EX1話 ファースト・コンタクト
あれは今から丁度一年半くらい前の話になるのか。この俺、緋山励二がまだAランクへの関門で、そして澄田詩乃がまだSランクへの関門だった時だったか。あの時の俺は砂になれる能力でしかなくて、強くなろうにも何の目的もなく、ただフラフラと力帝都市をふらついていたっけな――
◆◆◆
「――おい、そっちに行ったぞ!」
「面倒くせぇ、お前で仕留めろよ」
「何いってんだよ! お前がでかい蟻地獄を作れば一発で終わるじゃねぇか!」
「チッ、分かったよ……」
それまで物陰でVPをいじくっていた俺は、その重い腰をあげて地面に手を当てる。
「――D.C」
そして気怠そうに技を呟きながら、それまで逃げおおせていた一人の男の足元までを、全て巨大な蟻地獄へと変えていく。
――緋山励二、14歳。能力名、『砂漠』。現在ランク、B。自身の身体を通してあらゆるものを砂へと変えることが出来る能力だが、その副作用として能力を使った後に、異様なまでに甘いものが食べたくなるという面倒な能力だった。
この時の俺はひたすらにダストのやつ等とつるんで、ダストの仲間の指示に言われるがままに能力を振るい、そして無意味な勝利を手にしていた。
「足止めだけしておいてやったから後はよろしくな。俺は糖分摂取してくるから――」
「今だ! 囲んで叩け!」
「蟻地獄には間違っても落ちるなよ!!」
「話聞いてねぇし……まぁ、いいけどよ」
俺は一人ごとを呟きながら、その場を去っていこうとする。この時もいつものように、適当なコンビニにはいって、いつものように巨大プリンを買って、家に帰ろうとしていた。
だが今回あまり運が良くなかった。
「おっ、やってるやってる」
「ん? なんだ、熊切さんか」
「相変わらず気怠そうだね、君は」
この一見して眼鏡をかけた学校の優等性に見える男の名は、熊切相賀。その見た目の通り学校では模範とするべき優等生だが、裏では俺と同じダストの一員として、その優秀な頭脳で狡猾に敵を潰して回っている。
「これでこの近辺のダストは全て俺達の配下になったってわけか」
「そうだね、これで当面はこの第七区画は安全になったってこと」
安全――それはあくまで俺達ダストにとってという事だ。知っての通り、ダストとはDランクでなおかつ不良的な事をしているという、まさに力帝都市の掃き溜め、力帝都市のDランクと言ってもいいだろう。
無論、この場合の安全というのは他のダストのメンバーにこの区画にてでかい顔で歩き回られないから安全という意味で、依然として均衡警備隊に見つかれば追い回されることには変わらない。
「もういいスか? 俺能力使っちまったんで、甘いもん食いたいんスけど」
「ごめんごめん、足止めみたいになっちゃったね」
そう言って熊切は俺の目の前からどいていくが、俺はそのときいつも不快な気分になる。それは俺が単にひねくれているだけなのか、それとも――
――こいつのその性根に、どこかムカついていたからなのか。
◆◆◆
「――さて、と」
甘いものを食った後は運動したくなる――って、結局食った意味ないじゃないかと言われそうだ。
「だが、今日はなんだかそういう気分なんだよな」
だるいから動きたくなくなるのが普段の俺だが、この日は妙に体がざわつく。まるで闘いを欲しているかのような、新たな刺激を欲しているかのような――
「……ん?」
今横断歩道を渡っている女、どこかで見たことあるような……。
しかしそれにしても人畜無害そうな顔つきで、このピリピリとした力帝都市でお前だけなんか別のおとぎの国にでもいるんですかっていうくらいに無防備だ。
――1つだけわかるのは、一目見ただけで、俺とは対極の存在だということ。
「どこかで見たことあるような……気のせいか――って!」
そんな楽しい日々の送っていそうな少女の下に、一台の暴走トラックが遠くから走ってくる。
信号無視、スピード違反、飲酒運転――後ろから均衡警備隊の車両が追いかけ回してきているところからして、そんなものから逃げているのだろう。
だがそんな暴走車両が、平穏に暮らしていたはずの一人の少女の命を奪おうとしている。
「クソッ!!」
ほぼ反射的に動いていたのだと思う。俺は体を砂に変えて、そいつを救い出そうと歩道から飛び出していた。
「おい! 車来てんぞ!!」
「えっ? うわわっ!?」
それまでのほほんとしていた少女もようやく事態を理解した様子で驚愕の表情を浮かべたが、どうやら足がすくんでその場から一歩も動かせずにいる様子。
「チッ! しょうがねぇ!!」
俺はかっさらうかのように腕を伸ばし、少女を歩道へと持ち運ぼうとした。だが――
「――ッ!?」
俺は能力ミスをしでかしたつもりなど無かった。俺の調整では腕までは砂にしていないはず。
なのに現実として、俺の腕は少女の身体を通り過ぎていく――
「ッ!? そういう事かよッ!!」
そしてこの瞬間、俺はある事を思い出した。
――それから約一分後のことだった。現場は混乱の渦中、ランプをつけた車両が暴走の挙句鉄柱に突っ込んだトラックを取り囲んでいる最中、俺は震えながら笑ってその少女の前に立つ。少女は俺が立っていることにに混乱しているが、混乱したいのはこっちの方も同じだった。
「……おいおい、マジかよ」
「ふぇ?」
「ゴミも歩けばSランクへの関門にあたるってか?」
それが俺と澄田詩乃との、最初の出会いだった。