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EX4話 Animal I Have Become

 熊切相賀は、澄田詩乃と共にいた。澄田の方はというと、熊切の送っていくという言葉を素直に受け入れ、共に帰る道を歩んでいる。


「それにしても熊切くんがああいう人を追い払えるなんて、思ってもいなかったなー」

「僕も、話が通じる相手で良かったですよ」


 にこやかな笑顔を浮かべているが、それは澄田自身には向けられていない……いや、ある意味向けられていたのかもしれない。


「熊切くんみたいな人が、力帝都市でも強い人だったらいいのに。そうしたら、争いとかなくなるでしょ?」

「あ……あはは、僕はあくまでDランクですよ」


 身の丈はDランク。しかし奥に潜む野心は、Aランク以上なのかもしれない。

 そうしているうちに、遂に熊切は自ら話題を切り出すことに。


「……あの! 澄田さん!」

「は、はい!」

「ぼ、僕は……澄田さんのことが――」

「くーまきーりくぅーん。なぁーにやってんのかなぁー?」


 そうして最高のタイミングで、最悪のタイミングで、俺は熊切に声をかけた。


「なっ!? どうしてお前が――」

「お前がって……家を失っちまったから適当なところ徘徊しているだけだろぉ? ククククッ……」


 ああ、このドロドロとした感情をいかにして吐き出そう。この沸々と湧き上がる妬ましさをどう表せばいいのだろう。


「なぁ、熊切ィ……てめぇはいいよなぁ、何でも持っていてよぉ」

「な、何が言いたいんだ!?」

「く、熊切くん? あの人に何をしたの?」

「僕は、僕は何もしていない!」

「アァ、てめぇは何もしてねぇよ、てめぇはなぁ。だがよぉ、俺はてめぇのせいで家を、シスターを、帰るべき場所を、全てを失っちまったんだよなぁ…………なぁ、熊切ィ」


 ドロドロしていて、グツグツと音を立てていて、熱くて、沸々としていて、まるで――


「てめぇも、味わってみようぜ」


 ――火山の噴火みたいだ。


「ッ、ひゃははははっ!!」


 地面から湧き上がるはグツグツに煮えたぎったマグマ。そしてそれら全てが俺の感情ちから


「熊切ィ……失う苦痛ってやつがどんなもんか、じっくりと教育してやるよぉ……!」

「なっ!? お前、そんな力を隠していたというのか!?」

「ちょ、ちょっと!? 熊切くんはDランクだから――」

「外野は黙ってろよ」


 この時ほどドスの聞いた声は、今までに一度も出た事が無かった。それだけに澄田を退かせるには十分すぎる一言だった。


「なぁ、くーまきーりくぅーん!! なーんで逃げるのかなぁー? 俺とお前のサシで勝負しようぜって言ってるのによぉー」


 俺はマグマをまるで生き物のように自在に操り、的確に熊切の行く先を、逃げ道を潰していく。


「ふ、ふざけるな! お前に勝てる訳が――」

「アァ? なぁーに寝ぼけてんだ。勝てるんだろ? 俺に」


 俺は挨拶代わりに熊切に一発くれてやると、その場で全神経を新たな力へと集中させていく。

 俺にはもう、何もない。この力しか残っていない。だったら――


「てめぇも同じところまで堕としてやるよ……」


