エピローグその1
エピローグを3つに分けて投稿する予定です。その1とその3は三人称、その2は榊視点になる予定です。
「――ごめんごめん! 結構待ったでしょ?」
「いや、別に今来たばかり――っつうかまだ約束の時間の十五分前じゃねぇか」
そうはいっても緋山の方は約束の時間の三十分前に来ており、お相手が来るまでずっとそわそわとしている様子を辺りの人々に奇異の目でもって見られていた。
「じゃあ行くか」
「うん。……き、今日はよろしくね」
「っ、そんなに張り切る事か?」
「だって久しぶりのデートだもん。それに……今日は、その……初めてだから」
恥ずかしそうに紡ぎだされる初めてという言葉を聞いて、緋山まで頬を赤く染めなければならなくなる。そんな初々しい二人の最初の一歩は、随分とぎこちないものとなる。
――改めて恋人としての関係を始めるために、そして今までとは違ってきちんと彼女をエスコートができるように、この日の為に緋山は随分と下調べと準備を重ねてきた。今までのような行き当たりばったりの連れ回しではなく、ある意味今回が初めてデートと呼べるものになるのかもしれない。
そんな二人の後を、こっそりとつける者がいる。
「……本当にアイツ等大丈夫かよ」
「魔人でも親心ってやつがあるんですね。意外でした」
「あのー、俺の方が嫉妬心がヤバそうなんで帰っても」
「ダメだ」
「駄目です」
ある者は普段見慣れている少女の姿から反転して人ごみに紛れ、ある者はその小柄な体躯を利用して花壇の裏に隠れ、ある者は無駄に力を使って人の影に潜み、それぞれが一組のカップルの後を追っている。耳元には魔人お手製の超小型魔法陣が宙に展開され、無線機のような役割を果たしている。
「てか栖原さん呼ばなくてよかったのか?」
「そもそも栖原はお前が反転していたことにまだ気が付いていない分、説明の時間が入ります。そもそもうちですらまだ認めていないというのに――」
「黙ってろクソガキ。……ターゲットが動くぞ」
本当に後をつける意味があるのか大きな疑問が残っているものの、今や守矢に実は男だったという弱みを握られ、魔人に元から顎で使われる立場の榊が逆らえるはずもない。仕方なく週末のカップルだらけの第八区画の人波にもまれながらも、榊は緋山達の後をコッソリと付けることとなった。
「それにしても、よくあの事件をもみ消しましたね」
「もみ消したのはオレじゃねぇ、この都市の市長だ。よっぽどヤベェ案件だったみてぇだぜ」
第十三区画が火の海に沈んだとされる事件、通称「プチ・ラグナロク事件」の詳細は、いまだに一般には公表されていない。その理由はこの力帝都市の裏の業界では名の知れているとされるあの『魔人』が動いていたことがまず一つ。そしてもう一つは、『大罪』が一度に二つも顕現し、なおかつ暴れまわった事が大きな理由とされている。
一般人のなかで魔人のことを知っているのはまず片手で数える程度しか知らず、そして大罪に至ってはまず言葉すら耳にした事が無い者が全員と言っても過言ではないとされる。そんなとんでもない情報が飛び交う戦いの記録など、SランクどころかSSランク――Sが二つ付いてもおかしくはない程の情報クリアランスとなっても何らおかしなところはない。
「そもそもこれでテメェもめでたく大罪持ちとなったワケだが、今の感想はどうだ?」
「そんなこと言われても、実感ないですし」
「あれから何か語りかけたりしてこねぇのかよ? あー……ウツロだっけか?」
「あれ以降今のところは……っていうか、アイツに乗っ取られていた間も意識はあったんで大体何が起きたかは分かっているんですけど……」
「だったら澄田詩乃を攫った理由はなんだ?」
「……よく分かんないです」
本当は知っている。だがこれを知られれば、今度こそ確実に魔人は怒り狂うだろう。界世と世界を繋ぐための媒体にするのが目的だったなんて言えば、緋山励二の暴走は避けられない。
「……本当は分かっているんじゃないか?」
