第十七話 異世界少女
「さて、何から話しましょうか」
尸はコーヒー豆を手回し器で挽きながら、アクセラにコーヒーカップを配らせている。至って手慣れた雰囲気で、まるでアクセラが以前にもここに通ったことがあるかのように。
「何からって、こっちも分かんなくなってきたわよ」
「そうですね。では時系列を追って説明をしていった方が一番手っ取り早いですかね。アクセラさんは念の為席を外していただきましょうか」
「どうしてよ」
「どうしてって……別に聞いても構いませんが、その後に暴れられても私は責任を持たないとだけ言わせていただきますよ」
「ちょっと待って。どうして暴れることになるの」
尸はクスクスと笑うだけで、理由を話そうとはしない。
「少なくともエメリアから魔法を教え込まれた状況も考慮すれば、あの子が本気になればこの区画一帯が全て消し飛んでもおかしくはないとだけ言っておきましょうか」
「待って。どうしてエメリアの名前がすらすらと出てくるの?」
「フフフ、色々とあるのですよ。さて、どうしますか?」
尸の言ってる事が真実だとすれば、それまでアクセラ本人にも聞かせるべきだと考えていた俺の心でさえも揺れ動かざるをえない。
「……アクセラ」
「……なぁに? マコお姉ちゃん」
「こいつから聞いたことはあたしが後でちゃんと話してあげるから、アクセラは一旦席を外してくれる?」
「…………」
俺の言葉に対して、アクセラは何も言葉を返さない。
「……ねぇ、アクセラ――」
「イヤ!」
イヤって言われてもどうしようもない。あの尸の事だし、下手にアクセラを巻き込みたくもない。
「イヤって言っても、これはアクセラのことを思って――」
「嘘つき! アクセラちゃんのことなんかどうでもいいんだ! アクセラちゃんのことなんか――」
アクセラは最後まで言葉を言いきる前に、絶句するかのように言葉を断ってしまう。
「どうしたの!?」
俺は急いで駆け寄ったが、アクセラはひたすらに目を見開いて下を向き続け、両手で頭痛を抑えるかのごとく頭を押さえている。
「あーあ、まさかエメリアの呪術を超えるとは思いませんでしたよ」
尸が肩をすくめるのとほぼ同時にアクセラは顔をあげ、そしてまたも何者かに取りつかれたかのように魔法陣を展開し始める。
「我の前に何も無く、我の後ろに無我が在――」
機械的に言葉を並べ始め、アクセラはまっすぐに俺の方へと手をかざして魔法陣の中心へと光を集約させていく。
「くっ、どうすればいいのさ!?」
「簡単な話です」
尸は再び大鎌を生成すると、その場で大きく振りかぶる。そして――
「ちょっとだけ眠っていてもらいましょう」
――アクセラの身体を真っ二つにするかのごとく、その大鎌を真横に振り抜いた。
「――あんた、何やってんのよ!!」
俺はその場に倒れ伏すアクセラの方を即座に反転させようとしたが、尸が今度は俺に向かって大鎌をつきつける。
「手をださないでいただけますか」
「何言ってんのよあんた! アクセラを殺しておいて――」
「殺してないです。瀕死に追いやっただけです」
「だからそれを――」
「そうしなければ、貴方は今頃原子レベルで分解されていましたよ?」
「っ、どういうことよ!?」
「どうもこうも、彼女が今錬成していた魔法陣がそういう風に組み込まれていましたから」
一体何を教えているんだよ師匠は。危うく粉微塵にされるところだったわけだぞ。
「さて、不本意とはいえアクセラが瀕死の内に話を進めておきましょう。どの道あと五分もすれば復活するでしょうし」
尸はそれまで大鎌を振るっていた手でコーヒーを淹れ、そして自分の分のカップに口をつける。そしてまるで思い出話でも語るかのように、今回の一連の案件について話を始めた。
「アクセラさんを拾った――というより、捕縛したのは今から丁度一週間前のことです。丁度その頃にこのおもちゃ屋の戸を叩いてきたのがエメリアです」
「エメリア……あいつが今回の問題を引き起こした犯人ってワケ?」
「犯人というよりは探究者の暴走、そして失敗といった方が正しいかと」
尸はまるで他人事のように淡々とアクセラとエメリアの関係性について話を続けていく。俺と守矢はその言葉一つ一つに耳を傾け、そしてエメリアが引き起こしたとんでもない失敗の実態を知ることになる。
「私の力は死を司る能力。つまり解釈を拡大すれば死後の世界と繋ぐことも可能となります」
「まさか界世の正体って死後の世界って事じゃ――」
「そんなに簡単な事じゃないですよ。そもそも死後の世界とやらを私は想像できませんから、能力として発動は不可能です」
まあそうでしょうね。
「しかし死後の世界と界世を勘違いし、曲解して無理やり繋ぐということを彼女は提案してきました」
「何ですと?」
そんなウルトラC級のことが可能なのか? そんな無茶苦茶な定義が通るなら、全知全能になれるって思い込んだら出来ちゃうんじゃないの?
「流石にそれはないですよ」
明らかに小馬鹿にするような声色で言われたらイラッときてしまうが、ここは我慢我慢。
「それに常識的に考えて、自分が全知全能だなんてバカみたいに思い込めるのなんてここの市長お二方くらいでしょう」
殺しをやるあんたに常識なんてないでしょうに、それにさり気なくここの市長二人をディスるってあんたある意味すげぇよ。
「それで、むりやりあんたが界世の扉を開いたってワケ?」
「まあそうなりますね。界世についての情報をエメリアから事前に教えられたお蔭で、何とかイメージは掴めました。ですが――」
ですが?
「繋がったとはいえ不安定なものでして、時間にしておよそ二十秒程度しか繋がりませんでした」
二十秒しか繋がらなかったのか……それでもすごいと思うけど。
「そしてその間にエメリアはなんと、向こう側から一人の少女を引きずり出しました」
「……あのさ、もしかしてそれが――」
「そうです。その子が――」
――アクセラ=エギルセイン。私達から記憶を消され、騙されながらこの世界で暮らしているたった一人の界世の少女です。
つまり今俺の目の前に横たわっている少女こそが、異世界から来た少女なのだというのである。