第十七話 茶番は終わり
既に某野菜人の技が出ている時点で手遅れ感もある気がしなくもないが、このカオスな空間を断固として終わらわせなければならない。
「こうなったら……!」
「まさか、君も変身を――」
「するワケ無いでしょうが!!」
恥ずかしくて死んでしまうわ! ……って、えっ何この無言の圧力。
「……なんで一般人まであたしが変身するのを期待しているような雰囲気を醸し出しているワケ?」
「だって、ねぇ……」
もはや名稗ですらどうにでもなれといった様子であるが、俺は断固としてこの空気を読む気はない!
「ッ、天地無用!」
「ん? 何か違和感……?」
上下前後左右全ての感覚が反転した世界で、まともに糸で操作ができるかな?
「まあいいや。前方に熔岩を――ってこっちじゃない!?」
名稗もある程度Sランクである緋山さんのことを知っているのか、糸で操って無理やり火山弾を作りだしてこちらに投げ込もうと操作したが、前後が逆転している世界では自ら自爆の道を選ぶことになる。
「なんだかよくわからんがくらえ!!」
緋山さんが放つ火球はそのまま名稗に直撃しそうになるも、名稗は即座にこの状況を看破して寸前のところで火球を回避する。
「なるほど、前後左右全てが反転しているってことかなぁ?」
「ご名答。だけどそれを分かっていたとしてもそう簡単に適応するのは難しいでしょ?」
流石は長年逃げてきただけあって、状況把握が早いことで。それともう一人――
「前後左右、上下反転か! 凄いね君の力は!!」
とか言いつつも既にこの環境に適応しつつあり、かつ的確な攻撃を『冷血』に攻撃を当てていく少年がここに一人。
「やっぱ適応力が高いって厄介だよねー……」
「今何か言ったかい?」
「いや何も」
さてと、余所見はこの辺にしておかないと。
「あたしの相手はあんただからね」
「あぁん? あんたの相手はこっちだろぉ?」
「クソッ! 避けろ、榊ィ!」
「避けないと真っ二つにされる感じかな!?」
名稗は今度は前後を間違えずに、緋山さんが生み出した火山弾を俺の方へと真っ直ぐと撃ち出してくる。
「おっ!?」
火山弾は一発だけではなく何発も射出され、交差点中心からまるで噴火の様に辺り一面に巻き散らかされていく。
「っ、こりゃヤバい!」
窓ガラスが一面に貼られたビルに火山弾が突き刺されば、路頭にガラスの雨が降り注ぐ。
「うわぁーっ!?」
「きゃぁああああっ!」
鳴りやまぬ悲鳴が周囲から湧けば、悪党としては冥利に尽きる。
「あっはっはー! チョー気持ちいぃー」
「くっ……!」
せっかく観客を使って倒す算段が付きかけていたのに、これでは振出しに戻ってしまう。それどころか大罪ライダー・ジェラスまで無意味に敵についている状況は俺にとって更に不利な状況に陥る原因となっている。
「こうなったら……!」
「何? やっぱり変身するのぉ?」
「するワケ無いでしょ! 全くもう!!」
それまで雲一つない晴れやかな空であったが、俺はその空に向かって反転を仕掛ける。
「暴風警報!!」
「ッ!?」
「……成程、そういうことか」
真っ青な空は一気に澱み、代わりに雨を溜めこんだ灰色の雲が空を覆い始める。
「雨で周りの火を消したか」
「それだけじゃなくて、ここから先は暴風雨だから緋山さん――じゃなかった、大罪ライダー・ジェラスも弱体化するでしょ?」
更にもっといえばこの雨風吹き荒ぶ中で細い糸をまともに張る事など不可能なはず。一石二鳥の狙いがあってこそ、俺は天候を反転させた。
「……やっぱり面倒だわ、その力」
今までにない規模で――天候を反転させる俺を前にして、名稗はとうとう余裕のあるへらへらとした雰囲気を消し去り、本気で俺と相対する気になった様子。
「もう子供の遊びは終わりよ」
「あやとりはもうおしまい?」
「こっから先は、ガチンコ勝負とイこうじゃなぁい」
暴風雨が吹き荒び、俺と名稗の戦いもクライマックスといわんばかりに稲光が俺達を照らす。
俺は自身に向かってくる雨風を反転させて濡れるのを防いでいるが、名稗は何一つ策を打たずに雨に打たれながら、にたりと不気味に笑って糸をしまい込む。
「さて、散々あたしのターンだったけど、今回もあたしのターンから始めさせてもらうわぁ」
「ご勝手にどうぞ」
「あらどうも……じゃあ――」
名稗が低く構えを取った瞬間――俺はたった一瞬だけだが、瞬きをした。目の前をちらつく雨粒を前に、思わず瞬きをしてしまった。
そして次の瞬間に俺の目は、すぐ眼前まで迫る名稗の靴のつま先を捕らえていた。
「ッ!?」
「シッ!」
俺はすんでの所で回避すると名稗は今度は地面を強く蹴り、辺り一面の岩盤をへこませた。
「マジ!?」
「地面に衝撃を伝えたらこうなる事は当たり前でしょぉ?」
なるほど。恐るべし『喰々』。
「第二能力どころか第三能力まで持ってる感じ!?」
「それだけじゃないよーん」
名稗は足元からバチバチと火花をまき散らすと、今度は地面を電気が走り出す。
「いっ!?」
「電撃もうてちゃうよーん」
またも状況は逆転。こんな水浸しの状態で電気なんて流される状況では地面に降り立つなんて不可能。
「第四能力まで持ってるなんて……」
「歴史上『最初の多重能力者』……なんて、今でも通用できそう?」
ほとんどの能力者が第二能力までの中で、四つも持っていたらそりゃ通用できますよ!
「あんた本当ならAランクはいけるんじゃないの?」
「あたしとしてはもうちょっと欲張ってもいいと思うんだけどねぇ」
地面を電撃が走るフィールドの中、俺は壁に垂直に降り立って改めて名稗の方を向く。
「どうやらあたしも本気でいってよさそうね」
「ありゃりゃ、あたしも舐められたもんだねぇ」
互いににらみを利かせつつ、事態は最終局面へと移っていく。
俺は本来なら空間に散らばっていくはずの水を一ヶ所に押し固めると、そこから更に一方向へと水を飛ばしていく。
「――断裂激流!!」
「ッ!」
高水圧による激流は、地面のアスファルトをいとも簡単にえぐっていく。
「ふーん、そっちも一撃必殺を持ってる感じぃ?」
「今の言い方、あんたも隠し玉をまだ持ってる感じよね」
「あっはっはー、あたしは何も持ってないけどぉ?」
その言葉を鵜呑みにできるほど、俺は愚かじゃない。だからこそこの戦いが、楽しいのかもしれないが。