第十八話 Monsters Ball
「んじゃ、いってみよっかぁ……」
名稗はまだ能力を隠し持っているのであろうか、それとも今のでだし切ったのであろうか。いずれにせよ今の俺に取れる行動といえば、警戒を怠らずに戦うことぐらいしかない。
暴風吹き荒ぶ中で糸を飛ばすのは難しいかもしれないが、それでも可能性を捨ててはいけないだろう。
「うーん……」
「そんなに考える暇あるかなぁー?」
名稗は自ら精製した糸にあらかじめ準備していたのであろう物に引っ掛けるための鍵爪を結びつけると、ぐるぐると振り回し始める。
「ッ! まずい!」
俺は即座に今まで立っていたビルの壁面から跳び、別のビルの壁面へと降り立つ。
それとほぼ同時に名稗の鍵爪つきワイヤーが元のビルに引っかかると、名稗はニヤリとした表情で俺の方を振り向く。
「このままあんたがあのビルに立ったままなら電撃を浴びせてやろうと思ったけど、勘がいいのはあまり好きじゃないなぁお姉さんは」
名稗は何を思ったのかそのままワイヤーを引っ張ると、なんとそれまで建っていたビルを引きずり倒し始めた。
「えぇっ!? ちょっとあんたの力じゃそれは無理なんじゃ――」
「あたしはそんなに力を加えてないわよぉ? 強いのはこの糸だけだから」
糸だけで説明がつくほどのものではないと思うんですけど!?
「とにかく、交換!」
再び別のビルへと移り飛んだ瞬間、俺の目の目では二つのビルがぶつけられ、倒壊の音をたてて崩れ落ちていく。
「……あり得ないでしょ」
「この力帝都市で、あり得ないはあり得ないでしょ」
「ッ!?」
俺が気が付く間もなく、名稗は俺の背後を取っている。
「――電撃波」
名稗が右足を地面に叩きつけた瞬間、右足をつたって電撃が一面に広がっていく。
「ッ、交換!」
俺はこれ以上追いつかれないためにも敢えて倒壊するビルの方へと反転して移動をする。
「こっちは交換さえ繰り返すことができればいくらでも――」
「あらぁ? あたしがいつそこにイけないっていったかしら?」
「マジ!?」
まさかとは思っていたが名稗は宙に落ちていく瓦礫に足をかけ、そして足から放つ衝撃の反動で次々と落ちる瓦礫の上を歩くかのように移動してくる。
「ッ、断裂激流!!」
俺は追ってこられないように水圧カッターで足場を砕いていくが、それは逆に相手に足場を与えてしまう結果に。
「あらあら、わざわざ小さな足場を増やしてくれるなんて」
「っ、だったら!! 反転・石巌圧殺!!」
俺は今度は名稗の周囲に散らばった小さな破片を反転させ、巨大な瓦礫で四方から名稗を押しつぶしにかかった。
「おやおや、芸がないねぇ」
すると名稗は四方からくる瓦礫を片っ端から全て蹴り砕き、更に接近戦を仕掛けて来ようとした。
だが――
「――はぁ、もういいや!」
「あぁん?」
うーん、こうもいい勝負をされちゃうとSランクとしてどうなのとか思っちゃったんで、もう一撃必殺使っちゃいます。
「あんた、今“空中”にいるよね?」
「それがどうした――」
――名稗の肉体は一瞬にして首以外が地面へと埋められた状態に変化し、見るもシュールな光景に変わっている。
「……は?」
「反転・地下埋葬」
空中にいる? だったら地中にいると反転すれば終わり。
「どう? あんたならその状態から衝撃波をだして発破して抜け出すこともできるかもしれないけど、抜け出したら今度こそ地下一万メートルまで沈めるから」
「……おおこわ、それじゃ無抵抗のままで」
流石の名稗も地下一万メートルの埋葬の意味は理解できた様子で、冷や汗をかきながら参ったと同義の意味の言葉を放つ。
「それじゃ、後は均衡警備隊の到着を待つことね」
「ついに捕まっちゃったかー。ごめん須郷、捕まっちゃったわー」
名稗は唐突に最寄りの監視カメラに向かってそう言うと、再び俺の方を向いてこういった。
「……で、懲役何年?」
「知らないわよあたしの知ったこっちゃないわ」
「えー、できれば早く出ていきたいんだけどー」
「だったらボクが出してあげよう」
散々俺と名稗が戦った後に、まるで今来たばかりと言わんばかりの雰囲気でもってやってくるヤブ医者の姿が。
エドガー・ジーン。『全ての能力の原点』と言われる男が、首だけ地上に出た名稗の前にしゃがみ込む。
「あぁん? ……てめぇ、今更何ノコノコ面出してんだぁ?」
「今更、ね。でもこれで借りをチャラにできるんじゃないか? あの時の借りを」