第十四話 ヒーローの美徳
「――それで、僕をどうするつもりさ?」
当然のことながら、ヒーローの素顔を知られてしまった以上は消しにかかるぐらいは覚悟していたが、以外にも奥田の方はむしろ諦めた様子でため息を漏らしてがっくりと肩を落としている。これには裏でショットガンを持って待機していたラウラも拍子抜けといった様子で、床にへたり込む英雄を見下している。
「どうするもこうするも……特に何も?」
「新聞社に特ダネでもっていったりとかは?」
「しない」
「テレビ局の人間を既に待機させていたりとか……」
「どこが取り上げるんだよ……まったく」
所詮ネット上で噂になる程度の存在が、どうしたら情報として知名度の高い新聞やテレビに載るんだって話だっての。
「あり得ねぇっての」
「そんなー……」
素性を隠したいのか隠したくないのかはっきりしてもらいたい。かまってちゃんかお前は。
「で、話してもらおうか」
「やっぱり素性の事――」
「何言ってんだよ。奥田宅雄はDランクとしてしか登録されていないし……『レッドキャップ』の方では登録されているみたいだけど」
「それは……」
「…………」
人にはそれぞれ事情がある。俺だってそうだ。俺だって榊真琴=榊マコだなんて世間一般にばらされてしまった日にはとんでもないことになってしまうだろう。恐らく榊真琴の時にどれだけの人間がバトルを仕掛けに来るか分かったものじゃない。だからこそ均衡警備隊の前ではしらをきって、レッドキャップの方に妄言だと擦り付けた。
「別に嫌なら、話さなくてもいい。俺は単に自分と同じで、訳があって素性を隠す奴が他にもいるのかと興味を持っただけだ」
「……その通り。僕は元々、単なるDランクだった。それがいつの間にか、こんな訳の分からない力を手に入れていた」
奥田曰く能力は大きく分けて三つ。一つ目は身体能力の極限強化。これは見ればわかる事であって、事実とんでもない怪力や耐久力を持っている。本人曰くその気になれば暴走する車や列車と並走どころか追い越して喰い止めることまでできるらしい。
そして二つ目はヒーローらしい力というべきか、赤い被り物さえしていれば素性は絶対にバレないという謎の補正が入るらしい。相手からは紅い被り物がトレードマークの存在――つまりレッドキャップとしてのみの認識が残るようだ。随分と都合のいい能力だことで。
そして三つ目。これがある意味一番ヒーローらしい――というより、一番厄介だと感じた力だ。
――相手の力への適応力上昇。つまり、一度でも受けた攻撃には耐性が付くようになり、何度も受け続けるとそのうち効かなくなってくるのだという。そしてこれと高耐久力が組み合さった結果、逆境であっても何度でも立ち上がる不屈のヒーローが出来上がるという理屈だ。
「……そんなヤバい能力をペラペラと喋って大丈夫なのか?」
「大丈夫も何も、既に情報クリアランスさえクリアできれば幾らでも見ることが出来るからね」
しかし仮に見ることが出来て対策を打つにしても、短期決戦で決められなかった場合には着実にレッドキャップの詰将棋によって勝利は確実なものとなる。
「……流石はヒーロー、ってことか」
「……僕はこの力でもって、正義を執行する英雄になるのが夢なんだ」
奥田の言葉はそれまでの軽い雰囲気から、一気に重たく重厚な意味を持ち始める。
「どうしてそうまでして正義にこだわるんだ?」
「……それが僕に託された使命だから」
奥田はそれ以上は何も言うことなくその場を立ち上がると、近くに置いてあった赤いニット帽を被りなおして玄関から立ち去ろうとする。
「おいおい、まだ傷が――」
「大丈夫」
振り返れば奥田の腕や顔にあった痣は消え、そこには使命感にあふれる一人のヒーローの姿が映っている。
「自己回復力も、身体能力の一つだからね」
「流石は英雄ってところなのか?」
詳しい検査は受けておらず能力名もまだ決まっていないようだが、奥田宅雄は暫定しているAランクにしては破格の能力を持っているのだと俺は思う。
「『正体不明の英雄』か……」
ちょっとカッコいい異名なのがむかつく。そして去り際の姿も妙にカッコいいのがむかつく。
「あいつ次回らへんで事故ってくれねぇかなぁ」
「あれー? お兄ちゃんが今しゅじんこーらしくないこと言った気がするよ?」
「何も聞かなかったことにするのです、アクセラ」