第十八話 起承転結の”承”
「…………マジですか」
どうやら俺は、とんでもないことに首を突っ込んでしまったようだ。確かに人とはズレている子だったけど、そもそもが別世界の――界世で生まれた少女だったなんて誰が想像できただろうか。
「大マジです。嘘偽りはありません。私がこの目で見たんですから」
いやそんな普段から閉じられてそうな糸目の人に言われても、いまいち信用ならないんですけど。
それはさておき。
「じゃあ、記憶を失うっていうのは?」
「そもそもが真っ赤なウソだと言った筈でしょう? 我々にとって都合のいい記憶を植え付けると同時に、元の記憶を思い出そうとした瞬間に前後の記憶を消し去る呪いをかけただけなのですから」
「……最低ですぜ、こいつ等」
「最低なのは私ではなく、エメリアだけかと」
尸はさりげなく責任逃れをしているようだが、責任の一端は確実にこいつにもある。
「だったらどうにかしてあの子を元の世界――じゃなかった、界世に戻してあげないと」
「ええ、そうするべきでしょうね。ですがエメリアが首を縦に振るかどうか……」
首を縦に振る気が無いなら、振らせればいいだけのこと。
「……今からエメリアの所にいくよ」
「おやおや、どうやら穏便には済みそうにないですねぇ」
「あんたにも来てもらう」
「えっ、私もですか」
当たり前だ。こんなことになった以上、きっちりと責任を持ってもらう必要がある。
「アクセラを、元の界世に帰すよ」
俺はそう言って倒れているアクセラを抱きかかえようとしたが――
「ふぁああ……あれ?」
致命傷――は見た目には無いんだけど瀕死になっていたはずのアクセラが、まるで昼寝から目を覚ますかのようにむくりと起き上がる。
「あれ?お姉ちゃんたち、誰?」
「えっ……まさか!」
「そのまさかですね。一旦は呪いを跳ね除けたものの、反動で記憶を消されているようで」
「お姉ちゃんたち、誰? ここはどこ?」
「ちょっと待った。今まではこの場所に無意識に来ていたっぽいけど、今回それも忘れちゃってない?」
「…………」
あれ? 返事がないぞこの店員。
「……これはやってしまいましたようですぜ」
……テヘペロで済む問題じゃないですけど!? 守矢も一発殴っていいレベルだよこいつ!?
◆◆◆
そんなこんなでアクセラには色々と端折って事情を説明した上で、第十三区画のエメリアの元まで連いてきてもらっている。
「ここに何があるの?」
あちゃー、もしかしてこれも忘れてるってことは結構ヤバい感じ?
「ともかくエメリアの所まで行って治してもらいましょう」
「治すじゃなくて、元の世界にかえす、でしょ」
「まあそうですけど」
俺はため息をつきながらエメリアの家のドアに手をかける。するとドアに力を入れるまでもなくドアは勝手に奥へと開き、俺達を中へと招き入れる。
「エメリア、ちょっと話が――」
そしてドアが開いたとたんに中から出迎えてきたのは、切っ先が向けられたナイフ十本。
「あぶなっ!?」
俺は即座に体を逸らしてとっさにそれを回避し、そのまま外の壁へと身を隠す。
「ちょっと歓迎にしては荒すぎないかなっ!?」
「水晶玉で全て視ていたよ……お前達、アクセラの秘密を知ってしまったようだな」
「だったらどうする気? 帰すの手伝ってくれないの? って――」
エメリアが代わりに返してきたのは、自分の家すらも破壊するほどの爆発。俺は済んでのところで反転をして爆風を打消し、何とか離脱に成功する。
「尸……お前もしくじったな?」
そしてエメリアの怒りは、手を組んでいた尸にすら向けられる。
「真相に近づいたところで、Sランクのお前が全て封じ込める手筈であったはずだが?」
「それはあくまでAランク以下の輩を相手にする時ですよ。Sランクはどちらも勝てるかどうか、いい勝負といったところです」
姿は見えないものの、エメリアは尸の返答に対し怒りを打ち振るわせていることは想像打に難くない。そしてその予想は、見事に的中することになる。
「……つまらん男だ」
先ほどとは比べ物にならない衝撃を伴って、エメリアは自らの家を破壊しつつ宙を舞う。
「やはり、界世への扉は自ら開くしか道はない、か……」
エメリアは全てを悟ったかのような目でこちらを見下ろし、そして小型の魔法陣をいくつも展開させていく。
「っ、きます!」
守矢の警戒心が高まるのとほぼ同時に、エメリアは魔法陣から生み出した小さな光のビットをいくつも展開させて辺りを漂わせ、完全な戦闘態勢を取り始める。
「貴様等、Sランクだからとて調子に乗るなよ……」
「所詮魔導師に過ぎない貴方にどう警戒しろと?」
尸と俺が戦闘態勢を取り始めると共に、区画にサイレンが鳴り響き始める。そして区画を断絶する壁が立ち上がり始め、辺りは一気に戦闘区域へと変貌していく。
「後悔するがいい……私を敵に回した事を、界世に繋がる道が閉ざされたことを!!」