第二十四話 Toys of Acceleration
「――さて、コッから本気でいこうカ」
少しでも気を抜けば意識を持っていかれる。根こそぎ全てが憎しみへと、『嫉妬』へと変換されていってしまうだろう。俺は直感的に危機感を覚え始めていた。
そして後悔していた。このベルトは生半可な覚悟で発動するべきでは無かったと、あの魔人が遊び感覚でこんなものを貸すはずがなかったと。
「……なんで、シスターが出てキてんだよ……!」
心の奥底で澱み続けていた感情が、想いが。全てが全身を支配しようとしている。それは俺の奥底にあった嫉妬心を、魔人の様な力があればという嫉妬心さえも想起させ表へと顕現させようとしてくる。
「ッ、上等じゃねぇカ……!」
この力さえ制御できれば、俺はまた一つ詩乃を守る力を得られるということ。ならば俺はこの内に湧き起こる負の感情すら、制してみせるまで!
「ウオオオオオアアアアッ!!」
「クッ!」
溶岩の拳による一撃。『冷血』は刀の腹で受けたが、そんなものお構いなしに俺は拳を振り抜く。
「ッ!?」
まるで大砲で撃ち出されたかのように、『冷血』の身体は俺の拳が炸裂すると同時にはるか彼方へと吹き飛んでいく。
「逃がすかよッ!」
当然俺も噴火で地面を蹴って宙を跳び、更に身体を砂へと変えて風に乗って『冷血』の元へと向かう。
そしてやつの上まで来たところで砂から実体化して制空権を取ると同時に、俺は次の攻撃へ移るために自身の身体にマグマを纏い、縦方向に回転し始めた。
「H.W――」
炎の歯車が沈み始めるもう一つの太陽のように真っ赤に燃え上がる。マジかで発せられる高熱が表情一つ変えないはずの表面の氷を溶かし、『冷血』に冷や汗を垂らさせる。
「――.Hッ!!」
「グガァッ!?」
炎の車輪はギャリギャリと『冷血』の身体を焼きつくし、そのまま地面へと叩きつけるためにさらに回転を増やしていく。
「ウオオオオオオァアアアアアッ!!」
一瞬、回転を止めた俺は空中で『冷血』の首を掴むと、そのまま再度回転を開始する。
「焼き斬らない代わりにしばらく再起不能になるが勘弁しろよなァ!!」
「ッ、ガァアアッ!!」
俺の一撃に本気になった『冷血』はとっさに自分の腹を刀で突き刺し、自身の身体を絶対零度の龍へと変化させていく。
「グオオオアアアァゥ!!」
「面白れぇ! オモシレェじゃねぇか『冷血』!! いや、ゲオルグ=イェーガー!!」
「その名で俺を呼ぶんじゃねェッ!!」
落日の太陽は煌びやかに散る氷を交え、高層ビルが建ち並ぶ第三区画へと墜ちていく。
「ブッ潰れちまいナァ!!」
「グオアアァアアアッ!!」
◆◆◆
――恐らく俺と奴との間に、殆ど自力に差は無かっただろう。正確にいえば、寧ろ向こうの方が自力的には上なのかもしれない。
だがそんな俺達の間に決定的な差が、『大罪』という圧倒的な存在の有無があった。
「……俺の、勝ちだ」
「…………」
冷血:ベルトで変身はずるい
「そこじゃねぇだろ、おい」
冷血:分かってるよ
――俺達の戦いは完全に決着した。第三区画に直径数百メートルのクレーターを開けてそのど真ん中に倒れる『冷血』からは、既に殺意や敵意、闘志といったものは消えてなくなっていた。
冷血:あの技チートすぎるだろ。回避方法教えてくりー
「ねぇよ。一度捕まったら擦り切れるまで焼きつくされるか、その前に体が真っ二つになるか。てめぇみたいに反対属性の能力者か、榊みたいに回避できる能力者じゃなかったらそんなもんだ」
燃え盛る自身の身体を回転させて相手をそのまま炎の丸鋸で焼き斬るか、あるいは掴み上げたままきりもみ回転で焼きつつ地面に噴火と共に叩きつけるか。その威力は最近送られてきた魔人の分身を粉々にした事でお墨付きとなり、今回の『冷血』戦で実践投入しても何ら遜色ないと言っても過言ではなかった。
「……つーことで、何か分かったか?」
「…………」
最後の一撃は何もテンションがヒートアップしすぎた余りに繰り出してしまったのではなく、あくまでこの技ですら『冷血』は受けきる事が出来ると分かっていての一撃であった。
本気の一撃で沈んだ今、あいつに何か分かることがあるのかもしれない。そう思ったからこそのあの技を叩き込んだ。本当の意味での必殺技を、俺はライバルに殺す気で持って叩き込んだ。
「…………」
冷血:……あの日曜朝でも、自分のライバルに滅多打ちにされて主人公が何かに気が付くシーンがあったよね
「はっ、お前そこまで既に観ていたのかよ」
一話から数えれば結構先のシーンだったはずだが。
冷血:結局、あの主人公も分かったようで何も分かっていない、何もヒントを掴めていなかったと俺は思うんだよね
「……確かにそうかもしれねぇな」
ライバルから滅多打ちにされた話から何か複線があるのかと思いきや、今のところそういったものは俺でも見つけられていないし、恐らくこの先にもあるかは分からない。
冷血:だけど主人公は、ヒーローになることを志した。改めてヒーローらしく振舞おうとしていた
「…………何が言いてぇんだ」
『冷血』は画面が割れたVPを片手にその場に体を起こすと、俺の方を真摯に見つめる。
「…………」
冷血:……俺も、真っ当な人間になれるのか?
「…………」
冷血:表の世界で、真っ当な人間として生きていけると思うか? 人を散々殺しておいて、生きていけると思うか?
「……知るかよ」
「ッ!」
俺の冷たい言葉は、『冷血』を酷く突き放した。
「真っ当な人間だと? それは一体何を持って真っ当な人間なんだ?」
「…………」
「俺だって過去につるんでいた奴の一人を本気でブチ殺そうとしていたんだぜ? ……だが俺はこうして生きている」
「…………」
外の世界ではそんな生き方はできない。だがこの都市は皮肉にも、力さえあればどんな生き方ですら肯定される。例えそれが間違っていたとしても。
「……後は、てめぇ次第だ」
俺は呆然とする『冷血』をその場に残して、静かに去っていった。