第二十八話 誰だこの美少女は!?「いや自分で言ってんじゃねぇよあんた――」「うるせえ黙ってろ!」
前略。補導されてしまった。多分似たようなことを前に誰かが言ってるのかもしれないが、あえて推測しないでおこう。
「…………」
「……てめぇ、状況が分かっているのか?」
事態はまさに最悪といって間違いなかった。なにせ俺達が壁で囲ってまでして戦っていたのはかの第十一区画、陸の孤島とまで呼ばれた超巨大であり強固な警備網を敷かれた刑務所の周辺。更に俺達はともにSランクとなれば、一時的に収容される場所など一つに限られる。
「まさかてめぇ、これが狙いだったのか?」
狭い取調室の中。とはいえ外にはドア一つ隔てた先には一個軍隊レベルの武装をしたAクラスの均衡警備隊に、俺達をあっという間に捕まえやがった男が、間にテーブルを挟んで目の前の椅子に座っている。
俺は明らかな怒りを交えた声で、『冷血』を問いただした。だが『冷血』の方は何も答える様子はない。
「クソがッ!」
「おっと、非行の第一歩はその下品な言葉から始まるのだよ。まずは言葉を慎みたまえ」
そう言って持ち込んだコーヒーに口をつけて優雅に座るこの男。俺は噂だけは知っていた。
『吸収』という検体名を持つ、均衡警備隊全てを束ねるSランクの最高責任者。その長が今、俺達の前にいる。
丸太と見間違える程発達した腕の筋肉。ヨハンのおっさんも腕っぷしは強い方だが、今目の前にある男に比べれば温いといえるだろう。そして同様に発達した胸筋に、身長は恐らく190センチは超えていると思われる。無能力者ですらこの体格を用いればBランクを力づくで抑え込むこともできるように思えるが、更に加えてSランクと格付けされた能力があるのであれば、まさにこの力帝都市の治安維持を束ねる長としては最適な存在と言えるだろう。
「しかし随分と舐められたものだね。まさかこの第十一区画で、わざわざ壁を張って避難させあまつさえ地下に退避させた建物をマグマの海にさらすとは」
流石に頭に血が上っていたのは認める。だがあくまで俺は『冷血』を倒すためにあそこまでやったまでで、一般人を巻き込むつもりなど毛頭無い。
「俺達は互いに戦っていただけだ。その証拠にちゃんと壁も――」
「確かに壁は外への被害を防いでくれるかもしれない。だが内側はどうするんだ? 地下に格納していた建物を破壊した上に、この刑務所が破られるというつもりは無いが……諸君等の行為は破壊活動として拘束するには充分値する」
一切の反論を許さない姿勢に、俺と『冷血』は口を閉ざさざるを得なかった……『冷血』は元々喋らないが。ここで下手に言い訳を重ねて目の前の男の機嫌を損ねるのも面倒な上、既に応援は呼んであるからである。後はその応援が来るかどうかが問題なのだが――
「さて、そろそろ君達の素性を調べさせてもらおうか。その前に――」
男がその場に立ち挙がれば身長177センチの俺ですら顔を見るためには上を向かなければならず、そのせいか妙な威圧感を感じる。
「私の事を知っているかもしれないが、自己紹介させてもらおうか。私の名はヴァーナード=アルシュトルム。均衡警備隊の最高責任者だ」
「そして『吸収』っつーSランクの能力者だろ」
「ご名答。ならば話は早い」
ヴァーナードは外に待機させていた者からタブレット型のコンピュータを受け取ると、俺の顔と『冷血』の顔を見た後、検索をかけ始めた。
「知っての通り、私はSランクだ。その上に均衡警備隊を束ねる身としてあらゆる権限を市長よりゆだねられている」
その証拠とでもいわんばかりにヴァ―ナードはコンピュータを駆使して、本来なら一般的な情報クリアランスでは明かされる筈の無い俺達の過去を目の前の男は読み上げ始めた。
