第三十五話 追っかけという名の恐怖
手がかりをつかむ前にエルモアを取り逃してしまった俺達は、一旦状況を整理するべく第八区画の喫茶店に再度集まっていた。
「ひとまず手短に戦闘要員を集めないといけませんぜ」
「何でそんな血の気バリバリの応対決め込んでいるのさ。まだ第十二区画全体が敵対的とは限らないじゃん」
下手に戦争しに来ましたとでもいわんばかりにぞろぞろ連れて行った方が相手にとっては分かりやすいことこの上ないし、おまけに手の内教えた上でこっちはまだ何も見つけられていないのだから逃げも隠れもされようものなら尚更に面倒なことになる。
「それはそうですが、だとしてもどうすれば――」
「少数精鋭。これしかないでしょ」
しかもまだ身元が割れていない連中に限る。例えば反転する前の俺とか、逆に女の子と化した魔人とか。守矢の場合は微妙なラインなんだよね。相手が裏の事情を知っているなら普通に幼い幼女として処理しないだろうし、下手したら新しい被験体とかいって攫われかねない。
「じ、じゃあその少数精鋭って――」
「緋山さん――は有名すぎるから無理か。できるだけ今回の第十二区画への潜入は、顔が割れていない人の方が色々と有利なんだよね。エルモアは敵の総本山に戻って襲撃されたことを報告するだろうし、そうなるとSランクのあたしもあんまり表だって動くこともできないし、同様にあんたもマズイかもね」
俺はオレンジジュースのストローを口に咥えながら肩をすくめることで状況が面倒臭いことになっていると説明すると、守矢はどうしようもない状況の悔しさを前に手を震わせている。
「じ、じゃあどうすればいいんですか! 確かに今回の件でしばらくは第十四区画から手を引くかもしれませんが、敵にこっちの情報を漏らしただけで本隊を叩けないままだとまた――」
「そう、また同じことの繰り返し。だからこっちも追撃の準備をしないといけない」
だけど現状手を貸してくれそうな人はいないし、ラウラを連れていったら誰がアクセラの護衛と面倒を見るんだって話になるし。
「それこそあのヤブ医者――は、駄目だ。どっちにしろモルモット確定だ」
そうなるとフリーで動けるような人間を誘うってことになるのかな。それこそ之喜原先輩を雇うって方法もあるけど、何となくお金を払いたくないという反抗心が俺の中にあるのも事実。
「うーむ……」
そういえば一人心当たりがあるが、確かこの人も幼女を囲ってるからダメだ。多分駄目だ。
「ロザリオは多分駄目だろうし、そもそも連絡先知らないし……」
そんな感じでうんうんと悩んでいると、明らかに俺達の方へと誰かが近づいてくる気配を感じる。
「…………」
俺はいつでも反転及び反撃ができるようにそれまで咥えていたストローから口を離し、静かに右手をテーブルの下へと隠す。守矢もまた異様な空気に気が付いているのか、いつでも石塊を呼び出せるように覚悟を決めている様子。
当然ながら予測通り、相手は更に足を進めて俺のすぐ隣で足を止めるのだが――
「す、すいません! 写真を一枚撮らせてもらっていいですか!?」
「……はい?」
「何ですかあんたは?」
思わぬ声のかけ方に、俺と守矢は間の抜けた言葉を返してしまう。えっ、今写真撮らせてって言ったよね? 明らかに敵対的な意味じゃなくてファンなんです的な雰囲気を醸し出しているよね?
「な、何なんですかあんたは!?」
「いやぁー! まさかマコさんに名前を聞かれる日がくるとは!」
明らかに見た目が奥田宅雄のようなナードチックな輩に声を掛けられたら誰だってこんな反応するに決まってるでしょ! ていうかぶたまんじゅうですら奥手だったのにこんなにアクティブな奴俺は初めて見たんですけど!?
「――っていやそこじゃないでしょ! あんたはどういう意図であたしにちっ、近づいてきたんだって聞いてんだよ!」
思わず男言葉すら出てくる始末であるが、こんな雑な罵倒ですら目の前の男にとってはご褒美という謎の現象。
「どうして、と訊かれたら説明しましょう!」
男はアクティブに後ろへと飛び下がると、ランクカードならぬ謎の会員カードが男のポケットから飛び出てくる。
「これこそ! ネットで噂の榊マコファンクラブの会員カード!」
「ファンクラブぅ!?」
いつの間にそんなものが出来ちゃったの――ってか当人の俺ですらそんなの知らないんですけど!? ネットで自分のことを調べた事が無いからあんまり言えた事じゃないけど、もし知ってたら全力で止めにかかってるところなんですけど。
「それって、最近できた感じ……?」
「そうです! このバトル絶えない殺伐とした力帝都市に、まるで彗星のごとく現れた謎のSランクの美少女! しかも男を挑発しているかのような服装センスが更にエロ可愛いです!」
それ本人を前にして言うなよ……。
「そんなあこがれの美少女が、目の前に……」
「くっ……」
お、おーいエルモア見てるかー? これが本当の恐怖ってやつだぞー。色々と危機感が半端ないぞー、ある意味一番生命の危機とかもろもろ感じ取ってるぞー。つーか誰でもいいから助けて! 俺恐怖で硬直して椅子から立ち上がれないんですけど!?
「と、取りあえず屋外と屋内を反転!!」
もうあの喫茶店は使えないと思いつつも屋外に出る俺。そして外に出てもまだ誰かの視線を感じる。
「もう! これも何かの影響なのかぁー!」
俺はその場を急いで去ると共に、またも守矢の目の前で逃げ去ってしまったことを公開するのであった。