 てめぇが支配しているつもりのこの第七区画一帯を、火の海に沈めてやる。


「うぉおおおおおああああああああああッ!!」


 地面を全てマグマへと変えてゆき、俺は俺の内に秘めた感情を表現するかのように、一匹のバケモノを作り上げていく。


「グォオオオオオアアアアアアッ!!」


 ――ついに俺の手によって、二足歩行する熔岩の怪物がその姿を現す。

 区画内にある建物と同等、もしくはそれ以上の高さは、区画内全ての人間に恐怖心を植え付けるには十分だった。


「……区画封鎖か、クククッ」


 おおよそ以前の俺では想像すらできなかっただろう。Bランクの自分が、Sランク級の戦いが起きる時にしか姿を現さない壁を呼び出しているという事態を。


「なぁ、熊切ィ……」


 俺ははるか下で腰を抜かして倒れている熊切を見下しながら、ただ静かに口角を上げてこう言った。

 ――お前って、ちっちぇんだな。


「ッ!? うわぁっ!?」


 怪物の口から、吐しゃ物のようにマグマが流れ落ちる。それらは全て熊切の通っていた高校を飲み込み、一瞬で溶かしつくしていく。


「う、うああああああああぁ、うわああああああ!!」


 次は熱線による寄宿舎の破壊。熊切が帰るはずだった家なんだ、派手に吹き飛ばしてやる。


「止めろ! やめてくれぇええええ!!」

「あ゛ー、ゴミがうっぜぇ」


 下半身を砂に変えて飛び立ち、俺は怪物の頭から全てを見下ろす。もちろん足元にはひたすらに悲痛の声を挙げる熊切がいる。

 だがこれじゃあ物足りない。これじゃあ俺の心の渇きは、満たされない。


「やはり、熊切にとって一番大切なものを消し飛ばすべきか……」


 俺は以前に聞いたことがある。熊切の両親が住んでいる場所を。熊切が本来帰るべき家の場所を。


「……あっちか」


 壁の向こう側故に見えないが、今の感覚が研ぎ澄まされた俺には手に取るようにわかる。

 壁越しの熱探知でもって熊切の家の正確な位置を割りだすと、俺は怪物に口を大きく開かせて、熱線を一点に集中させ始める。


「……消し飛べ」


 R(ラヴァ).B(ブラスト)――

「あっ――」


 超々極細に研ぎ澄ました熱線は、外界との連絡を遮断する壁をいともたやすく貫通し、そして精確に熊切の家を焼きつくし、そして――

 ――熊切の実家を含む一帯を、熱のこもった爆炎ですべて吹き飛ばしてやった。


「あ、あぁ……」


 見なくともわかる。全てを失い、絶望した者の表情など、想像に容易い。だが俺も鬼じゃない。既に復讐は最終段階に進んでいる。


「じゃあな、熊切――」


 ――俺は熊切相賀を怪物の足でもって焼殺し、圧殺した。



          ◆◆◆



「……あぁ、下らねぇ」


 復讐をしても、結局何かが満たされるわけでは無い。

 俺の世界はいつも傾いていて、俺の世界はいつも歪んでいる。


「……この世界が、憎たらしくなってきたな」


 俺が小さく呟いていると、どうやら力帝都市側は俺の鎮圧に切り替えてきた様子で、ヘリコプターをいくつも飛ばして俺の周りで警戒を続けている。


「……ウザッてぇ」


 全部ぶち壊してやる。この区画を。この世界を!!