「まずはそちらの男。能力検体名、『冷血』。本名、ゲオルグ=イェーガー。なるほど、ドイツのブレーメン出身か。そして……」
ヴァ―ナードの表情が陰ると共に、『冷血』の方へと明確な敵意が向けられていく。
「……殺し屋が、わざわざこの陸の孤島周辺で何のつもりだったんだ」
「…………」
『冷血』、いや、ゲオルグは目を逸らしてした。ヴァ―ナードからも、そして俺からも。
俺はこの時違和感を覚えた。分かっていたのは俺だけではなくゲオルグの方も同様であり、そしてゲオルグはむしろ収容されることを望んでいるかのように思えたからだ。
「……ふ、黙秘か。いいだろう。黙秘権は誰にでもある。だがここから素直に出ることが出来る権利は何一つないと思え」
「ッ!?」
「ん? 何を驚くことがあるんだ、緋山励二。犯罪者は罪を償う。当然の事だろう」
いや、分かっていないわけじゃない、むしろ当然の結末だ。誰もが予測できていたはずの事態だ。
だがどうしてだ。どうして俺は納得いかないんだ。違う、俺がここでこいつを見放せばこいつを殺し屋の道から救うのは誰になるんだって話だ。こいつが収監されて出所したとしても、恐らく同じことを繰り返すだけで何の意味もない。
「ちょ、ちょっと待てよ! こいつは確かに殺し屋だが――」
「殺し屋だが何だ? 殺しをした時点で、こいつはクズ以下の畜生にも劣る存在だ」
「だが――」
「言い訳は無用。それとも、君も何か罪を隠しているのかね?」
そこまで言われて俺は思わず口を閉ざしてしまった。俺も過去に人を一人殺しかけた事がある。熊切相賀の一件は誰にも知られずに処理されていると魔人は言っていたが、ここでもしその件が掘り返されれば、俺も仲良く収容されてしまうことは間違いない。仮に逃げ出そうにも一生指名手配される事は間違いない上、そもそも俺達の意識の外から一瞬で二人を気絶させたこの男から逃げられるかどうか。
「くっ……」
「君とこの男がどういった経緯で戦うことになったかは後程話を聞きだすとして、今度は――」
「ごめんなさぁーい! 二人が申し訳ありませんでしたぁー!!」
「ごはっ!?」
「ガッ!?」
突然の衝撃。俺とゲオルグはほぼ同時に後頭部を何者かに掴まれ、そのままテーブルへと頭を下げるかのごとく叩きつけられる。
「……君、どこから入ってきた?」
「ごめんなさい! アタシはこの二人の後見人というか、何というか……とにかくごめんなさい!!」
顔は見えずともはっきりとした少女の声は聞こえ、視界には長い銀色の髪と俺のこめかみを押さえつけている手に付随する白魚のように綺麗な指が映っている。
「だ、誰だてめ――」
(黙って従ってろこのクソ共!! それとも一生ここで暮らすか死刑になるか? アァ!?)
「……マジかよ」
応援は確かに来たようだが、俺の予想をはるか斜め上へと突き破っている。
どうやら俺を押さえているこの麗しい銀髪ツインテールの少女は、事もあろうにあの人物ということになる。
「……一体どういうつもりだ? この子達と同年代にしか見えないというのに、君の様な少女が後見人だと?」
「話せば長くなるんですけど、この二人は悪くないんです! 普段からこうして喧嘩ばっかりしていまして……ホラ、二人とも謝って!!」
謝れって言われても頭押さえつけられてテーブルとキスしている状況でどうやって謝るんだよ。
(うっせぇさっさと声出せボケゴラァ! 何ならこのままめり込む様なディープキスさせてやってもいいんだぜぇ!?)
「も、もうぢわげありまでんぜじだ……」
「…………」
「……な、ん、で、あ、や、ま、ら、な、い、の、よッ!!」
おいおい、何かテーブルがメキメキ言っている気がするのは気のせいか?
