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EX3話 嫉妬

「――ねぇ、窓の外にいるのって、あんたの彼氏?」

「ち、違うよっ! そんな訳ないじゃん!」

「ったく、Sランクの関門とかいって、大抵面倒な事に巻き込まれてるあたし達のみにもなりなさいよ」


 澄田を追って三日目の事。学校帰りの俺は、ファミレス内で同じく学校帰りの制服姿の澄田が女子集団に問い詰められているところをこの目で目撃してしまった。


「ったく、Aランクだから割引券代わりに連れ回してあげてるけど、この様子だとデメリットしかないわよねー」

「それ、言えてる」

「うぅ……」

「…………」


 正直に言うと、この時俺は澄田のことを平和ボケした馬鹿なのだと評価した。

 ダストの中でも、俺の力が目的で近づいてくる奴等は吐き捨てるほどいる。だが俺はそういう奴は熊切以外一切つるんだことはない。熊切はというと、こっちの方も利用できるからこそつるんでいるのであって、本来ならば無能力者の坊っちゃん野郎とつるんでメリットなんてあるはずもない。

 そしてこの場合も澄田の方は力があって、あのふざけた女子友達にはなんの力もないことが分かる。


「結局、どこにも寄生虫みたいなやつはいるってことか」


 だがそんな可哀そうな立場だと分かった上でも、俺は容赦などするつもりはない。


「――D(デザート).E(エグゼキューション)


 Aランクにたかっているんだ、自衛の方法ぐらい知っていて当然のことだろう。


「えっ? なになに!?」

「ちょっと澄田! これどういう事よ!」

「わ、私のせいじゃないよっ!」


 そうだ、澄田のせいじゃない。何も考えずにただ自分の利己的な心のみで澄田に関わったお前達が悪いんだ。


「ちょっと澄田! 助けなさいよ!!」

「えっ、で、でも私、助け方分かんないよ……」

「はぁっ!? ふざけんなよてめー!! 自分だけ能力で助かるつもりか!!」


 澄田を取り巻いていた奴等の罵声が、流砂で割れたガラス越しに聞こえ始める。


「てめー! こういう時に助けろよ! 友達だろうが!!」

「友達なら、毎日バカみてぇにたかるような真似は止めとけよ」

「あぁ!? 誰だお前――って、てめーは外にいた奴!」


 それにしても甲高い声でウザったい女だ。


「さっさと沈め」


 俺は右手を地面にかざし、喚く女をいち早く砂の下に沈めて黙らせる。すると澄田はむっとするどころか、どこかホッとしたような複雑な表情を浮かべていた。


「……所詮、かりそめの友情だったってことか」

「友達、というよりあんな人でも私は側にいてくれるだけで嬉しかったよ」

「そんなセリフを吐く奴の表情には到底見えねぇけどな」


 さて、世間話もこの程度にしておこうか。


「澄田詩乃。今度こそお前を倒す」

「だから、無駄だってば」


 そう言いつつも澄田の方も最近はきちんと相手をしてくれるようになってきている。

 ……いやいやいや、俺はあくまで澄田詩乃を倒すことが目的だ。あいつに振り向いてもらうためにここ最近付きまとっているわけでは断じてない。


「それにしても今日初めて見たんだが、あいつの制服どこかで見たことあるような気がするんだよな……」


 まあそんな事はどうでもいいが、今は何とかして逃げる澄田を捕まえないと。


「とはいっても相変わらず向こうは透けてどんどん逃げていきやがる……」


 最初のように突然目の前で消えることは無いものの、それでも透明化という最大の利点を使って建物などお構いなしに真っ直ぐ突き進んで走り逃げていく。


「だが俺も砂になれば追いつけないワケじゃないからな!」


 砂になりさえすれば、小さな隙間からほぼ直線的に建物を通り過ぎていくことができる。しかも相手は女、俺の方が足は速い。


「……先回りできるかもしれねぇな」


 幸い相手は何も考えずにまっすぐと逃げている。ならば広い所に出たところで勝負を仕掛けるか。



          ◆◆◆



「はぁ、はぁ……もう追って来ないよね……?」


 澄田は何もない筈の壁の方を振り返るが、そこには確かに何もないただの壁。


「……何とか振り切ったみたい」


 気が付くと澄田はとある中学校前の道路前の大通りに出てきていた。周りを見渡すと、自分と同じ中学の制服を身に着けた学生がちらほらと見える。


「今からでもこの中に紛れ込んだら、いけるかな?」

「おせぇよ」


 だがそんな澄田の周りから、砂が収束され集まっていく。


「俺が毎回毎回取り逃がすとでも? いい加減こっちも学習するんでな」


 俺は最初から知っている。お前がここに来るだろうと。大通りなら、人目にかかって均衡警備隊を呼ばれやすいのではないかという浅はかな考えを持つであろうことも。


「そ、そんな……」

「――ねぇ、もしかしてヤバいんじゃない?」


 澄田がSランクへの関門という事は、同じ中学校の生徒には周知の事実らしい。確かに俺の目の前では同じ学校の制服を着た奴等が、澄田の方をまるで腫物を触るかように遠巻きに見てはこそこそと話をしている。


