第八話 見えている
――いや、責任は持てよ。不安をあおったまま丸投げとかこっちも困るんですけど。
「さて、何から話したものか……そうだな、まずはアクセラについてお話させてもらおうか」
とまあ俺の心配をよそにして、エメリアは椅子に座ったままコーヒーポットやら何やらを宙に浮かせてコーヒーを作りつつ、まるで昔話を語るかのように話を切りだし始めた。
「アクセラの師匠になったのが、今から九年前の事になる。当時はまだ5歳だったが、その時には既に記憶喪失の呪いが彼女にはつけられていた」
「記憶喪失の呪い?」
呪いという言葉だけを聞けば、まるで誰かのせいでそうなっているように思える。ならばその呪いをかけた相手を見つけ出せば、どうにかなるかもしれない。
「ああ、呪いだ。随分と古いが効果は抜群。そして極め付けには解除不可だ」
「えー……」
解除不可能って……そんなの酷過ぎる。
「どうしようもないって……ことですか?」
「どうしようもないな」
そして出来上がったコーヒーを悠長に呑むエメリアを前に、俺はこれから行おうとすることの無謀さと徒労を思い知らされる。
「……では、あのメモを書き記したのはあなたでしたか」
「ああ、あのメモか。確かに私だ。そうでもしないと、この子は記憶置ないままにどこへでも行ってしまうだろうからな。さて、記憶喪失について話せるのはこれだけだ。本題はどちらかといえばその都市伝説とやらの方だろう」
エメリアは守矢の問いを淡々と捌き終えると、もう一つの問題である別世界から繋がる電話についての話を始める。
「今回どちらが重要かと訊かれたら、間違いなくその情報端末が受け取った異世界からの通信だろう」
「これ、その後特に何かあったりするワケなの?」
「いや、今のところそういう話を聞いたことは無い。それか、我々が感知できないだけで何かが起きているか、だが」
怖い事付け加えないで貰えますかね? 夜一人で眠れなくなっちゃいます。
「とにかく、同じことがこの第十三区画の一部の人間でも起きている。番号は完全にランダムで、なかには知人と同じ番号だからと思って出たら、異世界に繋がっている通話だったという話もある。そしてそれはそのような機械端末だけではなく、我々のような魔法使いの間で使う伝言札でさえも起きている」
「なんかこれから先電話に出たくなくなるような逸話だなぁ……」
「フフフ、まあ不安がらずとも今まで私の下に来たのはこれでたったの三件目だ」
「だとすれば、あたしの前に二人も相談に来ていたってこと?」
ならばその二人から話を聞き出して今回の件と照らし合わせれば、何か答えが見つかるのかもしれない。
「その二人って今どこにいるか知ってる?」
「フフフ、別にわざわざ探し出さずともこの水晶玉にその時の記憶が残っている」
先ほどからテーブルの上に乗っている水晶玉、あれを覗き見れば過去にこの家で起きた出来事も覗き見ることが出来るのだという。
「さあ、まずは一人目から覗き見て行こうか――」
◆◆◆
一人目はパッと見ただけだと随分と人相の悪い男に思える。そしてそれは見事に当てはまり、エメリアの家にずかずかと上がり込むなり、持っていた札らしきものをテーブルへと叩きつけ始める。
「おい! この札いかれやがったぞ!!」
「他人の家に土足で入りこんでおいて、貴様はまず礼儀というものを知れ」
「黙れ!! 胡散臭い伝言札を売りつけた貴様が言えるか!!」
「あのー、これってエメリアさんが――」
「私はまっとうな魔導具しか売っていない。ケチをつけたこの男が悪い」
売る相手を考えましょうよ……。
とまあツッコミは置いておいて、更に録画(?)された映像の続きを見ることに。
「何だこの札は! 魔法陣に登録されていた以外の札から連絡が来たぞ!!」
「何? それはどういう意味だ?」
「どうもこうも、その通りの意味だろうが!! おかげでこっちは計画がパァだ!!」
どうやらこの男は伝言札を使って詐欺を働こうとしていたらしい。どっちにしろやっぱりうってはダメな人じゃないですか。
「わざわざ探し出す必要がないというのは、この男がとっくの昔に投獄されているという意味を表しているからだ」
そ、そうですか……。
途中途中ストップがかかるものの、もうツッコミを入れるつもりはない。そう考えながら水晶玉の中で、怪訝そうな目つきで男を睨んでいるエメリアの姿に注目することに。
「とにかく私の作りだした伝言札が、そのような不具合を起こすはずがない」
「だったらこの伝言を聞いてみろ!!」
どうやら伝言を聞いてみない限りは男にその場を退く様子はないようで、エメリアは呆れた表情を浮かべながらも伝言札の魔法陣を起動させる。
すると聞こえてきたのは――
「ふんふんふふーん、ふんふふーん♪」
「……何だこれは」
「知らねぇよ! ガキの鼻歌だけが聞こえて、肝心の合図が受け取れなかった! しかもこれに対応している札の奴に聞いたところ、近くにガキなんていなかったって話だ!!」
「それは不思議だな……」
「不思議で片づけられてたまるか!! なんで――」
あっ、切れた。
「これが一人目のおおよその概要だ。そして二人目だが……これはまず、VPに残された伝言から聞いてもらった方がいいな」
そう言ってエメリアはポケットからVPを取り出し――って、二人目ってもしかしてエメリアなの!?
「私もまさか自分が怪奇現象に巻き込まれるとは思わなかったよ。怪奇現象を使う側のはずのこの私が、だ」
エメリアは不機嫌になりながら、VPのタッチパネルに映された伝言の再生ボタンに指で触れる。すると伝言の一言目から、衝撃の一言が残されていた。
「……ねぇ、君は僕のことが見えているかい?」
――虚ろいゆく僕の姿を。