隣の惨状を目にはできないものの、ゲオルグの顔がめり込んでいる様相はヴァーナードには見えていた様で、俺達の頭を押さえつけている少女の怒りの行動を宥めるかのように穏やかな声色で制止するように言葉を投げかけ始める。
「ま、まあまあお嬢さん落ち着いて」
「落ち着いていられるものですか! Sランクが争えばどうなるのか分かっている筈なのに! しかもこっちの方は罪を償っているというのにまた人様に迷惑をかけようとして!」
「し、しかし――」
「駄目です! 甘くすればすぐにつけあがるんですから!!」
つけあがる暇もない位に頭がめり込んでいるような気がするんだが。
(黙ってろ! この手の輩にすらやり過ぎだと思わせるほどじゃないと意味がねぇんだよ!)
「とにかくごめんなさい! この子達はアタシが責任を持って処罰を加えますから!」
そういうと俺達は押さえつけられていた手から解放されると同時に、足元にぽっかりと開いた真っ暗な穴へと落とされる。
「ウワァアアアアアアッ!?」
「ちょっと君! 勝手な事をされては――」
「ではこれで失礼します。ごきげんよう、ヴァーナード=アルシュトルムさん」
穴へと落ちていく一瞬、俺は銀髪の少女が穿いているスカートの下の黒の下着を目にすることとなった。
◆◆◆
「――で、テメェはオレの下着をオカズにして一人慰めるんだな?」
「誰がするかバカ! 中身があんただって分かってるのにそんなことするわけ――」
「アァ? じゃあ中身がオレじゃなかったらシコッてたのかよ気持ちわりぃな」
穴を抜けた先――俺達は元の第九区画へと戻っていた。第十一区画から一瞬に移動せしめた上に、あの侵入不可であり難攻不落の陸の孤島へと平然と入っては俺達を救い出せる人物を、俺は一人しか知らない。
「一体どういう風の吹き回しなんですかね、シャビー……いや、なんて言えばいいのか――」
「この姿の時は可愛らしくノーブルちゃんと呼びたまえ、それと童貞卒業おめでとう緋山励二クン。色んな意味で一皮剥けたね」
「ちょっと待て色々とツッコミどころが満載だぞ!?」
「フフフフフフ……」
なんでゲオルグの前で脱童貞の情報提供とか流してんだよこの魔人は! それとゲオルグはさっきから俺のVPを鳴らしてんじゃねぇどうせこいつの事なんだろうがこいつの中身は男だぞ!?
「いやいや、流石に魔人のままで乗り込めば確実に色々と怪しまれるからな、そこで性転換すれば怪しまれることがあっても銀髪の謎の美少女という情報しか残っていない」
自分で美少女って言うか普通。
「黙ってろバァーカ」
冷血:何このドS美少女。興奮しちゃう
「性格からしててめぇの方がドSじゃねぇのかよ!」
あーもう、ツッコミがもう一人欲しい。てか榊は今何やってんだよ。
「あの男女の子とはどうでもいい。今はテメェ等がどうするかって話だ。特にゲオルグ=イェーガー」
「!」
「そうだテメェだ。テメェの目的は、あの陸の孤島の中にいるヤツだろ?」
「ッ!?」
冷血:えっ、何この子超能力者!?
「超能力者なんてヤワなもんじゃねぇよ。もっとヤバいもんだ」
魔人に心を読まれたゲオルグは、動揺を隠せないのかVPを握る手を震わせている。
「クスクス……さて、ここでバラされるか、あるいはさっきのデカブツにチクられたくなかったら大人しく従え」
そういうと魔人は何もない空間に穴を開けて手を突っ込むと、見覚えのある細長い何かを取り出してゲオルグに押しつける。
「――テメェも大人しく緋山励二のヒーローごっこに付き合うんだな」
と言った感じで最後の名稗閖威科との戦闘に繋がってい「ここでノーブルちゃんのスペック紹介だ。銀髪ツインテールの上に美乳の持ち主で、さらにツンデレ――」「デレ要素ないけどな。むしろ性格的には詰んでる」「テメェ後で扱きあげるから覚悟しとけ」
あと一、二話で緋山励二視点のお話は終わります。そして次に魔人中心、最後にアクセラ中心のお話になってこの編は終わります。それまでに何とかパワーオブワールドの方を進めていきたいと思います(汗)。