 左手に粉塵、そして右手をかざした空間にマグマの塊を収束。そして俺はさっきの比ではないレベルの熱線を生成し、今度はこの力帝都市を吹き飛ばそうとした。


W(ワールド).E(エンド).――」

「その辺にしておけ」


 そんな俺の目の前に現れたのが、あの時の白髪の男だった。


「復讐できて満足したか?」

「あぁん? ……まだ足りねぇ、まだ満たされねぇ。俺には何も、残ってねぇんだよ!!」

「だから、この物語せかいを終わらせるってか?」

「そうだ。邪魔をするならあんたも斃す」

「……ククククク、ヒャーハハハハハァッ!!」

「何がおかしい!?」


 確かにあの時の俺はあんたに勝てる気がしなかった。だが今なら、この目の前の存在にも勝てる――


「自惚れてんじゃねぇぞ、人間ムシケラ風情が。テメェが持っているのは『嫉妬エンヴィー』であって、『高慢プライド』じゃねぇだろうが」


 さっき澄田を黙らせた俺が、今度は目の前の男の言葉に口を閉ざされる。


「チッ! このオレが、かつて異世界にブッ飛ばしたアイツの技を使うとはよぉ……」


 男は右腕に紫雷を纏わせ、大きく後ろに振りかぶる。


「ガウスパンチ!」


 ――後であの魔人に聞いたことだが、原理はこうだった。

 ローレンツ力を利用した弾丸の加速――レールガン、ガウスガン、コイルガン。何とでも呼んでもいいが、それらと同じ原理でもって、右手を弾丸に見立てて加速した拳をぶつけるらしい。

本人曰く自分が考案した技じゃないようで、あまり好きではないようだが。

 そうして光速一歩手前まで加速した拳が、砂に変化する前の右頬を捕らえる。


「ゴッ――」


 俺は超常的な加速度で真横に飛ばされ、俺はそのまま遮断されていた壁へと叩きつけられ、そのままクレーターを自らの身体で作りだす。


「がぁあっ――ッ!?」


 ――一瞬にして、意識が持っていかれた。俺はそのまま、ようやく死ねるのだと思った。

 だが――


「――これだけの人間をブチ殺しといて、自分だけ楽に死ねるとでも思ってんのか?」

「ッ、ぐはっ!」


 壁にもたれかかっているところを無理やりたたき起こされ、俺は白髪の超人から襟首を持ち上げられ宙へと浮かぶ。


「死ぬ前に……世界に絶望する前に……コイツの話を聞いてみろ」


 そうやって俺は地面に降ろされると、そこに立っていたのは一人の少女だった。


「……どうして、きみはそんなに死にたがっているの……?」


 澄田詩乃は哀しそうな、寂しそうな、そんな目を俺に向けている。

 馬鹿げた話だ。自分を倒そうとした存在に、そんな目を向ける奴がどこにいる。

 そんな馬鹿な少女だったが、俺も不思議と答えを返している。


「死にたがっている理由、か……何もないからだろうな」


 何もない。無くなってしまった。真っ白だ。両親も、帰る家も、シスターも。俺の心を支えていたこの力でさえも、目の前に立つ男の前では無に等しい。


「俺には何もない。そしてついには人も殺しちまった。だからこの命も、要らな――」

「そんなこと言っちゃダメだよ!!」

「ッ!?」


 それまで消えかかっていた俺の意思を呼び覚ますかのように、透き通った声が俺を叩き起こす。


「何にもない……私だって、そうだよ! だけど、こうして生きているもん!」

「お前が……何も、ない……?」

「そういえばテメェには何にも話していなかったな。オレは澄田詩乃の後見人兼、魔人だ」

「後見人……魔人だと……?」

「そんな事は今はどうでもいい、澄田詩乃の話を聞け」


 魔人に言われるがまま俺は改めて澄田の方を向き直し、その言葉に耳を傾ける。澄田はというと、今にも泣きじゃくりそうな表情を押さえながら、俺の心に必死になって訴えかけてくる。


「私だって、お父さんも、お母さんも、皆バラバラになっちゃったもん! 友達だって、みんな私の事を変な目でしか見てこないよ! でも、私、こうして毎日頑張って生きているもん!!」

「…………」


 正直言って、何が言いたいのか分からなかった。だが、それでも彼女は生きている。俺とは違って、生きようとしている。


「……だが俺にはもう、帰る家がない――」

「帰る家ならあるよ!」


 何を思ったのか、澄田はぼろぼろになった俺を引き留めるかのように抱きしめ、大声で叫んだ。


「私が、帰る家になるから!!」

「……ワケ、わかんねぇ……」

「奇遇だな、オレもだ。ったく、澄田詩乃のせいで、テメェの尻拭いされちまってんだよオレは」


 魔人曰く、俺の暴走によって破壊されたのは街だけであって、そこにいた人間は魔人ともう一人の手によって全て一瞬にして避難を済ませていたというのである。

 そう、あの熊切相賀でさえも。


「熊切相賀の件については感謝するつもりはないが、これで貸し借りナシだ。あのゴミクズは澄田詩乃にストーカーまがいのことをしていたからな。いずれ殺すか再起不能にするかを考えていたところだったが……テメェがトラウマを植え付けてくれたお蔭で、もう二度と力帝都市に戻ってくることはねぇだろうよ」

