肉片もろとも沼へと沈め始める。
「ッ!? 何をする気だ!」
「少しだけ我慢してろよガブ公。すぐに他の天使等に治させてやるからよ」
魔人は沼にガブリエルを沈め終えると、その黒い沼を自らの体に吸収し始める。
「少しは時間稼ぎにはなるか……」
「貴様……!」
最後の最後に隠し玉を見せつけられた『全能』は怒りを露わにしているが、それ以上に憎しみの怨嗟がにじみ出ているのは魔人の方だった。
「流石にこの世界の登場人物だけだったらオレも少しは我慢できたかもしれねぇけどよぉ、流石にコレはブチ切れちまってもしょうがねぇよなぁ? アァ!?」
魔人が一つ足踏みをすれば、魔人を中心に柱状に全てを飲み込む闇が広がっていく。
柱が消えた後、柱が通過した後には物質はおろか空間すら何もない。本当の意味での無が広がっていく。
「ふむ……どちらが格上かは、今のところ分からずか」
「調子こいてねぇで今すぐ粉微塵にしてやろうか?」
「ふむ、遠慮しておこう」
魔人の憤怒を前にしても一切動じることなく、『全能』は空間に穴を開けてその場を去っていく。
「仕方ない。サプライズだったガブリエルはこちらで復活せずにそちらに預けておこう。いずれにせよ、我が直せず手を下さずとも、貴様を倒す駒はいくらでもある」
「言っておくがこれはチェスじゃなくて将棋かもしれねぇからな。テメェの駒全部取られた後に吠え面かくんじゃねぇぞ」
「フ……考えておこう」
この次の日、『全能』によるとある招待状が有力な者達の元へと届けられることとなる。
――力帝都市における年に一度の、死のサバイバルへの招待状が。
薄々伏線を張ってはいましたが魔人も澄田詩乃も元々は力帝都市のあるこの世界の住人ではありません。この辺以降はそのあたりも掘り下げたりして物語に深みを持たせることができたらいいなと思います。ガブリエルの細かい外見は現時点では抽象的にしか決めていないのでこんな感じになりました(汗)。