第十一話 その異名は伊達では無い
「今からあたしがぼっこぼこにしてあげるからそこで見ててねぇ~」
ヤバい、このままだとこの名稗という女に好き勝手な展開が続いてしまう。
「あ、じゃああたしはこの辺で――」
「えぇっ!? なぁーにぃー? 聞こえなーい!?」
相手は完全に耳を塞いでいる様子だが、そのせいで操り人形と化したダストが不可解な動きをしていることには気が付いていない。
やはりヤバい。こいつに関わるのはマズい。俺の直感がそう告げている。
「こうなったら――」
遠くにある物体と自分を入れ替えて逃げるしかない。俺はそう考えて、たまたま目に入った遠くの瓦礫と自分の位置を入れ替えようとした。
「交換――」
「おっと、そんなことさせないよーん」
「ッ!?」
人の集中を逸らさせる方法、それは他の事に気を取らせるに他はない。そして今回名稗が取った行動とは――
「ちょっともしかしてあたし達、運命の赤い糸で結ばれている感じ?」
「冗談でしょ?」
気が付けば俺の小指に赤い糸が結ばれ、その糸の先は名稗の小指へと繋がっている。
「こっちこそ冗談じゃないわよ。可愛い女の子や男の子ハンティングにきたつもりが、まさかこんなに近くに――」
――『運命の赤い糸』があったなんて。
「ッ!?」
まさか、あり得ない。あの戦いはSランク同士の戦いであって、『大罪』や『魔人』やその他一切は情報として明かされていないはずだ。
――検索しているのがSランクの人間であってさえも、その情報は決して手に入れることなどできないはずだ。
「まさかあんた、Bランクってのは嘘で――」
「本当だよ? まっ、こうして賞金首になってからは適性検査を受けていないから、当時のレベルでBランクなんだけど」
てことはAランクと見積もってもおかしくはないし、Sランクと見積もってもおかしくはないって状況になるワケ?
「少なくとも知らないうちにこんな糸を結ばれた時点でCランクの芸当とは思えないけど」
「最近のもんは情けないのーって、まだあたしそういう年齢じゃなかったかアッハッハッハ」
とはいってもこれで少しは分かった事がある。
相手の能力は恐らく糸に関するもの。こんな風にあからさまな赤い糸から、目には見え辛いピアノ線レベルのものまで、自由自在に操る能力といっても過言じゃない――
「それだけじゃないんだよねー」
「ッ、思考が読まれてる!?」
「糸電話……なんちゃってぇ」
第二能力持ち!?
「残念ながら持ってるのはそれだけじゃないんだよーん」
気味が悪くなってきた俺は、強制的に結ばれている糸を外した状態に反転してその場を離れようとした。すると名稗はそれまでダストを繋いでいたピアノ線を即座に外すと、まるで鞭のようにしなやかに糸を振るい、空間を叩き始めた。
「アッハハァ、逃がさないよぉー」
「なッ!?」
不可視の糸による衝撃。いたるところに細い糸で奏であげたとは信じがたい衝撃音と共にクレーターを抉りだしてつくりあげながら、名稗はへらへらと笑って少しずつ前へと進み始める。
「さあ、もっと楽しく踊りましょ♪」
「お断りだっての!」
足元に散らばっている砂利を片手で拾い集め、とっさにそれを名稗へめがけて投げつける。
そして――
「反転・石巌散弾銃!!」
投げつけた小石を全て大岩へと反転、その場で発破したかのように巨大な岩石が名稗へといくつも飛んでいく。
「うわっ、めんどくさっ」
名稗は愚痴を吐きながらも糸を操って襲い掛かる岩石を排除するが、それでもそのうちの一つが名稗の眼前へと迫りくる。
「あっ! やばっ!」
つい癖でそのままにしておいたせいで、このままだと大岩で名稗を押しつぶしてしまうことに。
「くっ、交換!」
大岩が名稗と接触するのとほぼ同時のタイミングで、俺は大岩を小石に反転させることに成功した。
だがそこから先、今度は俺の目の前には信じられない光景が広がっていた。
「はれ? こんにゃにひいさかっはっへ?」
そこには小石を口に挟む名稗の姿。そこまではまああり得なくもない光景だろう。しかし問題はここからだった。
「……ガリッ!」
「はっ?」
「ガリッ、ゴキッ、ゴクン! ……はー、やっぱりいくら悪食とはいえ石は不味いわー」
今俺の目の前で起こっているのは何だというのだ。少なくともびっくり人間コンテストを見に来たつもりなど毛頭なかったはずだ。
「石を、食った……?」
「あぁん? 意外とイケるわよ。あんたも食ってみる?」
「……いや、遠慮しておくよ」
『喰々《イートショック》』とは、そういう意味だったのね。
「『悪食女』と言われるだけはあるって感じね」
「ありゃ、『最初の複合能力者』の方は廃れちゃって悪名だけが広がった感じかな?」
どっちにしても、面倒な相手には変わりはないということだ。