第三十一話 ゴミ掃除
もはや恒例となったいつもの喫茶店――ではなく、今回集まったのは第十四区画、つまり守矢の住む旧居住区画のとある廃ビルの一階である。中は使わなくなってから何年経過しているのか、大理石が敷き詰められた床にはヒビがいくつもはいり、本来なら二階まで人間を運ぶことを目的としているエスカレーターの段の隅には埃が溜まっている。
流石に季節的にも暑くなってきた今日この頃、俺の服装はというと半袖のシャツにローライズを穿いている。というか今日の気温が妙に暑いせいか、少しシャツが透けて見えなくもない気がするから女の子的にあんまり激しい運動はしたくないです。
守矢も同じく半袖の服装なのだが、生憎見た目的には中学生に見えないから健康的なロリにしか見えないという哀しき現実が。需要があるかもしれないが、別に俺はロリコンじゃないからどうでもいいという。
そして肝心のノーブルさんですが……何ですかその服装は。
「んあ? これ? これは単なる制服だ」
「いやわかってますけど、なんでわざわざ上学の服なんですか」
「澄田詩乃が来ているのを見て一回着てみたいと思ってな」
ヤバいこの人女装癖でもあるのかな。
「何だその言い方は。頭カチ割ってやろうか?」
「いいえ、結構です。それより、なんでこんなところに……」
「簡単な話です。ここにうちらが決めたこの区画のルールを破ったダストがいるからとっちめてやるんです」
それだけなのに何故か魔人……あぁハイハイ人の心読んだ上で射殺す勢いで睨みつけないでくださいよノーブルさん。あんたも災難ですねこんな子供の遊びみたいなのに付き合わされて。ダストの掃除くらいなら俺一人でもできなくないのに、わざわざ魔法少女の頭数が足りないからってそこまでしなくてもと思ってしまう。既に戦力的にはオーバーキルなのに俺まで女の子にさせられて、ここにいる輩も運がないというか何というか。
「――って、そもそもダストの間にもルールってあるんだね」
「もちろんありますぜ。例えば後々面倒そうなAランクや、Sランクの面々には絶対にケンカを吹っかけないとか」
その割には俺とか俺とか緋山さんとかが結構絡まれている気がするのは気のせいか?
「他には?」
「他には……」
他にはといったところで守矢の口が急に重くなり、会話に数瞬の間が空いてしまう。
「……同じ区画の仲間に手を出したり、最悪殺したりすることです」
「マジですかい……」
思ったよりヘヴィな話で僕ちゃんドン引き――となるかと思ったけど、Sランクになってからは普通に殺人関連を耳にすることが増えて感覚がマヒしちゃってるのか口で言うよりそこまでショックを受けていない自分が怖い。
「そしてこの場所は――」
「この場所は人身売買だな。第十二区画の変態科学者共に被験体として攫った奴らを売り飛ばしている。当然ダストに堕ちてまともな身分保障や証明書も持っていない奴等をわざわざ捜索する奴なんざそういねぇわな」
ノーブルは皮肉交じりに鼻で笑ったが、守矢にとってはそれなりに重要な案件以上の何かがあるようで、握る拳を震わせて俯いている。
「……まさか、姉妹の誰かが攫われたとか?」
「っ、そんな事だったらこんな場所で悠長にしていませんし、うち一人でも乗り込んでいきますよ!」
守矢は声を荒げて叫んだが、その成果運悪くも俺達だけに聞こえているわけでは無かったようだ。
「おい! てめぇ等何していやがる!?」
「なーんで女の子が三人で、こんなところで何をしているのかなー?」
それまでどこにいたのであろうか、相手にとっては聞きなれない守矢の声を耳にしたダストの男二人がエスカレーターを駆け下りてくる。
「ちっ、詳しい話は後ですぜ!」
「そのようだね――ってノーブルさん!?」
「めんどくさっ、さっさとおっ死ねよバァーカ☆」
明らかに格下の男達を見たノーブルはめんどくさそうな表情を浮かべると、でこピンでもするかのように人差し指と中指を弾いた。すると弾いた指先から紫色のパルスレーザーが発射され、男達の心臓を一突きに貫いた。
「あー、残念ながらここで死んでも誰もお祈りしてくれないんだっけ?」
「ちょっ!? 開幕ぶっ殺しですか!?」
「だって面倒じゃん。相手は人間の命をなんとも思っていないんだよぉ? だったらこっちも虫けらのようにプチッと殺しても文句は言えないよねぇ?」
そんな美少女が満面の笑顔では絶対吐かないようなセリフを言われましても……。
「つーことで、アタシはこの場にいるクズ共を皆殺しにすれば――」
「駄目です!!」
「え? どうして?」
ノーブルさんあんた不思議に首かしげているけど当たり前ですからね。第十四区画に住んでいている守矢ですらまともな感性で――
「魔法少女は人殺しなんてしないんですから!」
「そうだそうだ! ってえぇーっ!?」
そうか、もう始まってんのか魔法少女――ってかいつ話したっけ!?