「あいつ、また狙われてるよ」

「いい加減別のところでやって欲しいよね」

「力帝都市だからって、どこでもバトルしていいからって、俺達(Dランク)に迷惑はかけて欲しくないよな。どこか余所でやって欲しいよな」

「……チッ」


 澄田は周りの陰口に沈んだ姿を見せているが、俺からすればお前等の方が邪魔に等しい。


「周りでウザッてぇこと言いやがって、てめぇの方こそ消え失せろよ」


 俺は右手を再び地面にかざすと、最近思いついた大技をここらにいるクズ共を実験台にすることを決めた。

 右手から腕へ、肩へ、身体全体へ――全てを砂に変え、侵食させていく――


「全て砂になれ」


 ――D(デザート).D(デストラクション)ッ!!

 俺を起点に、巨大な砂の竜巻が発生する。砂は全てを飲み込み、削るように全てを喰らいつくす。


「力帝都市に、力こそが全てのこの都市で! 戦いは余所でやれだと!? ふざけた考えを持つクズ共なんざ死んでしまえばいいんだよッ!!」


 そうだ。俺の親もただのDランクであって、力が無かったのがいけなかったのだ。力さえあれば生き残れたんだ。何もない俺にも、この能力ちからさえあれば!!


「無意味で無価値な俺にも、この力さえあればッ!!」

「その辺にしておきたまえ」


 聞きなれた声に制されたことで、俺の闘争心すなあらしが一気に冷めていく。


「……なんでこんなところにいるんだよ」

「それは僕だって一介の中学生だからね。学校ぐらい通っているよ」


 俺の目の前に立っていたのは、澄田を庇うようにして立っていたのは、他の誰でもない熊切相賀だった。


「邪魔をするな、熊切」

「そっちこそ、僕の通う学校の生徒に手を出すとは何事だ」

「何事って、てめぇこそ何事だ。見りゃ分かるだろうが! 俺とそこにいるSランクの関門とで――」

「それを、止めろと言っているんだ」

「熊切くん? もしかして知り合い?」


 俺達のやり取りを聞いていた澄田は熊切に声をかけるが、熊切はさあとでも言わんばかりに首を傾ける。


「知りあい、だったが今は違う」

「ハァ? てめぇ何言って――」


 熊切と俺、強いのはもちろん俺のはず。だがその時の熊切が耳元でささやいた妙な脅迫に対し、俺は思わず口を閉じてしまった。


「お前、あの旧居住区画がダストの巣窟だって知っていっるよな?」

「だからどうし……ッ!? てめぇまさか――」

「そのまさか、だ。お前はダストのうちの一人。俺はこのように進学校の生徒会。そしてダストの頭だ」


 ――お前の方が、脆いんだよ。


「……ッ!」

「本当に強い奴は、弱い奴を身の回りに置かない。そういうことだ」

「……チィッ!」


 俺は即刻その場を引くことを決め、砂となって風に乗りその場を立ち去っていく。


「……ふん」

「す、凄いね熊切くん。まさかあの人を追い払っちゃうなんて」

「造作もない事です。争わずとも、話しあえば分り合えますから」

「それにしても、向こうは知り合いっぽかったけど……熊切くん?」

「……なんでも、ないですよ」


 ――何にもね。



          ◆◆◆



「くそったれが……熊切の野郎が何であそこにいやがる……」


 俺は寂れた旧居住区画を静かに歩いていた。家へと変えるための道を。一歩ずつ、一歩ずつ。

 俺は静かに考えていた。あの熊切ですら、否、熊切こそが俺とは対照的な存在なのだということを。

 だがもう、全てはどうでもいい。

 俺は渡り鳥だ。故郷も何もない、渡り鳥だ。だが今の俺には、帰る家がある。そう――


「俺には、帰る家さえあれば――」

「――いいよなぁ、帰る家があるってよ。だからこそ、失った時の衝撃は大きい」

「ッ!? 誰だ!?」

「まだ名乗っちゃいねぇよ。まだ、な」


 路地裏へと続く道。その入り口の壁に寄りかかっていたのは、真っ黒なロングコートを身に着けた白髪の男。

 奥底まで見えない、濁りきった深紫の瞳。そして全てを観透かし、嘲り笑うかのような笑みを作り出す口元。その全てが虚飾のようで、胡散臭い。

 だが俺は本能的に理解した。この男は――


「――テメェより数億倍強ぇってか? そもそもそんな低レベルな倍率で計るような強さじゃねぇんだよなコレが」


 男は右手から紫炎を生みだし、そして左手からは紫雷を発生させている。まるでそれが己の持つ力だと言わんばかりに。


「それで、今度はこの程度がオレの力かって理解したつもりか? オイオイ、そりゃねぇだろ」

「……あんた、さっきから俺の思考を読んでいるのか?」

「いちいちツッコミやがってちっせぇヤローだな、本当にコイツが『大罪』持ちか疑わしくなってきやがる」

「大罪? あんた何を言って――」

「そんな事より無駄話していていいのか? 家に帰るんだろ?」


 あんたが足止めしたんだろうに。それにわざわざ声をかけてきておいて能力自慢ってか?


