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第二十五話 窮地で旧知

「真琴くんじゃない……?」

「いや、確かにこの肉体は榊真琴そのものだよ。ただ扱っている人格――いや、間違えた。霊体アストラルが違うって言えばいいのかな? いやいや、そもそもボクは世界側の住人じゃないか」


 榊真琴と思わしき少年は、およそ榊真琴ではやらないであろうクスクスとした含み笑いを浮かべると、すたすたと澄田の方ではなくアクセラの方へと歩きだす。


「お帰りなさい。お姫様……なんてねっ」

「えっ? へっ……?」


 少年は当然と言わんばかりにアクセラの手を取ってその甲に唇を重ねたが、当の本人は少年の行動に困惑している様子。そしてアクセラのその様子を目にした少年側もまた、予想外の反応に当惑した。


「うん? ……ありゃりゃ、記憶を失っているみたいだね。しかも世界側の魔法でゴチャゴチャに弄繰り回されたお蔭か修復不可能といった感じかな?」

「ま、真琴くん? 一体何がなんだか――」

「キミが理解する必要はないよ、澄田詩乃さん」


 敵意など一切ない清々しい笑顔だが、澄田はそれでも閉口せざるを得なかった。

 笑顔の裏に潜むものを、見透かすことができない。仮に見透かせたとしても、そこに渦巻いているのは表立った笑顔とは到底離れたおぞましきものだということは想像に難くない。


「クスクス……さて、と」


 少年は改めて何もない界世を見渡し、そして足元に血をばら撒いて倒れ伏す二人の少女を見下ろす。


「キミたちもいい加減そろそろ復帰できるはずだよね?」

「……仰せのままに」

「……仰せのままに」


 少女二人はそれまで重体だった身体を修復すると、まるで何事も無かったかのようにその場にスゥッと立ち上がる。


「えっ? えぇっ?」


 澄田は理解が追い付いていなかった。否、元々界世側の人間だったアクセラですら、理解が追い付いていなかった。

 少年は元からジズルとゼズゥを知っていたかのように、もっと言えば前から知り合いであったかのように、二人に対して親しく話しかけている。


「ボクがいない間、界世を守ってくれていたみたいだね」

「言いつけは全て、守ってきました」

「言いつけは全て、保持してきました」

「クスクス……久々に聞くよ、その独特の喋り方」


 少年は随分とゆったりとした態度であるが、ジズルとゼズゥはあくまで言いつけを守ってきたことを強調し、そして咎められることを怖れているように見える。


「お嬢様は、どうしましょうか?」

「お嬢様は、いかがしましょう?」

「アクセラのことかい? 彼女はできればこっち側に置いておいた方がいいだろうけど……記憶を失っているなら、寧ろボクのそばに置いておく方がいいかもしれないね」

「ッ! つまりウツロ様はまだ世界にいると!?」

「ッ! つまりウツロ様はまだ界世にいられないと!?」


 ジズルとゼズゥは少年のことをウツロ様と呼び、この界世に留まらずにいることに焦っている様子であった。

 そして澄田は目の前の少年の名がウツロだということを知り、そしてアクセラの存在がこの界世に深く関わっていることを知り、そして榊真琴の裏にいる存在が、この界世において重要な役割を果たしていることを知った。


