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エピローグその3

 ――緋山励二は腹をくくった。

 この日この時間この瞬間を、どれだけ脳内でシュミレーションしたことか。そしてどれだけ失敗し、成功してきたのか。

 隣には最愛の人が、そして自分にとっての最後の居場所となってくれている人がいる。そんな人を失望させる訳にはいかない。

 そしてできればその人を、自分にだけ振り向かせたい。今のような保護者のような関係ではなく対等な、できれば恋人の様な――


「――励二! 励二ってば!」

「んっ? どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもないよ! 順番だよ順番!」


 観覧車の待ち時間の間ぼぉーっとしていた緋山の耳に、少し不機嫌そうな感情が入り混じった声が届けられる。これはまずい、と緋山は思った。このパターンのシュミレーションはしていないと。そもそもこのデートを通じて不機嫌にさせたつもりは無かったのに、最後の最後に予定外の怒りを買ってしまったと、緋山は少し落ち込んだ様子で観覧車の中へと足を踏み入れる。


「励二の方から観覧車に乗ろうって言ったのに……」

「わ、悪かったよ……」


 嫌な空気が流れるまま、二人は狭い密室空間へと閉じ込められる。

 そしてここで緋山励二にとって最大の難関が立ちふさがる。


「それにしても大丈夫なの、励二? 高いところ苦手じゃなかった?」


 そうである。緋山励二は高所恐怖症なのである。故に同じ炎系能力パイロキネシスのBランクの関門、穂村正太郎のように空を飛ぶことは不可能というわけでは無いが、本人の性格上不可能なのである。

 そんな緋山がどうして観覧車を選んだのか。それは過去にひなた荘の大広間で特に何も考えていない空ろな目で見ていた恋愛ドラマから引用したからである。しかしながらその時一緒に見ていた澄田の口から「私もあんな風に告白とかされてみたいなー」と、自分の方を見ながら放たれた言葉を、今でも緋山はハッキリと覚えている。


「だ、大丈夫だぜ……」


 外さえみなければ、と心の中で付け加えつつ、緋山は反対側に座っている澄田の様子をじっと伺っている。


「……もしかして、さっき食べたアイスクリームがついてた?」

「いや、何もついてない……」

「……変な励二」


 既に期待値を大きく下回る展開となってしまったこの状況で、緋山は何をしようとしているのか。


「…………」

「…………」


 互いに沈黙の時間が続いていく中、観覧車のゴンドラは次第に高度が高くなっていく。


「……なぁ」

「ねぇ――あっ、ごめん」


 互いに沈黙を破るタイミングが同時だったのは、ある意味息が合っているといえばあっているかもしれない。しかしこの場は互いに譲り合いをしてしまい、ぎこちない雰囲気となっている。


「こっちこそわりぃ、詩乃から言えよ」

「励二から言ってよ」


 少々強引――というよりも、あまりいい雰囲気とはいえない状態であったが、緋山励二はようやくこの言葉を言うチャンスを与えられることとなった。


「……実は、詩乃に言いたいことがあるんだ」

「それって、どういうこと……?」


 緋山はこれ以上に無い程に――恐らくSランクや自称1%の力を引き出した魔人と対峙した時よりも緊張感をもって、澄田に向かって拙い言葉を紡ぎ始める。


「俺にとって、詩乃は今でも唯一帰ってくる居場所だ。俺はもう、お前無しで生きていくことはできない」

「ちょっ!? なっ、何をいきなり言ってるの!?」


 澄田は困惑と恥ずかしさで顔を真っ赤にして、両手で頬を抑えている。

 恥ずかしいのは、緋山の方も同じであった。自分で考えてきた言葉だが、それでも本人を目の前に口にするには勇気がいる。


「で、でもお前にとって、俺は、その……面倒を見るっていう相手なんだろ?」

「そ、そういう訳じゃないけど……」

「だから、その……俺は! ハッキリさせておきたいんだ……」


 恐らくここら辺でこの場にいない第三者は痛々しくも初々しい光景に目も当てられなくなっているだろう。どこか遠くで「カッ! 魔人のオレにとっちゃ反吐ヘドが出るぜ!」なんて言葉が放たれているなど、当の本人は知る由もないだろうが。

 そんな緋山励二がたどたどしくも心の底から想っていたことを、今度こそ澄田詩乃へと伝えることを決意する。

 一つ大きな深呼吸。それで少しだけ気持ちが落ち着けられる。


「――澄田詩乃さん」

「は、はい……?」

「俺と……付き合って下さい!」


 渾身の気持ちで、頭を下げる。

 長い沈黙。そしてさっきまで以上に重い空気がゴンドラの中を満たしていく。

 やっぱり、駄目だったか。俺にとって居場所であってくれても、お前にとっての居場所には俺はなれないのか――そう緋山が思っていたその時だった。


「…………くすっ」


 緋山励二の頭上から笑いかけるような、微笑みかけるような――まるで子供の精一杯の頑張りを褒め称える母親のような笑い声が聞こえる。

 しかしその声は決して緋山励二を乏しめるものではなく、むしろようやく待ちわびたような、歓喜の色が混ざっている。

 そしてそれまでシュミレーションですら想像できなかった最高の言葉が緋山の耳に届けられる。


「はい、喜んで」

「っ! 今、なんて――」

「というより、私達とっくに付き合ってるかと思っていたんだけど、そう思っていたのって私だけだったの?」

「いや、だから、その……ちゃんと告白できていなかったから……」

「クスッ、変な励二」


 顔をあげれば、目の前には最愛の人の満面の笑みがそこにある。そして――


「不束者ですが、これからもよろしくお願いします……っ」


 緋山励二の唇に、澄田詩乃の唇が重ねられる。


「ッ!? バ、馬鹿ッ! お前なんで――」

「えぇー、だって今そういう雰囲気だったじゃん」


 互いに頬を赤く染めつつある間、観覧車は徐々に高度を落としていく。


「これからは、俺もお前の居場所になる。だからお前も、ずっと俺の居場所でいてくれ」

「ふふっ、結局は今まで通りってことかな?」

「いや、いままでよりもっと、大切な関係だ――」



          ◆◆◆



 ――その日の夜。二人はこの日初めて、別々の部屋ではなく同じ部屋で眠りにつこうとしている。


「その、俺、始めてだから――」

「何言ってるの、私だって初めてだよ?」

「そうか……痛かったらすぐに言えよ?」

「励二のなら、痛くても大丈夫だよ」


 その光景を外野から憤慨する者が一人。「テメェマジでふざけんなよッ!!」と口走りながら突入しようとするも、すぐにひなた荘の大家と家賃滞納者の二人によって取り押さえられ、別室へと連れていかていく。

 そしてもう一人、そんな光景を間近で見ておらず、遊園地から直接自分の部屋へと帰っていった者が、床につく前に一言。


 ――リア充死ね(by榊真琴)。

はい。この編を要約すると「リア充死ね(榊真琴談)」で集約されると思います(´・ω・`)。時系列の問題ですが、今のパワーオブワールドを追い越す前に、まず向こうで言うところの『理を覆す魔導王』との戦いの時系列の裏で起こっていたことを掻き起こして以降かなと考えています。題して「日常編」(ようやく平穏な回にできるはず!)です。ちょっと今まで出てきたキャラクターも出したりと、どちらかといえば番外編のちぇんじ・おぶ・わーるどに近いゆるーい感じで書いていけたらなぁと思います。

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