第三十九話 気まぐれな最凶
前半榊の一人称視点、後半は三人称視点の文章となっています。
「さて、偵察に行きますか」
「既に敵に顔割れてるのにか?」
どうでもいいです。やってくるなら返り討ちにして潰すまで。そう思って中へと一歩足を踏み入れると、やはりというべきか見た事のある内装に見覚えのある顔ぶれがちらほらと見受けられる。そんなそんな中で俺は知った顔である受付に対して声をかけた。
「えーと、すいませーん」
「どうされましたか?」
ここまでで特に怪しまれるような雰囲気も無ければ事前に通達されている様子もなく、受付は俺達のことを何の疑いも無いただの来客としてみなしているようだ。そこで俺は都合がいいとこのまま先に中にいる朧木たちが受けている講義の場所を聞き出すことにした。
「能力者として覚醒できる講座を受けられるって話を聞いたんですけど――」
「でしたら、八階の第一講義室へと向かわれて下さい。そこで――」
「そこでバカどもの集いでもやってるってか? クヒャハハハハッ!」
それまで隣で大人しくしていたはずの銀髪の魔人は、受付の応対から必要な情報のみを引き出し終えると右手の人差し指から小型の暗黒球体を射出して受付の女性を遠くの壁へと派手に叩きつけた。
「なっ!? あの人は別に――」
「あの“ヒト”? それは人間という意味でか?」
そうやって魔人が指差す先――そこには血を派手に出して床へと崩れ落ちる女性の姿が――
「――って、あれおかしくない?」
俺の目の見間違いじゃなければ中から漏れ出ているのは油らしき液体と、脳髄の代わりに頭からはみ出ているのは機械の備品やら何やら銀色の部品なのだが。
「クスクス、これで分かったか?」
そして魔人の行為を敵対行動と認知したのか、それまで周りを歩いていた従業員や清掃中の作業員、果ては学者らしき人物までもが機械的な殺意をこちらへと向け始める。
「どうやらいつの間にか中身が入れ替わっている感じ?」
「下手したら最初っからかもしれねぇけどな」
それなんてホラー? まあ少女二人を捕らえて改造しようとしていた集団だから今更って感じもするけど、どっちにしても野放しにすることはできない。
「でもここでこいつ等を相手にしてい大丈夫なんですか?」
「知らね。アタシは別に憂さ晴らしできればどうでもいいし、極端な話八階の輩がたった今睡眠薬を飲まされて一人ずつ改造手術を受けようとしているなんてどうでもいいし」
「ちょっとそれ先に言いましょうか!?」
俺は急いでエレベーターの方へと駆け寄ったが、行く先を人型アンドロイドがさえぎってしまっている。
「くっ、こうなったら反転してどっか遠くに吹っ飛ばして――」
「そんなことするより早く行けよ」
魔人はその場から一歩も動かずに足元に闇の魔法陣を生成すると、そこから黒のロングソードをいくつも召喚して俺の方へと撃ち出してくる。
「げっ!?」
俺は急いでその場と最寄りの建物内部によく置いてあるような観葉植物の植木鉢との位置を反転させると、元の自分のいた場所がどうなったのかその方へと顔を向けた。すると俺が反転した直後を黒のロングソードが通過し、アンドロイドたちを壁へと打ち付けていく。
「ちょっとあたしごとやろうとしてたワケですか!?」
「あわよくばって感じ?」
うーわ絶対さっきの事まだ根に持ってる感じだよこれ。というより早くこの場から離れないと、二つの意味で。
「いそげよー。アタシがコイツ等の相手に飽きた瞬間、このビルの支柱を全て爆破するから」
「だからいっつもあんたは身勝手過ぎるんだってば!」
俺は文句を言いながらもエレベーターのボタンを押し、急いで中へと入っていく。まったく、緋山さんは余計な事に首を突っ込むとか言われていたが、こうやって魔人が焚きつけているのも一つの原因なんじゃないかと俺はこの時上っていくエレベーターの中で考えてしまうのであった。
◆◆◆
「さーて、ここからはアタシこと魔人サマの一方的な蹂躙ショーになるワケなんだが――」
「な、何だこれは!?」
幸か不幸かといわれたら、圧倒的に不幸としか言い表せないであろう。『動』の異名を持つ少女、エルモア=ハサウェイは部下を引き連れて第十四区画から被験体を今まさに搬入しようとしているところで、世界最凶の魔人が化けた銀髪の美少女と出会ってしまったのだから。
「……アラ、面白そうなオモチャが迷いこんできた感じ?」
エルモアはとっさにその場の状況を理解できなかった。いつも朗らかな笑みを向けてくれた受付嬢は壁へと叩きつけられその中身をむき出しにし、いくつかの親しかった従業者は黒剣によって無惨にも壁に磔にされている。
「な、何だ貴様は……何なんだこの状況は!?」
「エルモア=ハサウェイか。大罪持ちではないとはいえ、Sランクの能力者だっけ?」
「き、貴様は何者だ!! 名を名乗れ!!」
いくら悪の幹部とはいえど、親しかった者がこうも無惨な姿となっていたとなれば激昂するのも分からなくはないだろう。だがその親しかった間柄も、自らが悪の幹部だということも、全ては夢幻であり現実ではないことに気が付かなければならない。
少女は自己紹介とでもいわんばかりに両手でスカートの端を掴むと、口元を笑みに歪ませて軽くお辞儀をする。
「アタシ? アタシの名前はノーブル」
――テメェ等の下らない空想劇をブチ壊しに来ましたぁ☆