「分かっているならとっくに魔人さんが知っている筈ですよね?」
「……この場にいない大罪の思考回路まで読めりゃ苦労しねぇよ」
となれば魔人は現時点で大罪の足取りはつかめていないことを示す。嘘の可能性もあるかもしれないが。
それはさておきあれが本当に起こった現実なのだと、榊には受け入れることはできなかった。自分では無い何者かが自分の身体を乗っ取り、そして自分では考え付かないような頂上的な力を振るい、あの魔人と互角に渡り合ったとは、夢でも見ていたと言われた方がまだ信じられるほどである。
「ケッ、言っておくがオレはまだ力を温存していたからな」
「はいはい、そうですね」
こういう時だけはしっかりと心を読む負けず嫌いの魔人の言い訳を聞き流しつつ、榊は後を追う。後を追う一歩一歩が、ある意味榊の身にも『嫉妬』を宿してしまうのではないかと思えるほどに、二人の仲睦ましさには嫉妬心を覚えさせられてしまう。
「これ見よがしに見せつけられる身にもなって下さいよ」
「だったらテメェもそろそろヒロインを決めろよ」
「一体何を言っているんだこの人は……」
相変わらずどこに向けた発言なのか、榊は首を傾げざるを得ない。そんな主人公に軽く激を飛ばしつつ、ある意味我が子に近しい存在である澄田詩乃の動向から、魔人は一切目を離すことは無い。
「あの野郎、この前は凍結されて負けたかと思えば今度は『嫉妬』に体を乗っ取られるザマ。どっちも自力で抜け出したから目を瞑ってきてやったが、澄田詩乃を……澄田詩乃を消してしまったことについてだけは……」
「うおっ、何か急に寒気が……?」
殺す殺す殺すコロス……という怨念が、見知らぬカップルの影から染み出てくる。榊はそれを遠目に見てドン引きしがらも、静かに後をつけていく。
「ねぇ励二、今日はどこに行くの?」
「き、今日は……遊園地にいくぞ」
「えぇっ!? 遊園地!?」
普段は適当なショッピングモールなり大型デパートなりで適当に買い物を済ませつつ昼食をとるようなぐだぐだのデートが、遊園地に行くというだから驚かざるを得ない。それは澄田だけではなく、隠れていた魔人の方からも少しだけ驚嘆の声があげられる。
「ホウ、あの朴念仁も少しは女心ってヤツが学習できたみてぇだな」
「全く、その通りですよ」
あの二人変なところで息が合うな、と思いながらも榊は後をつけていく。
今更であるが、この二人の後をつけるのには理由が二つある。一つ目は魔人曰く「間違いを犯さないように」とのこと。そして二つ目であるが――
「――おい、今ならいけそうじゃねぇか?」
「今日こそはリベンジを果たすぜ!」
「チッ、ゴミクズ共が……いっぺんマジで粉々にしてやらねぇと学習しねぇのか?」
「粉々にされたら学習もくそもないと思うんですけど……」
もう一つの理由――それはSランクであろうとなかろうと、常に付きまとう問題である。
「よし、そろそろ――」
「テメェ等何するつもりだ?」
「何って――はぁっ!?」
一瞬にしてダストの連中を闇の瘴気で昏睡させると、魔人は大きなため息をついた。
「ったく、いい加減てめぇの身の程をわきまえろっての」
もう一つの理由、それは緋山励二を付け狙うダストの存在であった。普段なら緋山本人に相手をさせるが、今回ばかりはそれとは違う。
「せっかく澄田詩乃が楽しみにしていたものに、水を差すマネなんざさせるかよ」
妨害を防ぐ正当防衛にしては随分とやり過ぎな気がするものの、今は魔人に従うほかはない。榊は裏路地で起こった魔人の暴挙に見てみぬふりをかましつつ、静かに後を追う。
「遊園地に行くんすか……ぼっち遊園地とか難易度が高すぎて――」
「だったら不本意ですが、うちとカップルの振りでもしますか?」
守矢の意外な提案に対し、榊の無線機からの返事は帰ってこない。
数秒だったか、数十秒だったか、その後に聞こえたのはたった一言。
「……えっ?」
榊の素っ頓狂な漏れ出る声だけが、守矢の耳に届けられた。