「クククク……どうでもいいけどサッサと家に帰れよ。帰る家があるなら、な」

「ッ! おい、今なんて――」


 謎の言葉を残した後に、男は俺の目の前から煙のように消え失せる。


「面倒なことになってきやがったなぁおい!」


 俺は急いで砂になって、風を利用して協会の方へと飛んでいく。




「……風が、熱い……」


 微妙な熱を持った風が、俺の頬をかすめていく。

 嫌な予感がした。この熱を持った風というのを、俺は以前にも浴びた事がある。

 それは俺がまだ小さなガキの頃に経験したことがある、嫌な思い出しか共に出てこない――


「――ウソ、だろ……」


 俺は愕然としたまま、棒立ちとなった。愕然したという事は、どうやら俺はもはや、渡り鳥ではなくなっていたという事なのだろう。

 何故なら――


「――シスター!! おい、シスター!!」


 俺は必死になって燃え盛る教会の中へと突入しようとした。だが協会も方が来ていたのか、目の前で入り口が崩れ落ちてしまい、中へと入る事が出来なくなってしまう。


「クソババア!! ッ、買い物に出て行っているはずだよなぁ!?」

「残念ながら死んでるぜ。信じていた神の思し召しってのは無かったみてぇだな」

「ッ!? てめぇ――」

「おっと、オレのせいじゃねぇ。オレに気を取られちまったテメェのせいだ」

「んだとゴラァ!! てめぇ!! 殺してやる――」


 意気込み勇んで俺は男の襟首を掴み上げたが、その瞬間に俺の視界の天地が入れ替わり、そのまま地面へと叩きつけられる。


「がっ!? っ、はぁっ……!?」

「テメェ、バカか? さっきオレの力を見ておいて、立ち向かってくるとはよ」

「がはぁっ、う、うるせぇよ……確かに、てめぇは強いから、ガハッ! 分からねえかもしれねぇよなぁ……」

「オレが分からねぇだと? 今のテメェが吐いたセリフは確かに意味分からねぇけどよ」

「失うことが、どれだけ苦しいか……他人の持つものが、どれだけ妬ましいか……何もかもを持っているてめぇには分からねぇだろうよぉ!!」

「ハッ、それはオレじゃなくて熊切相賀に言ってやれよ」

「ッ!? ……なん、だと……」


 俺はその場に崩れ落ちるかのように、両ひざからその場に崩れ落ちていった。


「あれは、ただの脅しじゃなかったのか……」

「手を出したのが澄田詩乃以外だったら、脅しで済んでいただろうな。だがあの熊切相賀という男は、澄田詩乃に近づこうとしていたようだ。そこで邪魔になったのが――」

「俺みたいな不穏分子とでも言いてぇのかよ……!」

「足手まとい、ともいうな。ヤツはテメェと違って色々なステータスを持っているからな」


 熊切相賀は裕福な家に生まれ、進学校の生徒会役員として活躍し、そして澄田詩乃というAランク界隈では最強の恋人を手に入れようとしている。


「――なんであいつが、あいつだけが持っているんだよ……」


 妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい! 妬ましい!! 狂おしい程に妬ましい!!!

 ――この時、俺の内にドロリとした感情が生まれ育っていく。


「……あいつが、妬ましい」

「おっと、高慢プライドもしくは強欲グリードの方かと思ったが……まさかの嫉妬エンヴィーか。まあどっちでもいい。『大罪』持ちを引き入れることが出来るのならな」


 内に潜んでいた感情が、それまで制御できていたはずの感情が、暴走するかのように俺を突き動かそうとしている。

 俺は必死でシスターの言葉を心の中で反復していた。「人を憎んではいけない」と。「他人を羨んではいけない」と。

 だがそんな言葉も、悪魔の一言によってすべて打ち消される。


「――高みから見下すようなクソ共を、引きずり落としたくはないか?」

「――ッ!」


 必死に抑えていた感情だったが、俺の中のブレーキを、悪魔はやすやすと破壊していく。


「簡単だ。テメェの方が力がある。テメェの方が能力がある。ならば、やるべきことは分かっているな?」


 その時、俺の中のドロドロとした感情が、一つの思いによって固められていく――


「――教育してやるよ、熊切相賀」


 地獄の底の、更に下ってやつをな。

 はい、というワケでシリアスな展開ですが、緋山励二が『砂漠』から『粉化』に能力が進化していく伏線と、『大罪』持ちという伏線を張りました。ちなみにパワーオブワールドの方での『大罪』持ちは……

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