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第二十八話 帰るべき場所

「帰ッテ、クル……?」

「そう。帰っておいで」


 澄田はこぼれそうな笑顔をレイジに向ける。が、レイジはまるで初対面の女を目の前に不思議がっている様子。


「俺ニ……帰ッテクル場所ガ……?」

「そうだよ。ひなた荘の皆も、励二を待ってるよ」

「ひなた荘……ミンナ……ウッ、ガッ…………!」


 レイジは突然の頭痛に襲われると共に、よろめくように数歩後ろへと下がる。そしてその差を詰めるがことく、澄田は数歩前へと進み、励二の元へと距離を縮めていく。


「ねぇ、帰ろう? 今日は励二の好きなカレーにするよ? 私、腕によりをかけて作っちゃうんだから」

「カレー……俺ガ、好キナ……ウゥ、グゥゥ……アァアアアアアアアッ!!」


 突然の頭痛が、レイジを襲う。それは何か欠けていたものを、取り戻すための苦痛。そしてレイジはその苦痛をかき消すための、手段を得ようと模索し始める。


「貴様、何ヲ……俺ニ何ヲシタァッ!?」


 頭痛がやがて苛立ちと変わり、レイジは澄田を威嚇するかのように両手の爪を臙脂色に染め上げ、そして何もない空間を切る。

 赤い軌跡が宙を描き、澄田の眼前を炎爪が通り過ぎる。しかし澄田は怯えずに、そして一切目を逸らさずにまっすぐと大切な人を見据えている。


「……私は何もしていない。励二が……励二自身を思い出そうとしているんだよ」

「俺ハ、俺……俺ハ……誰だ……? 俺ハ、誰なンだァああアアああアあアあああアァ!!?」


 自分の表面を這うざらつきを追い出すかのように、レイジはひたすらに顔をかきむしる。自分の殻を剥ぎ取るように、自分の内に潜む緋山励二かんじょうを表に出すために、レイジは更に自身を爆炎で包み込む。

 一触即発。もはや歩く核爆弾という言葉では生ぬるいと思えるほどの危険なものと化した鬼神であったが、それを前にしても一切怯える事無く立ちはだかる少女がいる。


「励二は、励二だよ……っ、熱いよね、やっぱり……マグマだもんね……」


 その肌に触れれば数千度の熱が対象物に襲い掛かり、人間の手など一瞬にして溶けてしまうだろう。しかしそれでも、澄田は愛する者の頬に触れようと、手を伸ばす。


「でも、私は励二のことが、好きだから。だから、帰っておいで――」


 澄田が意を決してその両手を頬に当てようとしたその瞬間――


「――おいおい、火傷するから触らねぇ方がいいぜ」

「えっ……?」


 それは恐ろしさを交えた鬼神の声ではない。大切な人に向けられた、暖かな少年の声。


「ったく、帰ってきたってんなら早く言えよ。お前がいないせいで今日の晩飯俺が作ることになってんだぜ?」

「……励二? 励二なの?」


 それまで緋山を覆っていた鬼神の鎧は砕け落ち、仮面の下の素顔には待ちくたびれたと言わんばかりの少年の疲れが入り混じった笑顔が。


「随分と遅かったな……おかえり、詩乃」

「…………」


 全身を覆っていた熔岩は全て崩れ落ち、一人の少年が姿を現す。澄田はその姿を見て何も言えずに、ただただ肩を震わせるばかり。


「……お、おい? どうしたんだよ? 俺何かおかしいこと言ったか?」


 緋山は目の前の少女が震えていることをひどく心配したが、それ以上に心配していたのは少女の方だった。


「……励二のばか」

「何で俺がバカなんだよ……」

「だって! だってぇ……」


 おかえりというのは、おかしな言葉だ。帰ってきた者が言う言葉では無い。だがそんな事はどうでもいい。澄田詩乃は、戻ってきた。そして緋山励二も、戻ってきた。


「……だって、励二の方が遅れて戻ってきたんだもん……だから――」


 ――おかえり、励二。


「……ったく、悪かったよ」


 ――ただいま、詩乃。



 ――孤独な少年はようやく、そして再び、自分のいるべき居場所へと戻る事が出来たのであった。



          ◆◆◆



「――随分とやるみてぇだなテメェは」

「それはどうも。褒め言葉として受け取っておくよ」


 魔人は予定外の事象に驚嘆していた。それは大罪としてのウツロの意外な強さが脅威に感じると共に、この大罪を味方につけることが出来ればどれだけ今後の展開を容易に進められるかと思っていたからだ。


「テメェがここまでやるとは思っていなかったぜ。褒めてやるよぉ」

「クスクス、魔人から褒められるとは光栄なんだけど……ボクとしては都合が悪いんだよねぇ」


 ウツロは賞賛の言葉を最初は素直に受け取っていたものの、今の表情はどちらかというと有難迷惑、といった方が正しく受け取れるであろうことは間違いない。


「どうしてボクが、いやボク達がここまで強いのか。その理由知ってる?」

「知らねぇし興味もねぇよ」

「その割には手を止めて聞く姿勢になっているみたいだけど」


 魔人は少年ウツロの言動に苛立ちを覚えながらも、ここは一つ我慢とばかりに黙って耳を傾けることにした。するとウツロは特にもったいぶる様子もなく、ペラペラと自分達界世の人間について自ら語り始めた。


「ボク達は知っての通り、世界とは違う界世に住む人間。普通なら表の世界とは完全に関係ない裏の部分――界世だけで過ごし、そして表の人間同様に朽ち果てていく存在のはずだった」


