第十六話 Neme Of The Game
辺りがしんとしたところで、交差点に立っているのは俺と尸のみとなる。
「…………」
「…………」
互いに一言も語ることなく、ひたすらに間合いを測る――というよりも俺だけが警戒心を全開にして相手との距離を測っているだけで、尸の方は大鎌を担いではいつ始まるのかと言わんばかりに退屈そうな態度を取っている。
しかし尸が痺れを切らす前に、戦いの火ぶたは切って落とされる。今はその瞬間を、ひたすらに待つばかり。
「…………」
広場近くの公園の蛇口は、完全に締めきられていなかった。俺達の知らないところで、知らないうちに、蛇口の縁には大きな水滴がついていることを、俺達は気づいていないかった。
――だがその水滴が落ちる音だけは、その閑静な空間に大きく響き渡った。
「――死ッ!!」
「おっとぉ!?」
死が具象化して襲い掛かってくる。大鎌で地面を抉りながら尸は高速で突進し、そのまま俺の首を下から刈り取ろうと切り上げてくる。
俺はかろうじて体を後ろに逸らせて回避するが、そこでバランスを崩してきたところに尸は左手の拳銃で俺の身体を撃ち抜こうと何度も発砲を重ねる。
「無駄だっての!!」
弾丸は全て向きが反転し、逆に尸の身体を貫いていく。だが尸にとっては死など意味の無いものなのか、自らの弾丸に体を貫かれようが首を傾げるだけで右手の大鎌を変形させて今度は長刀を生成し始める。
「物干し竿っていうらしいですよ。この長さですと」
「それで? 佐々木小次郎ごっこでもするワケ?」
「それもいいかもしれませんね」
とはいっても刀の達人レベルの『冷血』と戦ってきた俺からすれば尸の太刀筋など簡単に読むことができる上に、反撃することすら可能だ。
「隙あり!」
「ぐっ!」
とはいってもやっぱり怖いものは怖い。本来ならそのまま足に体重をかけて尸を蹴り飛ばすこともできたかもしれないが、俺は深追いはせずに確実にダメージを加えていく方針を取る事に。
「中々にすばしっこい方で……!」
「あらごめんなさい。もう少しスピードを落としてほしかった?」
「いえ、その必要はありません」
何を思ったのか尸は両手で長刀を持って天に掲げる様に構え、そして更に黒い靄を纏わせ始める。
「素早く逃げられるというのであれば、逃げられないほどの攻撃範囲でもって攻撃すれば済む話です」
「ねぇ、それって冗談だよね?」
尸は何も答える事無く、ただ目を細めてニコリと笑うだけ。
黒い靄は刀を中心に渦を巻き、禍々しいオーラとなって天へと延びていく。
「全ては死への片道――黄泉帰り・往路復路」
尸の振りおろしと共に死は扇状に広がってゆき、黒い靄は幾重にも重なる刃となって全てに死をもたらしていく。刃が通り過ぎた後の建物は一瞬で経年劣化して倒壊を始め、花壇の草花は一瞬にして枯れ死んでゆく。
まさに死の侵攻。死の行軍。全ての事象に死がもたらされてゆく。しかしそんな中でも死がもたらされないものが二つある。
「……やはり、あの壁に阻まれますか」
一つ目は外の区画との連絡を完全に絶つために立ち上がる壁。Sランク級の戦いにおいてひびが入る事は度々あれど、この壁が完全に破壊されたことがあるのは力帝都市の歴史上においてたったの三回だけらしい。そして今回もその例に漏れず、尸の死の斬撃はすべて壁によって受け止められている。
「劣化による物体の死……ただあの壁には、想像ができない」
そうあるべきと想像できなければ、能力者はその能力を発揮できない。そして尸にとってはいまだにあの壁の死が想像できずにいるようだ。
そしてもう一つ、あの死の暴風を生存した者がいる。
「――全く、死ぬかと思ったわよ……」
「……死んで当然だと思いますが、あえて聞きましょう。どうやって生き残りました?」
衣服を切り刻まれているものの、かろうじて俺は生きていた。露出している肌にも切り傷がいくつもできているものの、命までは奪われずに俺はそこに立っている。
「どうやって生き残ったかですって? 答えは簡単よ。あんたに殺される前に、あたしが先に死んでおけばいいだけの話ってこと」
つまり生命体における仮死状態に自ら反転しておけば、尸の技によって死に至ることは無い。その代わり仮初めの死でしかないところから、単純な斬撃はもろに喰らってしまう訳なんだけどね。
「……なるほど、仮死状態ですか」
「そういうこと。こっちも死んでるから無防備になっちゃうけど、あれだけの猛攻をしかけている中で、冷静にあたしの仮死状態を見抜けるわけないと思ってさ」
「考えましたね……素晴らしい」
尸は自ら武装を解除し、まるでこちらを褒め称えるかのように拍手を始める。
「何? 戦いは終わっていないはずだけど?」
「いえ、もう十分です」
尸は降参したとでも言わんばかりに今度は両手の平を広げては手を挙げる。
「今回は勝ちを譲りましょう。まさか往路復路をそんな手で回避されるとは思っていませんでしたから」
意外とあっさりしているのねこの人。まあ別にこれ以上闘っても俺の方も消耗するだけだからいいけど。
「じゃあ、約束通り教えてもらいましょうか」
「ええ、もちろん。確か――」
――アクセラ=エギルセインがこの世界の人間じゃないってお話でしたっけ?
「……えっ?」
俺は耳を疑うと共に、やはりこの男は食えない存在だということを改めて知らされた。
尸はただへらへらとした笑みを浮かべているだけだが、俺にとってそれは大問題となる話。
「アクセラが、この世界の人間じゃない……?」
「ええ。一年に一回記憶を失うなんてまーっかなウソ。真実が知りたければ――」
――全て、教えてあげましょう。