「魔法少女っていうのは不思議なパワー……は能力でいいですけど、敵は必ずコテンパンにやっつけるだけで殺したりしませんからね!」
いやいや相手が化物だと普通に消滅させたりしているし、最近だと普通に首から上がおさらばしていますからね。主に魔法少女側が。
「……オイ」
「――って、はい?」
守矢がこちらを無視して熱弁に夢中になっているところで、突然魔人が俺の露出した脇腹をつついて声をかけてくる――てか普通に脇腹晒すような服装に何の疑問も持たずに袖を通しているとか最近俺の中の痴女度が増してきていないか? まあいいけど。
「ここ最近の力帝都市で日朝が流行る現象や守矢が年甲斐もなく――も無いかもしれないが、魔法少女にハマる現象をお前はどう思う?」
「うーん、まあバトルが身近にあるから食傷気味な気がするのによくハマるなぁとは思いますけど」
レッドキャップみたいな能力ならなりきりプレイでいた方が能力発動しやすいかもしれないけど、緋山さんはなぁ……。
そんな感想を持ち始めたところで、魔人の口からとんでもない言葉が飛び出て来た。
「……世界を改変できる能力、あるいは施設があるとしたらテメェは信じるか?」
「世界を改変……ハッ!? それSランクレベルじゃないですか!?」
俺は驚きを隠せなかった。能力を使われた事すら分からないままに発動ができるとなると、相当に面倒な能力だと思われる。
「幸か不幸かテメェはその能力の影響を受けなかったわけだ」
「どうしてでしょうかね」
「さぁな。日朝なんざ下らねぇと普段から思ってるからじゃねぇか?」
そんな普段から日朝を嫌うようなことを考える暇なんてないんですけどね。まあいいや。
「それで、そんな大規模な事をしでかすような意味は?」
「知るかよ。そんなのその道に詳しいオタク共に来た方が早いだろ? なあ、皆もそう思うよな?」
あんたはどこの方角を向いて喋っているんですか。
「そうかこれは一応本編的な位置づけだったな。悪いわるい」
「ったく、本当に意味不明なんですけど……」
とまあなんとなく騒ぎが起きていることを小耳にはさんだところで、ちょうど守矢も魔法少女の熱弁から戻ってきたようだ。
「――ということで、本当ならうちも含めてこんな服じゃいけないんですよ! もっとフリフリとした服を着ないといけないんですから!」
「いや、いいです」
俺が冷静に拒絶をしたところで守矢は不満げに頬を膨らませているが、その一線だけは超えられないし超えたくないです。いや本当に。
「仕方ありませんね。その辺は追々慣れていくしかありません」
絶対に慣れません。
とそんな感じで無駄話をしていたせいか、先ほど降りてきた二人が戻ってこないことが気がかりとなった相手側から更にダストの一個集団が一階へと送られてくる。
「おい、早く上がって――って大丈夫か!?」
「一体何があった!? まさかてめぇ等、殺しやがったな!?」
正確にはこの銀髪の鬼畜美少女がレーザーでぶっ殺しやがりましたけどね。
「アハッ、許してね☆」
「絶対許さねぇ!!」
「捕まえて滅茶苦茶に犯した後にボスに献上してやる!!」
うーわ、魔法少女が出るような番組だと絶対に放送できない様なワードが今飛び出てきましたよ。
「チッ……ったく、冗談が通じねぇ輩だなオイ」
魔人がそうやって右手で集団を払うように空間を横切らせると、集団が降りる途中であったエスカレーターに紫色の爆炎が横一線に巻き上がる。
「サッサと上いくぞ」
そう言っていつものようにふわりと魔人は身を浮かばせて二階の踊り場へと一人降り立つ。
「早く着いてこいよ。じゃねぇとアタシが皆殺しにするから」
「ちょちょちょ、待って下さいよ!! うちは情報を聞き出さなきゃいけないんですから!」
「全くあの人は……」
守矢の能力でもって即席に作り上げれた石塊の階段に足をかけ、俺と守矢は魔人の後を追うこととなった。