「残念ながらこの身体の支配権はまだ榊真琴にあるからね。それにボク自身も、彼のことは嫌いになれないし」

「何故です!? 今なら身体を乗っ取る事など容易いはず!」

「何故です!? 今なら精神を乗っ取る事など容易いはず!」

「……何度も言わせないでくれるかな? ボクは別にキミ達とは対称の存在じゃないから、ここで消してあげてもボクにとっては何ら問題はないんだけど?」

「ッ!?」

「ッ!?」


 単なる恐喝では無く本気で消すつもりで言い放った一言が、ジズルとゼズゥを一気に窮地へと追い込んでゆく。


「さて、と」


 ウツロは二人に釘を刺し終えると、再び澄田の方を振り向く。


「榊真琴にとって大切な友人なら、ボクにとっても大切な客人だ。元の世界に帰りたいなら、帰してあげるよ」


 ウツロは何もない空間に穴を開けると、元の世界の姿をそこに映し出す。


「帰してあげるって、一体…………っ、何が起きているの!?」

「あー、これ? これね、キミの彼氏が暴れているからこんな風になっているの」


 ウツロが開けた穴に一瞬であるが、緋山励二が変貌した鬼神の姿が映り込む。そしてそれを追うかのように、魔人が更に禍々しいオーラを纏って空を駆けていくのが垣間見える。

 澄田は自分一人がいなくなっただけで崩壊していく世界を前に、ガクリと両膝を付いた。


「さっき真琴くんが言っていたのってこういうこと? ……私が、私一人だけが消えちゃったせいで、励二が……励二が……」

「……世界に不要な人間なんて、存在しない。ましてやかの魔人の様な重要人物のすぐ近くの存在なんてね。そしてそれはそのまま、界世にも通じる」


 ただ単に聞いただけなら、聞こえのいい言葉なだけかもしれない。だがその言葉の裏に潜むもう一つの意味を、今の澄田が理解することはできない。


「……真琴くん、じゃなくて、ウツロ……くん? 一体何を言って――」

「さて、と……澄田詩乃さん。今なら緋山励二の目を覚ますのに間に合うかもしれない。だけど、その前に――」


 ウツロは穴を閉じると、まるで法要でもするかのように何もない界世の空間に両手を広げ、そして澄田に問いかける。


「キミにこの界世はどう見える?」

「どうって言われても……何もない空間としか…………」


 澄田のもっともな答えに対してウツロはクスクスと笑うと、指をパチンと一回だけ鳴らす。


「そうかい? ボクには……こう見える」


 指を鳴らした直後から界世は――彼の住む『世界』は、色を帯び、形を成し、全てが創り上げられてゆく――


「これが、本来の界世だ」


 ――そこに現れたのは表の世界と同等の、色鮮やかな界世の姿であった。



          ◆◆◆



「――チィッ! テメェ、まだ澄田詩乃のことを覚えているよなァ!?」

「詩乃ノコトヲ忘レルナド、一秒タリトテ有リ得無イワァ!!」

「ケッ! ならテメェをまだブチ殺さずに済みそうだぜェ!!」


 魔人が右手を宙に振るえば、小型の黒球が四方にばら撒かれる。その一つひとつが建物や地面に接触する度に、広範囲の爆発を伴って一辺を更地へと変えていく。


「ヒャーハハハハァ! あの『思い上がったクソ女(メガロマニア)』が次々と防護壁を張ってくれるおかげでヤりたい放題だぜぇヒャッハァー!!」


 魔人は更に調子に乗って右手に力を込めて地面を叩きつけると、地割れと共に暗黒の負のエネルギーが割れ目から噴出してくる。


「クッヒャハハハァ! 死ね死ね死ね死ネェ!!」


 更に地面から吸い取った負のエネルギーを右足で吸い取ると、そのまま蹴り上げと共に闇の三日月刀サーベルをいくつも射出し、残っている残骸全てを切り刻んで破壊の限りを尽くしていく。

 そして当然だが、殺意の塊はレイジにすら容赦なく斬撃を浴びせて通り過ぎていく。


「グ、ガ、ギ……ッ! キ、貴様ァアアアアアアッ!!」


 防御姿勢の上からですら、容赦ない斬撃の雨が降り注ぐ。レイジは圧倒的な力の差を前に絶望しながらもその力を妬み、嫉んだ。

 そしてレイジの身体の全てが、嫉妬の心が満たされていく。


「俺ニモ、其ノ力ガ有レバ、其ノ力ガアレバァアアアアアアアアッ!!」

「その力があればなんだ!? なんだってんだよテメェはァ!?」

「其ノ力ガ有レバァ!!」


 ――俺ハ、此の世界を破壊しつくせる!!


「……テメェ、今なんつった?」


 魔人は一瞬にしてその動きを止め、それまでその場を満たしていた殺意を全て消し去っていった。

 そして改めて問い直した。その力を、どうするつもりなのかと。


「俺ニ其ノ力ガ有レバ、此ノ世界ヲ終ワラセラレル……此ノ苦痛ニ満チタ世界ヲ!!」

「……澄田詩乃を、救わないのか?」


 魔人はとうとうこの時が来てしまったのかと、残念だという表情を浮かべて最後の問いを投げかける。

 すると帰ってきたのは、失望としか言えない無様な答え。


「澄田詩乃トハ……誰ダ?」

「……遊びは終わりだ」


 魔人はそれまでにない桁外れの殺意と闇の力を全身に纏わせ、まさに必殺の体勢を取り始める。

 右手をひきつけ、左手で狙いを定める。狙うは心臓を抜き取る一撃必殺。

 レイジといえど、元は緋山励二。ならばその肉体を完全に停止させるには、心臓を破壊するほかない。


「……さらばだ、レイジ。そして、澄田詩乃を最も深く愛していた者よ」


 次の一瞬で、全てが決められる。そう思われた時だった。


「――おっと、ジャストタイミングって感じ? そして――」


 役者はすべてそろった。その身を殺意を満たした魔人。最も大切なものを忘れ、『嫉妬』に狂う鬼神。そして『色欲ラスト』であり、最後ラストの大罪を背負ううつろな少年。


「うわっとと!?」

「ちょっとウツロくん、もう少し丁寧に降ろしてくれる?」

「ごめんごめん澄田さん……それより何コレ? 同窓会?」

「アァン? まさかテメェ、コイツを知っているのか?」

「魔人さん。知っているも何も、大罪じゃんボク達」

「貴様……『色欲ラスト』か?」


 鬼神と少年が相対すれば、自然とその場に戦いの流れが生まれる。

 少年は闘争を前にして前髪を掻きあげながら笑い、そして禍々しさを潜ませた瞳で『嫉妬エンヴィー』の姿を捕らえてこう言い放った。


「そうだよ……『最後の大罪(ザ・ラスト・シン)』。それがこのボク、ウツロだよ」

 恐らく次でこの戦いを終えて後日談へと向かうと思いますが、その前に榊真琴の内に潜むぶっ飛んだ力を発揮してから向かいたいと思います。

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