 だった、という部分に引っかかりを感じる魔人。相手もその部分を説明したがっているようで、更に話を続けていく。


「しかしたまに表の人間と深く繋がりを持つ存在が、この界世においては生まれちゃう。それは表の人間を反転したような力を持ち、表の人間の評価を反転させたものがこの界世での評価になる。当の本人はそれを知ることはできても、表の世界に干渉はできないけどね」

「……なるほど、だから賛辞を嫌がっていたのか。……『大罪』ってのは皆そんなモンなのか」

「賛辞を嫌がっていたのはその通り、ご名答。表の人間が高く評価されればされるほど、裏での評価は落ちていくからね。まぁ、そもそもベースとしての人間がキミ達悪魔や天使に見下されている時点で、こっちの方は相当強くなっているんだけどね。……だけど『大罪』について、ボクはかなり異質と言ってもいい」


 人間を下等なものとして評価する存在がいるお蔭で、裏にいる界世の存在の評価があがる。表の人間が無知無能であればあるほど、裏の人間が全知全能に近づいていく。それが界世と世界とのつながり。だがそれと『大罪』とは全く関係ないと、ウツロは語る。


「『大罪』っていうのは、そもそも本来なら二重人格みたいに表の世界の触媒にくたいに本来の人間のこころとボク達『大罪』が共存している状態が普通――なんだけど、ボクは、ボクだけは唯一違った」


 緋山の内に潜んでいたレイジのように榊の中にいた訳ではなく、反転して繋がっている界世の人間を乗っ取って、『色欲ウツロ』というものは存在している。そう彼は証言する。


「この肉体の元々の持ち主の精神は、ボクが乗り移った時点で消えちゃってた。だけどこの肉体に刻まれた記憶によれば、この肉体の持ち主は相当に高い地位にいたみたいだね」


 ジズルとゼズゥという強力な双子の護衛を従えているのが、何よりの証拠だった。そして元々の肉体の持ち主が榊と繋がっていたおかげで、なおも(力帝都市検閲により削除済み)


「たまたま平々凡々な真琴くんと繋がりを持っていたみたいだけど、それプラスのボク自身が大罪であるお蔭で、今の全能に近い存在になれているからね」

「その表の榊真琴が『反転リバース』とかいう全能に近い能力を持ってしまったワケだが、それをテメェはどう思っている?」


 魔人の問いかけは、最も核心を突くものであった。現に『反転』の力を徐々に理解し、能力を開花させていくことで、榊真琴は榊マコとして着実に強くなっている。それは同時に裏の界世としての肉体を持つウツロのベースとしての力が弱まっていることも示している。


「そうだよ。だからこそボクはエメリアという世界側の魔女が界世にちょっかいを出しているのを利用させてもらった」

「そうして表の世界に介入できるようになったテメェが、榊真琴の身体を乗っ取ったってワケか」

「ちゃんと許可は貰っているよ? だから乗っ取るって言い方は止めてもらえるかな?」


 ウツロは心外といった様子であるが、魔人は酷く不機嫌な様子。何にせよ『大罪』側に好き勝手動かれている現状を、魔人はよく思っていない。


「困るんだよなぁ、テメェ等みてぇなガキにかき回されるとよぉ」

「この程度でかき回されるなんて、表の世界は随分と生温いんだね。……この調子だと、容易く終わりそう」

「……テメェ、一体何が目的だ」


 ウツロの意味深な言葉を前に、魔人は訝しむ。この少年は、目の前にいる大罪の底が知れない。否、力を使えばいくらでも精神を除く事などできるであろう。だがそれをさせる気すら起こさせず、かといって理解できない不安感を植え付けるような雰囲気を、少年は自然と醸し出している。


「本当の目的は乗っ取りじゃねぇな? だとすれば何だ?」

「クスクスクス……そんなに大それたことじゃないよ。ただやってみたいことを、実行しようとしているだけ」


 それは無邪気な少年の純粋な疑問から始まった、壮大な計画。


「この裏にあるはずの界世と、表にある世界。その立ち位置を入れ替えてみたいなって――」

「テメェ、それマジで言ってんのか?」

「うん? 本気だけど?」


 誰しもの予想を上回るであろう狂気に満ちた計画を、目の前の少年はまるで遠足にでも行くような感覚で企てている。


「できればそこから人間と神、悪魔の立ち位置も入れ替えて、ボク達が頂点に立ってみたいなって――」

「テメェ、マジで『高慢プライド』以上に調子に乗っていやがるな……」

「それは嬉しいね。こうなったら『大罪』の役割として『高慢』も兼任しようかな?」


 魔人は目の前の少年の言葉が本気なのか、はたまた狂言なのか、その真意を推し量れずにいる。

「さてと、今回はここまで。ボクはまたしばらく休ませてもらうよ」

「待て! まだ聞き足りねぇことが――」

「それじゃ――あれ? ここは?」


 一瞬にしてウツロは消え去り、そこに残っているのは榊真琴ただ一人。


「あれ? なんで魔人さんがこんなところに?」

「……チッ! まあいい。帰るぞ」

「えっ? ちょっと何がなんだか――」

「帰りたくねぇのか? 元の世界に」

「いやいやいや、帰りますよ!」


 榊は訳が分からないながらも取りあえずは全て終わったのだと悟り、魔人の後をついていくのであった。




 ――“次は、互いに本気を出せることを楽しみにしているよ”

これでようやく世界⇔界世編は終わりとなります。とりあえずなんとか複線等回収できて一安心です(汗)。この後後日談を挟んで次の話に行きたいところですが……次の編にはいるとなると、パワーオブワールドの時系列を越してしまうことになってしまい、ちょっと困っています(汗)。なので短編をいくつかはさんで時間稼ぎ(?)をしつつ急いでパワーオブワールドの方も進めることを今は考えています。いずれにせよ、面白い話をこれからもかけるよう頑張っていきたいと思います。

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