第二十一話 ギャップ燃えない
そんなワケで俺と詩乃はノープランで女性向けの店が立ち並んでデートスポットとしても有名な第八区画を練り歩いていた。
「……なんつーか、普通だな」
「うん、普通だよ。でも嬉しいな、励二とデートだなんて」
これまでも普通に第八区画には何度も来たことがある。それこそ詩乃と来た回数なんて両手両足でも足りないくらいだ。
だが今日は違う。今日は詩乃と正式に付き合って初めての第八区画だ。しかしいつもと何も変わっていない。
「あっ! これ可愛くない!?」
「そうか? こっちの方がいいと思うが」
「励二ってば地味な方が好きだよね。私はこっちの方が好きだなー」
「まあ、そっちがいいならそっちを買うけどよ」
傍目に見れば俺が財布のように見えるかもしれない、だが別にどうでもいい。俺のランクカードが黒である限り、お金がかかることは無いのだから。だが別にそのために強くなったわけでは無い。俺が強くなった理由は、俺のそばにいてくれる人を守るためなのだから。
「ん? 励二どうしたの?」
「いや、なんでもない」
つい隣の詩乃を見つめてしまっていた自分がいる。というよりも俺に取っては守る人はたった一人だけ。
澄田詩乃さえ傍にいればいい。俺には他には何もいらない――
「――って、悪い。ちょっといいか?」
「うん、いいよ」
まさかこのタイミングでVPにメッセージが届くとは思わなかった。まったく空気を読めない奴だ。
「差出人は……チッ」
俺の数少ない登録先に、厄介な相手は複数いる。
筆頭はあの魔人で、不定期に刺客をけしかけてきたり分身飛ばして区画封鎖の強制戦闘を行ったりとやりたい放題である。だが詩乃に告白して以来、デート中には刺客が一切来た事が無いのが不思議だが。
二番目に挙げられるのがヨハン=エイブラムスという非戦闘申告をする前はSランクの元最強の低温能力者だ。あのおっさんには大人でもない俺に酒を買って来いだの雑誌を帰りに買って来いだのと、完全に俺のSランクのランクカードで好き放題使いっぱしりをさせている。
「で、何でお前がここにいるんだ」
「…………」
そして最後の一人が、季節は夏へと移り変わっているのに厚手の黒のロングコートを羽織って目の前に立つ男、『冷血』だ。腰元に挿げている刀『結氷花』は本人の能力によって氷の刃が生成され、刃を飛ばすことで斬撃を飛ばすことと同意義の攻撃をこの男は得意としている。
「なんだよ、いたなら普通に声かけろよ」
「…………」
普段はこうして無口でありそのクールな立ち振る舞いもさることながら隠れたファンも少なくないようだが……一つだけ言わせてほしい。
「ったく、声かければいいのにこのメッセージは何なんだよ!」
文面はこうだった。
やっほー↑↑近くにいるから軽く挨拶(オイ
ていうか隣のおにゃのこ可愛すぎwww詳細キボンヌ
それより今度いつ戦う? クルエルにゃん寂しいにゃん♪
「この痛々しい文章やめろよ……見ていて哀れに思えてくるぞ」
見ての通り、『冷血』はメッセージ上では随分と饒舌なキャラであって、普段の『冷血』の様相からすれば想像できないほどのキャラ崩壊だ。
「つーか別にお前に紹介する必要ないだろ」
そんな冷たい! 冷血だけに(笑)
「だからいちいちメッセージ送ってくるんじゃ――」
「あ、もしかして励二のお友達? 初めまして、澄田詩乃っていいます」
やめてくれ詩乃。こいつにそんな暖かい笑顔を向ける必要なんてないから。
【速報】クルエル氏、詩乃殿の笑顔に見事撃沈。告白の決意を固める方針
「バッ! 詩乃は俺の彼女だ!」
【悲報】 クルエル氏、告白前から撃沈
「ったく、油断も隙もありゃしねぇ」
目の前でガクリと肩を落とす『冷血』であるが、俺は俺でせっかくのデートを邪魔されたことでため息をつかざるを得ない。
「バトルなら後にしてくれ。悪いが先約があるんでな」
そう言って俺は詩乃を連れていつものルートである映画館の方へと足を進めようとしたが――
「きゃああっ!?」
「うわぁあああ!?」
「ッ!」
「えっ? 何が起きたの!?」
「俺の後ろに隠れていろ、詩乃」
突然の爆発。しかも発火元は俺達がまさに今向かおうとしていた映画館。
「ヒャッハー! 爆破って楽しいぜぇ!」
「これくらい暴れればBランクくらいいけるんじゃねぇか!?」
どうやら愉快犯が爆弾を仕掛けていた様で、まさに映画館の外で暴れ叫んでいる。
「取り押さえるか。いくぞ『冷血』」
言葉を返さずとも『冷血』は静かに頷き、腰元の刀を引き抜く。それに対して俺は砂と共に火の粉を舞わせ始める。
――ここにSランク同士の即席タッグが結成され、ダストの集団の鎮圧に向かうこととなった。