「魔人さん、私、この人の面倒を見るよ!」

「面倒って……別に俺だってガキじゃねぇんだから――」

「でも、放っておいたらまた死のうとするんでしょ!? だから、私がちゃんと見張っておくの!」

「あーあー、頭痛の種を増やしやがったな、ったく……」


 魔人は頭を掻くと、それまでオレに抱きついてた澄田詩乃を引き剥がし、俺の肩を組んで澄田から背を向けさせ始める。


「ちょっと魔人さん!」

「大丈夫だ、殺したりしねぇよ。ただ少しだけ確認するだけだ」


 そう言って澄田の下からはるか遠くへと俺を引き離すと、魔人は俺の顔を自身の方へと向けさせて、まっすぐと睨み殺すかのように見つめ始める。


「…………」

「……な、なんすか……」

「……澄田詩乃の両親をバラバラに引き裂いたのは、オレだ」

「なっ!? あんたが殺して――」

「違う、殺してねぇ。バラバラに、それぞれ別世界に飛ばしちまったんだ」


 魔人の言っている意味が分からなかった。俺のいるこの世界に、このクソみたいな世界以外にも、別の世界があるというのか。


「……オレと澄田詩乃の親父は、元々敵同士だった。それこそ互いに本気で殺しあうレベルでな」

「だとしたら、どうしてあんたはあいつを――」

「決着をつけるためだ」


 魔人は静かに憤りを言葉にのせて、そしてオレに刻み込むように言い放つ。


「オレとアイツは決着をつけなくちゃならねぇ。威風堂々と、正々堂々と。だからこそヤツの娘には一切手を出さずに全力で守り、ヤツがここにたどり着くのをじっと待っている」

「……だからあんたみたいな強い奴が、澄田の言う事を聞いているのか」

「そうなるな。だからこそ、澄田詩乃の意思を尊重する」


 魔人はそこから澄田詩乃と共にいることへの条件と、警告を告げ始める。


「オレは今まで澄田詩乃に近づいてきたゴミ共は、全て排除してきた。全て、だ…………いいか? この先澄田詩乃を悲しませたり、不幸を背負わせようとするのであれば……その時は躊躇なく貴様を殺す」


 俺は魔人からドンと突き放され、そして最後に突き放された時以上の威圧の込められた言葉をぶつけられる。


「一切の敗北すら許さねぇッ!! テメェは今から澄田詩乃の前で、最強でなければならなくなってんだよ!!」

「ッ!?」


 この俺が、最強? 俺はただの、Bランクだぞ?


「何もねぇなら、もう失うものはねぇだろ!? テメェにあるのは力だけなんだろ!? だったらそれ一つぐらい、最強にして見せろよッ!!」

「っ、上等じゃないですか……!!」


 そうだ、何もない。だが俺には、たった一つの澄田詩乃いばしょができた。

 ならばその居場所を守るためなら、俺は悪魔にでもなってやる……!!


 ――こうして俺の詩乃の出会い、そして今に至る。

 これまでに一切の敗北は許されず、最後は全て勝利してきた。

 どんな敵にも、どんな奴にも。己自身でさえも!! 

 だから俺は、最後の居場所を守り通す。それこそ――


 ――世界を終わらせてでも。

はい、これで澄田詩乃と緋山励二のなれ初めの話は終わります。これを踏まえた上で、次の編に移り、また面白い者が出来上がるように頑張ります。

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